楊貴妃(溝口健二監督)1955
京マチ子演じる楊貴妃が森雅之の玄宗皇帝と純愛で結ばれながら、楊貴妃を朝廷に入れることで権力を得た楊一族の好き放題が人心の離反を招き、もともとは台所ですすに汚れていた貴妃を見出して朝廷へ送り込んだ野心家安禄山が、身の処遇に不満を懐き、北方の将軍たちを糾合して君側の奸を除かんと楊一族に反旗を翻し、長安に迫り、皇帝に仕える楊一族の高官たちや後宮を束ねる三姉妹などを処刑し、楊貴妃に迫った。貴妃は靴を脱ぎ、身を飾るアクセサリーの類をはずし、木の枝に吊るされた綱の代わりに白いショールを渡して、処刑される。
史実にもとづいて長恨歌をはじめ中国でずっと言い伝えられてきた楊貴妃の話を日本の役者で演じた映画だけれど、さて森雅之の玄宗はともかく、楊貴妃が京マチ子というのは・・・。京マチ子はつい先日みた小津の「浮草」など見ると本当に綺麗な女優さんだし、これまでにも着物姿の時代劇で登場するのを何度も見て来て綺麗な人だと思っているけれど、必ずしも日本風でも中華風でもない美人で・・というよりいわゆる美人というのとは違う個性的な顔立ちではないかなという気がして、長恨歌に歌われたような柳腰の美女・楊貴妃のイメージ(なんてものがはっきりあるわけじゃないけれど)とはかけはなれている、という印象をぬぐえませんでした。
前の妃への想いの強い皇帝が野心家の楊一族や安禄山の勧める女に見向きもせず、最後に送り込んだ楊貴妃にも当初は見向きせずに退けたのを、楊貴妃がとどまって王が昼間の梅林で自ら作曲して演奏した曲を奏でてみせることで対話のきっかけをつかみ、皇帝の淋しい心をとらえて、そばにおるようにと命じ、翌朝の湯浴みの用意をさせます。翌朝湯浴みする楊貴妃の姿があり、バスタオルに身を包んだ楊貴妃が湯を出て向こうへいく後姿をカメラがとらえていますが、そのバスタオルからはみでた脚や肩から首筋にかけてなど、彼女の素肌は楊貴妃なら透き通るように白いと思うけど(笑)小麦色にやけたような健康食そのもので、ふくらはぎは固くしっかり太くて床をしっかり踏みしめて歩く女の脚だし、背も肩も肉付きがよくて逞しく、とても嫋嫋たり、なんてもんじゃありません。美しいけれど、それは近代的な健康そのものの美しさ。顔立ちも近代的な顔立ちの美女ですよね。だからどうしても楊貴妃という感じがしなかった、残念ながら。
玄宗皇帝が作曲もして自分で楽器を奏で、楊貴妃もそれに応じて奏でる、二人してそういう楽しい時を過ごす、という場の雰囲気は悪くなかったと思います。ただ、長恨歌に歌われたように、玄宗が彼女に入れ込み過ぎて昼間で起きてこなかったり、政務をおろそかにして、国のまつりごとが乱れたため、楊貴妃に憾みが集中した、というのではなくて、あくまでも悪いのは君側の奸たる貴妃以外の、権力がほしいために貴妃を朝廷に送り込んだ楊一族であって、楊貴妃はその巻き添えを食った、という設定です。ここでは玄宗はあまり女色に溺れた皇帝というふうにはなっていなくて、浮世離れした詩人で亡くなった妃への想いが拭い去れないロマンチスト。楊貴妃との新たな関係も、ロマンチストである文人皇帝として楊貴妃に純粋な愛情を注いできたが、別にそれで楊貴妃に政治に口出しさせたわけでもないし、楊一族の登用も楊貴妃に頼まれて縁故採用したわけでもなく、適材適所で自分が判断したんだ、と。なにも楊貴妃のせいで政務をおろそかにしたことなどないぞ、というのですね。そうすると悪いのは自分の栄達のために楊貴妃を利用した楊一族の高官たちであり、また野心を持って反乱をおこした安禄山だ、ということになります。
そのへんは、ほんとうは玄宗が楊貴妃に文字通り入れ込んでしまって、ずるずると政務をおろそかにしてしまい、楊貴妃に溺れていく、そのさまをちゃんと描いてくれたほうが人間味があって面白かったのにな、と思ったりもしました。
ほっとするようないいシーンがひとつあって、それは庶民の出であった貴妃が皇帝を誘って祭りの夜の街へお忍びで出かける場面です。宮中の女たちに出会うと隠れて避け、被りものを店の者にかぶせて与え、玄宗が食べたこともなかった串刺しを手にもって食べてうまいといい、酒をいささか強引に勧める男たちにも貴妃が祭りの無礼講だからお叱りにならないで、と皇帝も飲み、人々の輪の中に入って楊貴妃が舞い、皇帝が奏でる、とてもいいシーンです。祭りのあと、場外の地面に楊貴妃の膝枕で横たわった玄宗が、ほんとうに楽しかったと言い、今夜はただの平民の李氏に返った、と言えば、楊貴妃も、私もただの玉関(楊貴妃のもとの名)です、と応じ茶を二人でうまそうに飲みます。
ラストは楊貴妃が処刑されてから時を経てさらに置いた玄宗が死ぬ前に、楊貴妃に語り掛けるモノローグ。「おまえが死んであとにに何が残った?安禄山もじきに滅んだ。皇帝の位はすでに皇太子に奪われていた。皇太子も安禄山と変わるところはないのだ」と。
玄宗は倒れ、亡くなります。楊貴妃の声がきこえます。「陛下、お迎えに参りました。二人だけの世界へ・・・二人だけの永劫の世界へ・・・」最後は玄宗と楊貴妃の笑い声。
なんてロマンチックな作品なのでしょう!ひどい作品だけど(笑)私はこういうの、嫌いじゃありません。
Blog 2018-12-10