「元禄忠臣蔵」(溝口健二・監督)
おかしなもので、新しい映画を見ていると、ときどき無性にこういう昔の映画が観たくなって、仕舞い込んだ箱の奥のほうからビデオを引っ張り出してきては、ちょっとだけのつもりで見はじめると、結局お終いまで見てしまいます。
昭和16年の作品ですから、時代を反映して、河原崎長十郎演じる内蔵助の精神はまるで勤皇の志士のようです。なにしろ、仇討ちをするか否かの決断をためらって、何を待っているのかと思えば、主上の「内匠頭は不憫」のひとことなのですね。洩れ聞こえる噂でしかないけれど、主上の意志に叛いては仇討ちはできぬ、という内蔵助なのです。
そういうところはあるけれど、いま見ても、並の忠臣蔵とは違って、見ごたえがあります。モノクロでフィルムの状態がよくないせいか、もともとこうなのかよくわからないけれど、画面がとても暗い。まぁ陰々滅々たる映画といいましょうか(笑)。
それでも俳優たちの表情も引き締まっていて、どれもいい顔しているし、衣装を着た彼らの立ち居振る舞いが堂に入って、安心して見られるのは、現代風なチャンバラ映画とは風格が違うようです。
吉良の老人首ひとつ取っても意味はない。仇討ちが成就しようがすまいが、志した全員が心を一つにして公儀の片落ちな処分に異議申し立てをすることに意味があるのだ、という、この作品での内蔵助が浪士たちをまとめていく思想や、大学様を立てて浅野家再興を願い出たのは(もし低い禄高で再興を認められてしまうと仇討ちの名分が立たなくなるため)一生の不覚、と悩む内蔵助の姿は、いま見てもリアリティがあります。
そして、そこから逸脱しようとする同士たちをいかにして無事に終着点までリードしていけるか、という内蔵助の苦労に焦点が絞られているのも、この膨大な広がりのある主題を引き締め、高いテンションで初めから終いまで引っ張っていく上で重要なポイントでしょう。
だから、その後のチャンバラ忠臣蔵では欠かせない「肝心の」討ち入りの場面はこの映画にはありません。討ち入りとその成功は、事が成ったあとで知らせの手紙を遥泉院が読む場面で、私たち観客も遥泉院とともに知ることになるのです。
つまり討ち入って吉良の首を取ることは、この映画にとって「肝心」のことではなかったのです。
内蔵助はラスト近い場面で、「この内蔵助は、最後の最後まで同士たち一人一人の行く末を見届けて、ようやく役目を終える」と言います。そうして、一番最後に、従容として死出の山に赴きます。
一人一人の思いと人生を背負って、ここまで辿りつく内蔵助の内面を、いわば外側から、彼の振る舞いや、身体の表情によって描こうというのがこの作品なのでしょう。
最後の一人を見送って、ようやく重荷から解放されて死に赴く内蔵助はあくまで静かで、その表情は晴れ晴れとしています。
この河原崎長十郎と言う人は、山中貞雄の「河内山宗俊」や「人情紙風船」で味わいのあるいい演技をして(とくに前者の人情家の悪漢)大好きなのですが、イデオロギー的には激烈な毛沢東派だったようですね。
でも、そんなことは時間が経つと全部消えてしまって、映画だけが残る。彼の俳優としての姿はこれらの素晴らしい映画の中にしかない。それでいいじゃないか、と思います。
Blog 2009年03月03日