オープニング・ナイト(ジョン・カサヴェテス監督 1977)
この映画は不思議な映画で、劇中劇というのか、映画の舞台は劇場で、その舞台の上で演じられる劇がかなりえんえんと映しだされていきます。
そして、その劇中劇の主役をつとめるのが、この映画の主役でもある女性、カサヴェテス監督の奥さんである名優ジーナ・ローランズです。劇中劇の進行とこの映画のストーリーであるその女優の振る舞いが引き起こす事態の進行が絡み合って、テンションの高い女性の生き方のドラマをつくり上げています。
ジーナ・ローランズの相手役をつとめるのが、「チャイニーズ・ブッキーを殺したた男」のベン・ギャザラで、これも名優なんで、二人が絡んですばらしい味のあるドラマを生み出しています。
ベン・ギャザラが演じているのは劇中劇の演出家で、調教師よろしく主役の女優をコントロールして最高の演技を引き出そうとしているのですが、女優は自ら考える女優で、自分が加齢によってもう若いときのような演技ができないことを百も承知しているけれども、他方では、単純に老いていく女の悲しみや焦慮を表現するなんてことを自分に許すことができない。だいたい、自分はまだそんな役をするほど老けてはいない。だけどもう若くはない。だからそのハザマで、なにか別の表現が模索できるはずだ、と考えているらしいのです。
だから脚本や演出家の演出指導を勝手に舞台で変更してしまったりして、演出家とぶつかることにもなります。
そういう下地のあるところへ、開演の日の夜に或る事件が起きます。それは、彼女が待ちかねの観客をおしわけて車に乗って劇場を去っていくとき、彼女のファンだと言って異常にしつこく彼女につきまとっていた17歳の少女が、雨の中、彼女の車が出た直後に、ふらふらと街路に踏み出して後続の別の車に轢かれて死んでしまうのです。
この少女の霊がこの女優が自ら作り出した若き日の自分、第二の女として、彼女にとって実在しはじめます。彼女が自室にいると現れ、彼女と会話しはじめるのです。
この女優の陥っている状態というのは、やはり女性として自分が歳をとっていくこと、それゆえ若い女性だったころのように何も考えずに演じていけばよいというわけにはいかない。けれども、他方で歳をとった女性の役を与えられて、その女性が若き日を懐かしんで今の自分を嘆き、加齢を焦慮するというような演技をすることには激しい拒否反応がある。そんなに自分は歳老いているわけじゃないし、そういう老い方だけが女性が歳をとっていく、ということではないはずじゃないか、という気持ちもあるでしょう。いずれにせよいまの自分がそういうありきたりの人生の黄昏を感じている女性なんてものを演じたくはない。・・・・そういうディレンマでしょう。実際の自分は歳をとっていくことを実感している。けれどもそれはただ歳をとり、老いて若き日を羨望し、回顧し、焦慮に身を焼くということではないはずだ、と。
それは彼女の生身の人間としての生き方の問題であると同時に、「最高の女性」と称賛されるほどの女優としての彼の生き方、演じ方の根幹にかかわる問題なので、彼女は二重に苦しんでその解決の方途を求めているわけです。それが周囲にはなかなか理解されないから、彼女のとる行動が周囲の意表をつき、ときに周囲を困らせることにもなります。
ニューヨークでの初日を控えて彼女は直前に消えてしまいます。初日には間に合うように戻ってくる、と言い残して。そして、幕開きの時刻になって戻ってきた彼女は立つこともできなほどの泥酔状態でした。それを演出家はきびしく一人で立たせ、舞台へ送り出します。どうなることかとスタッフら周囲が気をもむ中、舞台上の彼女はみごとに創造性に満ちた演技を実現して、幕が下りると観客のブラボーの声が劇場中に響き渡ります。
演出家にくってかかり、悩み、苛立ち、また舞台でみごとに演じる女優を、また見事に演じているジーナ・ローランズの演技がこの作品の大黒柱。「こわれゆく女」同様、この作品での彼女の比重は通常の主役級などをはるかに超えて重いものになっています。むしろ彼女の二重の演技を見るための作品というほうがいいでしょう。
(おまけ)
ピーター・フォークのビッグトラブル(ジョン・カサヴェテス監督 1986)
これは喜劇ですが、あんまり面白おかしくはないですね(笑)。ピーター・フォークは彼らしい破天荒な人物を演じて味を出していますが、ほかのもうちょっと「ふつう」のキャストとのバランスとか、あんまりよくないです。
保険会社の営業マンの若い男が、ピーター・フォーク演じる詐欺師とそのセクシーな妻にひっかかって、妻が重篤な病気で余命わずかな夫を列車から落として殺すことで保険金を詐取しようという計画に乗っかって「実行」するけれども、保険会社の上司が疑って調べにきて、死体が死体管理所の男も含めて詐欺グループによるニセモノとバレて、仕方なく上司を拘束し、保険会社の社長の豪邸に泥棒にはいるも見つかり、今度は会社の地下金庫から盗もうと忍び入ったところ、ほんものの強盗団が爆薬を使って金庫を強奪しようと地下を掘ってきたところに出くわし、てんやわんやの末強盗団を警察がつかまえる手助けをした結果になって、表彰され、報奨金までもらう、というような荒唐無稽な話で、それはそれでいいのだけれど、どうも話を複雑にしすぎたせいか、展開がモタモタしていて、登場人物一人一人にもそのしぐさや語りを見て聴いているだけで笑えるような資質がなく、互いの掛け合いもうまくないので、喜劇としては失敗しているな、と思わざるを得ませんでした。
カサヴェテス監督もこんなのを作っていたんだな、なぜこんな喜劇を?と、そちらの方がさぐってみたら面白そうだな、と思いました。
Blog 2018-7-27