散歩する侵略者(黒沢清監督)2017
これはホラーを見なかった私にも面白い、ユニークな宇宙からの侵略者を描くSFホラーでした。地球への侵略者だとさらっと公言する侵略者。誰だってああさらっと言われても相手の姿かたちが人間なら信じませんよね。でも実は本物の侵略者だった、というのが面白い。それも、人間の「概念」を奪うという変わった侵略者です。
わがヒロイン鳴海は夫真治が急に人がかわったようになり、奇異な言動をとり、奇妙なことばかり起こすので心配しますが、真治は自分は宇宙人で、地球を侵略に来たのだと平然と言います。初めは何を馬鹿なことを、と思っていた鳴海ですが、徐々に彼がすることの結果を目の当たりにして信じざるを得なくなります。鳴海は夫の肉体を借りた宇宙人が自分を地球人にアクセスするためのガイド役に選んだため、ガイドは傷つけないので、そのまま夫婦のようにふるまいつづけますが、ほかにより若い男女にとりついた宇宙人が平然と警官などを射殺するような事件を起こすことで、警察に追われ、また極秘に宇宙人を見つけ出して抹殺しようとする政府の秘密機関に追われることになります。
宇宙人というのは私はまだ見たことも出会ったこともありませんが、妻や夫など身近な人間が突然変貌を遂げて、わけのわからない存在に見えてくる、ということは、私たちの日常生活の中で多かれ少なかれ経験することのある不安であり、恐怖なのではないでしょうか。「伝わらない」「わからない」ことへのそういった他者への恐怖を度外れに拡張すれば、黒沢清監督の描く宇宙人のようなものになるかもしれません。そういう私たちの日常の中にひそむ誰もが多かれ少なかれ身に覚えのある不安や恐怖が、この荒唐無稽な設定のリアリティを支えているのだろうと思います。
地球を侵略するためのプレサーベイとして、地球人を理解するために、その額に指を近づけて、人間が集中してイメージする頭脳の中の概念を奪うことができるのですね。でもネタバレになるけれど、宇宙人の一人がたまたま出会った教会の牧師から「愛」という概念を奪おうとすると複雑すぎて奪えない(笑)。また、ほとんど宇宙人の野望が成功して、侵略が開始されてしまったとき、この映画のヒロイン「鳴海」の夫である「真治」の肉体に宿っていた宇宙人が、自分のガイド役にしていた鳴海に、「愛」という概念を奪わなければ地球人を理解することはできない、と言われて、最後の最後に鳴海から「愛」の概念を奪い、「愛」を彼が知ってしまうことによって、この宇宙人先兵が本国へ送る情報に変化が生じたようで、地球侵略が中止される、という話も、実によくできています。
鳴海から「愛」の概念を奪ったこの夫真治の姿をした宇宙人は、「愛」を知ったがゆえに、廃人同様となって入院した鳴海に付き添い、「いつまでもそばにいるよ」と言うに至るのです。つまりこれは夫婦の純愛物語でもあり、「愛は地球を救う」という壮大なSFファンタジーでもあるわけです。
演じている役者さんが若くても演技派ばかりで、とてもいい感じです。鳴海役の長澤まさみ、宇宙人らしいポーカーフェイスを崩さない真治≒宇宙人の松田龍平、あと二人の若い男女の宇宙人天野の高杉真宙、立花あきらの恒松祐里、天野らと行動を共にするガイド役で雑誌記者の桜井を演じる長谷川博己、みな熱演です。鳴海の妹役明日美には前田敦子が、牧師役には東出昌大が、また医者の役に小泉今日子が出ているし、脇役でも光石研、笹野高史といった私でも名を知っている俳優さんが固めています。
blog2018-11-9