青山七恵

「窓の灯」

『窓の灯』(青山七恵 著)  

先日読んだ「かけら」があまり良かったので、職場の本棚に放り込んでおいた旧作を読み返したくなって再読・・・と思ったのだけれど、読み始めても、どうしても前に読んだ記憶が蘇ってこない。ブログに何か書いたろうと思ってずっと探してみたけれど見当たらない。  

小説でも映画でも、読んだり見たりしたらすぐ忘れてしまい、ビデオで同じのを借りてきたり、同じ本を買って来たりして、ときには見たり読んだりしていてもかなり進むまで一度経験した世界だと思い出さない(それゆえ何回でも新鮮に楽しめる・・笑)という特技の持ち主なので、今回もそうかもしれないけれど、ついに思い出さなかったところをみると、読まずにツンドクだったのかもしれない。  

短編の「かけら」のように完全に計算された完璧な作品というのではなくて、中篇というか日本では長編ということになるのかもしれない120ページほどの単行本で、それなりり荒っぽいというのか自由奔放なところがあるけれど、何でもない話なのに、やっぱり読みながら若い女性の目線で描かれる「姉さん」の魅力と、偏光メガネをかけたような「私」の揺れ動く「こちら側」のアンビバレントな気持ちの危うさに惹かれて、ぐいぐいこの小さな世界に引き込まれていった。  

「先生」と呼ばれる男の登場による「姉」さんの変貌ぶりは、実に鮮やかに描かれていて、私もこういう変貌を見せ、こういう表情をした女性を見たことがある、という既視感を覚えた。いや実際に見たことがあったな、と思い当たった。  

「わたし」が「先生」のことで「姉さん」を問い詰めるシーン(ここのやりとりは秀逸だと思う)あたりまでがとても好きだ。そのあと「わたし」が、この淡々とした話の中では、或る意味で劇的な、そして或る意味で「わたし」の「期待」とは違って不発に終わるシーンを作り出してしまうのだけれど、それは巧いとは思うけれども、私は別の展開を期待していたような気がして、こうしかなかったかな、と思った。  

ラストも色っぽいけれども、私には「アパートの群れの暗闇にひっそりと姿を潜める雑草の匂い」に身を包みながら下を向いて歩き、「その青臭い匂いを吸い込みながら常に先生の気配を体の右半分に感じ取り、てんでんばらばらの二人の足音を聞いて」いるというような描写に一層艶めくものを感じる。  

「先生からの電話があった日から、どう控えめに見ても、姉さんはいつもよりずっといい匂いがする。夜な夜な姉さんを訪ねてくるおじさんたちとは全く別のやり方で、ある男の人を思っているのだ。きっと、姉さんはその小さな秘密を誰にも言わず、誰にもさわれない体の一番奥の小さな箱にしまっておいて、時々それを指先でなでてみたり、口に含んでみたり、太陽の光に透かしてみたり、眠れない夜だけに取り出す宝物みたいに、それをずっと大切にしてきたの。きっと。」  

こんなところに限りない哀切さと艶めくものとを深く同時に感じる。

blog2009年05月18日