「ふたりの人魚」(ロウ・イエ監督)
この作品を見て、ロウ・イエという1965年生まれらしい中国の上海に生まれた映画監督を知らなかったのは不覚だった、という気がしました。本やビデオを仕舞支度で整理していたら、買った覚えのないVHSビデオが出てきて、カバーを見ると金髪に染めたアジア人らしい若い女性が脚に人魚の尻尾みたいなのをくっつけて泳いでいるような写真で、そういう風体をさせて男性客を集めるようなちょっといかがわしい店の風俗嬢だろうと一目で分かるようなものだったため、コレクションの中にAVでもまざっていたのかしら、買った覚えはないけどなぁ・・・息子が置いて行ったのか(笑)などと思いながら、団地のフリマに出すのも気が引けるし、一度見てから廃棄しようか、と初めて見ることになった次第。
見ると見ないで大違い。この作品は実に真面目な、独特の方法で悲痛な愛を描く佳品でありました。ネットでロウ・イエを検索してみると、天安門事件を描いた2006年の「天安門、恋人たち」が中国で上映禁止になり、当局に今後5年間の国内での映画製作禁止を命じられた監督だそうです。(ウィキペディアより)
ドキュメンタリーの「天安門」という映画は見たことがありますが、フィクショナルな映画作品で中国人が天安門を扱った映画を作っているとは驚き・・・ぜひまた機会があれば見てみたいですが、とりあえず手元の「ふたりの人魚」を見ることに。
この作品はまず語り口に特徴があります。姿かたちでは登場しないビデオ撮影を仕事にしている「ぼく」が語っていくことで物語が進行していきます。作品の冒頭で彼が撮っているのは、バーのような店で人魚の尾ひれをつけ水中人魚ショーを演じる金髪のメイメイという女性で、この語り手とメイメイは一緒に住んでいて、「私がいなくなったら、マーダーのように私を探してくれる?・・・死ぬまで探してくれる?」みたいなセリフ(このセリフは最後にも繰り返されます)をメイメイが言います。
これはラストにつながる序章で、物語はここから始まります。マーダーというのはこの物語の主人公の若い男。バイクで宅配便みたいなのを届ける仕事をしています。彼はあるとき可愛らしいムータンというメイメイにそっくりの女の子(ジョウ・シュンの二役)をバイクに乗せて、親が浮気でこの子が邪魔な間、おばさんの家に連れて行く仕事をしたのをきっかけに、何回かバイクに乗せてやるうち、仲良くなります。でも彼女の方が彼に気持ちを寄せても、マーダーのほうは孤独を囲って、どちらかと言えば冷淡にあしらっています。
そればかりか、彼が別れたモトカノと悪い男と3人で組んで、このムータンを誘拐して父親から身代金を奪う計画に加担して、ムータンを幽閉します。誘拐劇自体は仲間割れもあって破綻し、マーダーはムータンを解き放ちますが、ムータンは自分が誘拐されたことよりも自分の身代金がいくらなのかに関心があってマーダーに詰問し、45万元と知ると、「私の価値はそんなに低いの!」と叫んで走り出し、追うマーダーのみる前で、この河の人魚になると言い残して蘇州河に飛び込んでしまいます。
刑期を終えて上海に戻ってきたマーダーは、毎日ムータンを探し求めます。その中で彼は水中人魚ショーに出演しているメイメイに出逢い、彼女が何と言ってもメイメイをムータンだと硬く信じ込んで、つきまといます。メイメイは最初は迷惑がって拒むけれど、何度もマーダーからムータンの話を聞かされて心動かされ、彼氏である語り手の「ぼく」に対して冒頭のように、「私がいなくなったら、本当にマーダーのように私を探しにきてくれる?死ぬまで探してくれる?」と言うのです。「ぼく」は「あぁ(探すよ)」と答えるのですが、メイメイは「うそ!」と決めつけ、出て行ってしまいます。
一方マーダーは、メイメイを雇っていたバーの経営者の手の者に痛い目にあわされる受難を経て、やっぱりメイメイはメイメイであって、ムータンではないことを悟らざるをえなくなります。それでもマーダーはなおムータンを探し求めて街を彷徨い、ついに、或るコンビニで働くムータンに出逢います。でもそれでめでたし、めでたし、で終わらない。やがて蘇州河から引き揚げられる二人の遺体。二人の死を知って、メイメイはマーダーの話が作り話ではなく、本当に自分とそっくりのムータンという女性がいたのだということ、マーダーの愛の深さを理解するのです。
そうして物語は冒頭のメイメイの「ぼく」への問いに還って行く。「もし私がいなくなったら、マーダーのように私を探してくれる?死ぬまで探してくれる?」
現代のようなすれっからしの時代に純愛を描くということは、とても難しいでしょう。一ひねりもふたひねりもないと、嘘くさくて歯が浮くような話にしかならないでしょう。この作品はある意味で現実離れした奇妙奇天烈な設定とよく考えられた特異な語り口で、その難事に挑戦し、なんとか成功していると思います。少なくとも私は好きな作品で、ロウ・イエの作品はもっと見たい、と思いました。
ついでに言っておくと、このメイメイとムータンの二役をやった人魚のお嬢さん、ジョウ・シュン(周迅)という主演女優は、いわゆる美人というのではないけれど、めちゃくちゃ魅力的な女優さんです。
あともう一つだけ。邦題は「ふたりの人魚」で、メルヘンチックなタイトル、あるいはAV的タイトル?(笑)ですが、私は原題の「蘇州河」のほうがずっといいと思います。
(blog 2017-8-26)