「大菩薩峠」(三隈研次監督) 1960
眠狂四郎で市川雷蔵の円月殺法で構えた立ち姿にしびれたので、たまたま手元にあった古いVHSを取り出して観ました。
雷蔵の音無しの構えも良かったけれど、こちらはどだい、脚本も演出も眠狂四郎とは段違い、格違いに良くて圧倒されました。眠狂四郎は雷蔵の立ち姿だけだったけれど、こちらはストーリーも映像も見ごたえがあって、いま見ても十分実質的に愉しんで観られる時代劇でした。
脚本は衣笠貞之助らしいけれど、もともと中里介山の原作がいいからでしょう。原作は昔全巻読んだおぼえがあります。たしか文庫本だったと思いますが何巻もあったけれど面白くて次々一気に読みおえたはずです。
あの大長編を90分とか2時間とか一本におさめるのは所詮無理でしょう。このビデオは第一部ということらしくて、竜之介が芹沢鴨に同行して近藤を斬る話をしていてお松に聴かれたかもしれないと山本富士子のお松を部屋にとどめていると、巡礼の鈴の音が聞こえ、頭痛を生じた竜之介にお浜の亡霊が現れ、竜之介が狂って部屋の簾なんかをめった斬りにしているところへ竜之介を兄の仇と探す宇津木兵馬にみつかって、川のせせらぎの中で対決となる場面で終わっています。
しかしそこまででも不思議な因果は廻る複雑な物語に引き込まれ、また宇津木一門に林の中で襲われる竜之介の立ち回りや、浪士らが過って島田虎之介の籠を襲って一対多で島田が全部返り討ちにしてしまう大立ち回りなど、チャンバラとしても大変見ごたえがあります。島田虎之介を演じているのは島田正吾でさすがです。
さらにすばらしいのはその映像が美しいこと。ことに宇津木一門との林の中の立ち回りでは、竜之介が刀を抜くと、本人の姿は影に入り、刀身だけが光を放つ、凄みのある美しい緊張感に富んだ映像が見られます。これは演出(三隈監督)の手柄でしょう。
お浜を演じるのは中村玉緒で、あの目ぢからはすごい。
ただ、この映画を観ていると、腐れ縁で一緒になって子をなし、江戸の長屋で暮らしている竜之介とお浜は尾羽打ち枯らした貧乏浪人夫婦で、自分のそういう落ちぶれ方というのか、運命を受け入れられないお浜が、すべての原因はお前さんなのに、その剣術の腕を生かして道場ひとつ開こうとせずのんべんだらりと日を過ごして・・・とネチネチやいやいと亭主に厭味を言い、全部亭主のせいにして口やかましい。あれでは竜之介でなくても、家にいるのがいやになるわな、と同情せざるをえません(笑)。
原作でもお浜って、あんなふうに口やかましいおかみさんになり果てていたっけなぁ、とちょっと疑問に思いましたが、いくら落ちぶれていても、もとはれっきとした武家の女。夫の仇に手籠めにされ、子までなしてしまって、愛憎ともに深く、アンビバレントな感情が拮抗する女心というのは分かるけれども、ちょっとぐうたら亭主に口うるさい長屋のおかみさんみたいになりすぎでは・・・と思わなくもなかったけれど・・・。
でも竜之介に斬られてしまう場面は哀れでありました。化けて出るのも仕方がない(笑)。
山本富士子は綺麗だけれど、まだ第一部ではさほどいいところがありません。雨宿りの兵馬(本郷功次郎)を見初めてひとめぼれ、というあたりは、もう少しうぶな感じのお松のほうがよさそうです。のちに色街で大夫になっていて、花柳界では新人だけど抜群に美しい、という存在なら彼女は似合うけれども。
Blog 2018-10-3