殯の森 (河瀬直美監督。2007年)
この映画は一回見ただけでは分かりにくい。私たちごく普通の鑑賞者は、やっぱり最初に見るとき、その作品の中に物語を探し、その糸をたどっていこうとします。この映画でも、もちろんストーリーらしいものはあるので、それをたどっていくことはできます。
野辺送りの喪の列がいくような、都会から遠く離れた地方の農山村(奈良らしい)に認知症の人を含む身よりのない老人の世話をするホームらしい施設があって、そこに新任の介護職員として尾野真千子演じる「真千子」というアラサーくらいの女性がやってきます。彼女は息子を亡くしているらしく、そのことで夫から責められるシーンがあるので、一人になり、心にそのトラウマを抱えてこの施設へ来たらしいことが分かります。このことはその後の彼女の行動の伏線になっているとあとでわかります。野辺送りの光景が最初に置かれていることも、あとで主人公(次に述べる「しげき」と真千子)が森の奥へ入っていくことの伏線になっていることが最後のほうで分かります。
この施設に「しげき」という認知症の中年の男性がいて、最初の方で寺の坊さんの講話みたいなのが行われるシーンで、しげきが「私は生きていますか?」というような質問をする場面があります。そのときに彼の奥さんが亡くなっていて、今年で33回忌を迎えることがわかり、坊さんが奥さんはもう帰ってこないから忘れなさい、というようなことを言います。たぶんこれがあとの彼の行動の引き金になっているのだろうと、これもあとでわかります。
決定的な出来事が二人に生じるまでに、いくつかそこへ集約されていく予兆的なエピソードが描かれています。たとえば、しげきがピアノを弾くシーンがあって、その横に一人の女性が座って彼と連弾します。彼はとても楽し気です。誰だろう?と一瞬思いますが、突然あらわれて、一所懸命まだ弾いているしげきの傍をそっと去っていく去り方などから、その前の坊主の講話のところや、施設のおやつの時間にしげきの誕生日を祝うシーンで、しげきが亡き妻の思い出にとらわれていることが明らかになっているので、あぁ、亡くなった奥さんなんだな、彼の心の中の幻影なんだな、と分かります。
そのあと、真千子が部屋のごみを回収にしげきの部屋に来て、置いてあったリュックサックに触ったか何かで、突然しげきが怒りを爆発させたように真千子を激しく突き飛ばすシーンがあります。そのときはなぜそんなことをしたのかはわかりませんが、おそらく他人には触れさせたくない、彼にとって大切な妻の思い出が詰まっているのだろう、という推察のもとに観ていきます。最後に、やはりこのリュックの中には妻との思い出を記した日記らしい、その年の数字が表紙に貼られた何冊ものノート(とオルゴール)が出て来て、妻との思い出の品であったことがわかります。
しげきにつきとばされた真千子は、手に怪我をし、介護人としての自信をなくしかけて、私にやっていけるのかと思う、と先輩の介護人(和歌子)に言いますが、和歌子は「こうしないといけない、ということは何もないのだから」と励まし、その言葉が真千子を自由にするところがあります。
そのあと、木に登っていたしげきが逃げ出して、あとを追う真千子と茶畑で追っかけっこして明るくじゃれ合うようなシーンがあり、和歌子の言葉に励まされた真千子が次第に彼女に心を開くかにみえるしげきとごく自然に触れ合うような感じが表現されています。
これだけの前触れがあった上で、いよいよドラマが佳境に入っていきます。真千子がしげきを車に乗せていく途中で脱輪事故を起こします。しげきの妻の墓参りに山へいくという設定が最初会話かなにか聞き落したせいか分からなかったのですが、茶畑での追いかけっこみたいに、しげきが目的なく森の奥へ入っていくのではなく(それなら真千子はもっと真剣にひきとめなくてはならないはずですが、しげきの目的を知っているように真千子もしげきのあとをついていきます)、どうやらしげきには山の中で行き着きたいゴールがあるらしいことは、山の中へ二人ではいって奥へ奥へ進む途中で、真千子が、道は合っているのか、という意味のことをしげきに訊くシーンがあるのでも気が付きます。それが冒頭の野辺送りのシーンや、しげきのひたすら亡妻への思いにとりつかれた姿と合わせて、これは山の中に葬られた亡妻の墓参りなんだ、とはっきり気づくのは、私の場合、二人がそこまで行きついてからでした。
車がエンコして、真千子が助けを求めて視界に入ったビニールハウスのほうへ行っている間にしげきの姿は車から消え、助けが見つけられずに空しく戻ってきた彼女はあわててしげきの姿を追い求めます。しげきは畑の中のかかしの影にいて、スイカを抱えて逃げていき、真千子が後を追ってつかまえ、割れたスイカを二人で食べるシーンは明るく、二人のいまでは親和的な関係をよくあらわしています。しげきがスイカのかけらを、追いかけ疲れて倒れ込んだ真千子の口に押し込んだり、お返しに真千子がしげきの口に押し込んだりするシーンはちょっと艶めいてもいます。
そのあとまたしげきはどんどん山の中へ入っていき、道に迷い、同じどころを堂々巡りしているようでさえあり、夕暮れが迫ってきます。真千子のスマホもうまくつながらず、二人は雨と闇の山中を彷徨い、鉄砲水が発生する状況で、しげきが危なっかしい流れを渡って対岸へ行こうとするのを、真千子は必死になって泣き叫んで止めようとします。このときの真千子のあまりの激しく悲痛な絶叫と涙は、目の前で起きていることと釣り合いがとれないほど大げさなものに感じられるので、その瞬間に、私たち観客はそこに彼女が胸の内に抱え込んでいるものにあらためて気づかされます。
それはもちろん彼女自身が息子を亡くしていて、それも夫におまえのせいだ(あるいはお前が傍についていながら)と責められるような亡くし方をしているために、もう二度と自分のせいで、あるいは自分がそばについていながら親しい人を死なせるようなことはしたくない、その精神生理的なトラウマがここでの彼女の絶叫と涙になっているのは容易に気づきますが、ここで鉄砲水の映像が一瞬登場して、「水」が予感される死と密接に結びついていることは、おそらく息子の死も、海水浴かプールか、とにかく彼女がそばについているときの水難事故だったのだろうと推測ができます。
ただそれが明示されるような言葉なりシーンなりがどこかにあったかどうかは、私には気づけなかったので、映像が指し示している方向を見ての感想(推測)にすぎません。
彼女が絶叫し、涙を流して、くずおれてしまう様子を見て、しげきは戻ってきます。ずぶぬれの二人は焚火をして暖をとりますが、しげきはものも言わず固まってしまったままガタガタ震えて寒がり、真千子は濡れたシャツを脱がせてしげきの体を懸命にマッサージしますが、しげきの震えは止まず、真千子は自分も上半身裸身となってしげきの背を抱き、自分の体温でしげきにぬくもりを与えます。二人が膚触れあうことで(精神的に)ひとつになったことを示すような映像です。
夜が明けてきたとき、目覚めたしげきは森の中で背を向けて佇む亡妻真子の姿をみとめて近づき、手をとりあって、二人で楽しそうに踊り始めます。様子に気づいてそちらのほうを見る真千子の目には、たぶん一人で踊るしげきの姿しか見えていないでしょう。
二人は再び山中を進み、大きなご神木らしい樹齢数百年とか千年とかであろう木に出会い、さらに山中を歩いて、ささやかな目印(墓標)らしい木が地面に突き立った場所に到り、しげきは大切にしていたリュックサックから前述の自分の何冊もの日記と小さなオルゴールを取り出します。日記は妻との思い出をつづったものでしょうが、彼にとっては思い出というよりも、ずっと妻が生きていて、彼と対話したり踊ったりピアノを弾いたりしていたわけで、その妻と「生きて」きた日々を記録したものであるのでしょう。
しげきは木の枝をスコップ代わりにして地面を必死で掘り返し、穴を掘ろうとします。真千子もそれを手伝い、穴を掘ります。オルゴールを真千子に手渡し、日記を穴に埋め、さらにしげきはその穴に自らをうずめるように蹲ります。その表情はなすべきことを成し遂げた人のように至福の表情に見えます。真千子はそのしげきに「ありがとう」と感謝の言葉を述べて彼の体をさすり、空のほうを眺めるようにして、再びオルゴールをまわし鳴らします。
ストーリーを追えばざっとこんなことで、これだけ知ったところで、そのストーリーに特別波乱万丈があるわけでもなく、男女の熱烈な恋愛があるわけでもなく、ただ息子を自分のせいで(あるいは自分がそばにいながら)失った過去にとらわれた女性が新任の介護人として施設へ来て、そこの認知症の男性と少しずつ心を通わせるが、あるとき事故がきっかけで男が自分の亡妻の眠る山に入るのを追っかけ、二人で夜の雨の山中をさまよいながら、なんとかその亡妻の墓地を訪れ、男性の胸の内でいつまでも生きていた亡妻の喪の儀式をようやく完了する、というだけの単純な話であって、格別面白くもなんともありません。
この種の作品をみると、いつも小説での芥川賞作品(いわゆる「純文学」)と直木賞作品(いわゆる「大衆文学」)との差異のことを連想します。いまではそんな区別などない、あるいはもともと認めない、と言う人も多いし、中には「読んで面白くないのが純文学」と定義する人もあるくらいですから、そういうことを議論しても文学の本質を論じる話にはなりそうもありませんが、映画にももちろん、それに似た区別ができるんだろうな、と思います。
小説でいえば直木賞はすでにある程度筆力に定評があり、かなり広範な読者層を持った実力派の作家が選ばれるようで、素材にもストーリー展開にも人物設定などにも、プロフェッショナルな工夫をこらした種も仕掛けもあり、読者サービス満点のサービス精神に富んだ作品が多いので、安心して読めて、好みはあっても、面白い作品が多い。
けれど、芥川賞のほうは原則、新人賞という性格のものでもあり、最近は過去何回候補作になった、なんてのが選ばれることも多いけれど、そうではなくて突然登場した新人でまったくそれまで小説を書いたことがないような人が、受賞に相応しい作品を書くことも少なくはありません。で、作品を読んでみると、たしかに面白くない(笑)。Interesting(興味深い)という人はあるかもしれないけれど、少なくともamusing(面白い、娯しい)とは言いにくいのが多い。技巧という意味でなら未熟な作品のほうがむしろずっと多いのです。
これは直木賞作品と読み比べてみればすぐわかりますが、直木賞作品のほうは、読んで娯しく、amusing 。波乱万丈の物語、奇想天外な物語、夢のようなロマンチックな世界等々、匠の技で作られた別世界に嘘と知りつつ酔い浸って、読み終われば快いカタルシスを感じて日常生活に何も変わらずスッと戻っていけるような、遊びの世界、ゲームの世界。もちろん深い人情をしんみりと感じさせてくれる作品も少なくないけれども、それも含めて作者の掌で存分に愉しませてもらう類の職人さんの芸のうち。芥川賞作品のように、書いた本人も自分の書いた作品の意味というか価値というか、それがよく分かっていない、うまく説明できそうもない、そういうわけのわからない作品とは違います。
ただ、いわゆる純文学のすぐれた作品には、作者が意識していようがいまいが、「芸」に還元されきらない、その書き手の資質、あるいは大げさに言えば宿命というのか業というのか、そういうなにかその書き手にとって、ほかにどうしようもない、こうでしかありえない、という必然性(必要性)が埋め込まれていて、それがどこかごくわずかな接点であっても、この社会、この時代の根っこにある普遍的なもの、なにかの兆であったり、失われたものであったり、決して動かせないものであったり、みなに見えていながら見ていないものであったり、そのような普遍性につながる要素があるなら、そういうものと響き合うものがあるなら、どんなにそれが作文の技術・技巧として拙く、それまでに形成されてきた言葉の共同性から逸脱する表現であったとしても、いや、だからこそそれを読んだあとは、自分の目のほうが変化していて、多かれ少なかれ自分の見る世界が以前とはどこか違ったものになってしまう、といったものでしょう。
その種の表現は、書き手が生まれて来た社会や時代からいわば無意識のうちに背中を押されて吐き出したうめきであったり、叫びであったりするので、どんなに不愉快なうめき声、叫び声であっても、たとえ少数であれ、わがことのようにその痛みに共振し、作品に普遍的な価値を見出す人が現れる、というふうなものではあるのでしょう。それは作家が努力して文章の技を磨いて、評価されるような優れた作品を書きあげました、というような話とは、ずいぶんかけ離れたことのように思え、むしろ作家が作品を生み出す行為というのは、作家自身にもどうすることもできない、作家の病、言ってみれば業病のようなものに見えてきます。
「殯の森」という作品など見ていると、映像作家についても、そのような病のイメージが連想されてなりません。いつもこういう話になると、いまでは世界的な美術作家として知られるようになった草間弥生のことを思い浮かべるのですが、私も美術館で彼女の展覧会は見たし、直島で海辺にしつらえられた彼女の巨大なカボチャなどには本当に感動しましたが、その彼女自身、あの特徴的なブツブツ(笑)は、頭で考えだした創作のアイディアでもどこかで見た借りものでもなくて、実際のあらゆるものに、あぁいうブツブツの斑点が実際に「見えた」のだと彼女自身が語っているのを聞いたことがあります。それは視覚障害の一種なのか精神障害の一種なのか何か機能的なものの障害なのか私にはわかりませんが、彼女にとってはそれは自身の精神の創作物などではなくて、いまそこにある現実だったわけです
これを普通の、といっては語弊があるかもしれないけれども、自分が普通だとか正常だとか思っている私たち、より多くの人間からみれば、機能障害にせよ心の病にせよ、或る種病的な状態、異常な状態だということになるでしょう。けれども、本人にとっては、それは自分の生の根源にへばりついたオブセッションにほかならず、自分が頭で意志して取り除けるようなものではない、自分の生と一体の病のごときものであって、これを取り除けないなら、これと共存し、なんとかその状態を克服していくほかに生き延びる術がない、という自分の命と骨がらみの宿命のごときものであったに違いありません。
それを消そうとすれば自分も命の火を消してしまうしかない、自分の生きることと一つになった病とどう向き合い、戦い、共存し、克服していくか、というそのもがきの過程が、彼女の生そのものであり、またその悪戦苦闘の痕跡が、あの造形、絵画などの表現であって、全身全霊をかけたその投企によってのみ、かろうじて自分の背負ったオブセッションを軽減し、そこから自分を解き放つ光を垣間見ることができるのだろうと思います。
同じことは私が阪神間の大学で教えていてたびたび取り上げて来た、「具体」のメンバーだった田中敦子についても言えます。彼女のほとんどすべての作品にみられる、緻密に計測しながら描かれる色彩をもった円とその円をつなぐ無数の入り組んだ線との複合図形は、彼女が一貫して背負ってきた強いオブセッションを何よりも明瞭に示しています。美術評論家・キュレーターの岡部あおみが編集・監修した田中敦子のドキュメンタリー映像(DVD)の中で、田中も一時、「頭がおかしくなった」(心の病を病んだ)と自ら述べていました。
実際にいまの医者や精神医学者が病と診断を下すような病にとらえられるか否かは別としても、本質的なクリエーターというのは、画家であれ小説家であれ映像作家であれ何であれ、こうした自らの固有の「病」をいわば業のように自分の生とほねがらみのものとして背負った人たちのことではないか、と思わずにはいられません。
ネットを見ていたら、或る人は「殯の森」を取り上げて、彼女の作品は「普通の人が何気なく見るにはまったく適していない・・・世界でもっとも適さない監督の一人」と断言し、「彼女の映画を見るということは、平たく言えば河瀬直美という女のマスターベーションを見に行くということ」と書いているのを見て、苦笑してしまいました。ひどいこと言うなぁとは思ったけれど、或る意味で、言わんとするところは分からなくはなかったからです。
上に書いたような意味で、必然的にその作品の成り立ちは非常に個人的なものに根差すことになります。彼女の生と骨がらみの業としての病が、私の言い方で言えば、ほとんど作り手の「作ろう」という意図なんてものとは無関係であるかのように、その病が彼女の身体を蝕み苛むことによる痛み、苦しみにぎりぎりのところで堪えようとする身体が無意識のうちに吐き出す呻きや叫びのようなものが作品なので、ほかの人間や世の中で起きていることや、なにか「社会問題」だの「人権問題」だのなんとか問題だのといったこととは関係のない、生と死の境を彷徨う手負いの獣の呻きや叫びのように純然と個に属するものにほかならないからです。
だから、それを個人的なかかわりをもたない私たちのような外部の人間が、「自慰行為」だ、とみても、或る意味で何も不思議はありません。いや、事実そういうものです、と言ってしまってもいいでしょう。
その行為は当面、ただその作り手自身にとってのみ意味のある、生きるか死ぬかの必死の行為なので、もしそれをおせっかいにも他者が「理解」しようとすれば、彼女がなぜそんなものを生み出したのか、その根源までさかのぼってたどりなおすしかないわけです。それは第一に彼女がこれまで作り出してきた作品を全部たどりなおしてみることでしょうし、彼女がそういう作品を生み出してきた背景となった現実的な環境や知的な環境などの一切を子細にたどってみるほかはないでしょう。
もちろん、そんなことをしようというおせっかいな意志をもつのは、あるいはそんなことができる機会をもつのは、ごく少数の職業的な研究者や評論家だけでしょう。私たちごく普通のたまたま彼女の作品がどこやらの有名な映画賞を受賞したと聞いて、いっぺん見てみようなんて気を起こしただけの観客が、彼女の一般の映画館などで上映される映画市場へのデビュー作以前の習作の類を全部たどってみたり、彼女の生まれ育った環境を現場へ行って、あるいは各種資料を探索して洗い出す、なんてことをするような意志をもつことはまずないでしょうし、仮に少々作品や作家に興味を持ったとしても、技術的にも困難でしょう。
だからわたしたちはごく素直に、出会った作品に共感できるなら、それを楽しみ、そうでなければ忘れてしまえばよいので、私も時々やることがあるけれど、あまり個別の悪口は言わないほうがいい(笑)。それは多くの場合は、その人の好みの表現にすぎないと思いますから。
では、なぜこういう極度に「個人的な」作品、あるいは映画づくり、というものが、その良し悪しは別として社会現象として大きなニュースのように取り扱われる国際的な映画賞に選ばれたり、少なからぬ映画ファンが支持したりするのでしょうか。
こういう言い方をするときは「個人的な作品であるにもかかわらず」と言うのが普通かもしれないのですが、本当はたぶん「個人的な作品だからこそ」なのでしょう。つまり個人の生き死にに関わることとして、どんなに小さな接点であろうと、いまここ、というこの現在の時代と社会に根を下ろしていたり、なまなましい火花を散らすような接触の仕方をしていなければ、その作品はきっと同じ時代、同じ社会に生きるわたしたちに通じるものを持たないし、それを超えて普遍性を持つ契機を持たないのだろうという気がします。
この映画も撮影場所となった村の人たちの協力を得て、ある種の幸福な共同作業の機会があったようですが、それはただ表面的なことで、そういう意味での「みんなでつくった映画」がすぐれた作品になる保証はもちろんないわけで、すべて、何らかの共同性がこうした芸術作品の創造の普遍性を保証することはあり得ないと思います。
難しいことを言わなくても、また彼女の作品を習作までたどって見たり、創り出された背景を子細に調べたりしなくても、ただこの映画を見るだけで、その普遍性に触れることはできる、と私は思います。またそうでなければ、優れた作品だとは言えないと思います。映画にせよ小説にせよ絵画にせよ、作り手にどんな意図や高邁な理論があったとしても、その作品自体をふつうの読者、観覧者が読んだり見たりして、直観的に心を動かされるものでなければ、それは少なくとも芸術表現としてすぐれた作品ではありえない、というのが私の先入観的な(笑)考えです。
それは受け手の知識や経験とはあまり関りのないことで、どんな幼い(私のような)読者、観覧者であっても、すぐれた作品に素直に接して、直観的にその価値をうけとめ、こころを動かされるのが芸術作品だろうと思っています。なぜなら、芸術作品のインターフェイスは小難しい知識でも理屈でもなく、人間ならだれでも持っている感覚器官であり、それを刺激する色や形や音や、要するに感性に訴える要素だからです。
もちろん感性はもともとの資質や経験によって直観的な理解力に幅があるに違いありませんが、それは知識や理屈や直接のあれこれの経験などというものとは無関係でしょう。だから、どんなに拙い者でもすぐれた作品の奏でる主調音くらいは聞き取ることができると考えています。
そしてそういう感性を通して人の心を動かす要素の欠落した「作品」は、背後にどんな高邁な思想を持っていようと、どんな高級な芸術理論を持っていようと、またどんな作品づくりの実績やどんな豊富な人生経験を持っていようと、そんなものには何の価値もないのだろうと思います。
さて「殯の森」です(笑)。私たちは彼と彼女が二人して山の中へ入っていくあたりから、ひたすら二人を追い、真千子の視点に同化してその姿を見ていくことになるでしょう。
なぜ真千子がそこまでしてしげきの好きなようにさせ、ひたすら素直に彼のあとを追わねばならないのか、彼女の思いに同化しているうちに、私たちにも次第に彼女の気持ちがわかってくると思います。大切な子供を失って、いま自分はしげきの介護人として彼の気持ちを理解しようとし、「こうしないといけない、なんてことはないんだから」という和歌子の言葉に励まされて彼女は彼のそばについているのです。
うまく関係をつくれず、傷ついていた彼女が、ようやく心を開いてくれるようになったしげきを守りながら、彼が命よりも大切な亡妻の喪の儀式のために山道を分け入っていくのについていきます。日が暮れ、あたりが暗くなり、道に迷い、雨に打たれて状況が厳しくなるにつれて、もう自分はぜったいに目の前のこのようやく心を開いてくれて自分が寄り添えたと思えるようになったしげきを失いたくない。しげきが鉄砲水の発生する流れのところを超えていこうとしたとき、その彼女の思いは悲痛な叫びと慟哭になって噴き出します。自分が再び大切なものを自分のせいで、自分がそばについていながら失うかもしれない・・・息子を失ったときの光景が彼女の中に再現されたことは想像に難くはありません。
その思いを感じ取ったように、しげきが戻ってきて彼女の傍らに立つとき、無力感にうちのめされてくずおれていた彼女は救われ、彼とひとつになったことを感じたでしょう。焚火の傍で震えるしげきを自身の素肌の温もりで守ろうと彼の背を抱く真千子の姿はごく自然なもので、男女ではあるけれども、そこにこうした状況での男・女の性を感じさせることなく、寄り添う魂の一体感がそれまでの経緯からごく自然な形であたたかく実現されていて、とてもいいシーンになっています。
それでも、真千子としげきにとっての喪のありようは同じではありません。しげきにとっては、この映画の世界の最初から、妻真子は一貫してまだ生きていて、一緒にピアノを弾いたり、手をとって踊ったりする、現にそこに生きて姿かたちをもって存在しているものなのです。真千子にはそれは見えないし、亡くした息子はもう帰ってこない、「喪失」としてしか彼女の中にはなくて、その喪失を、どう、或る意味で始末するか、が彼女にとっての喪の儀式になります。
しげきにとっての喪は、そうではなくて、彼にとってはまだ生きている、そして坊主に言われたように33回忌を迎えてもう彼のもとにはいられず、あの世へ行ってしまう真子への別れの儀式こそが彼にとっての喪の儀式で、そのために山中の彼女の墓を訪ね、これまで一緒に生きて来た33年間の生活と思いをつづった日記を埋め、自分もまた彼女のもとへ旅立っていこうとするかのように墓の傍に掘った穴にみずから身を埋めるような所作をするのでしょう。
これに対して真千子は、目に見えず顔も形もない「喪失」を自分の生と骨がらみの、ほうっておけば徐々に自分の生を蝕んでいくしかない業病のようにかかえていて、これを本当は始末しなければ人は生きられないのですね。
だから彼女は「喪失」によって断たれた、自分が守るべき人、自分がいつも傍らにいて共に生き、心を開き、一体のもののように確かなつながりをもっているような存在を心のどこかで渇望しながら、この介護施設へやってきたわけです。そこでしげきに出会い、彼とかかわり、彼が心を開いて、自分が寄り添うべき人、自分がいつも見守っているべき人であることを、無意識に直観的にさぐりあてて、その日々の小さな彼とのやりとりによる浮き沈みのうちに、自分の生を蝕む業病との生きるか死ぬかの戦いに相当する意味を見出していくわけでしょう。
だから雨と闇の中をさまよい、鉄砲水でしげきを失うかもしれない、という恐怖に一瞬とらわれたときの彼女のその時の状況からすればほとんどバランスを欠くほどの絶叫と慟哭は、彼女自身の生きるか死ぬかの戦いの瀬戸際であり、ここでしげきが恐れたとおりに死んだりしたら、もう彼女は自身の業病から立ち直るすべはなく、実質的に死ぬしかないわけで、最大の危機の場面でもあったわけです。
ここで彼女は、自分の内部を洗いざらい絶叫と慟哭でさらけ出すことによって、つまりしげきとのこの関り方に彼女のすべてを賭けることで、いわば九死に一生を得、自分が寄り添い守り温もりを与えるべき存在を得ることで彼女自身が業病を克服し、かろうじて生を得るのでしょう。
そしてしげきが妻の墓所にたどりつき、喪の儀式を完了するとき、彼女もまた、彼につきそうことによって「喪失」を始末する彼女自身の喪の儀式を完了するのだと思います。
こうして真千子に感情移入しながら素直に見ていけば、自然にこの映画の作り手は真千子そのものであり、彼女の絶叫と慟哭は、そしてその優しさや温もりは、また到達点で彼から受け取るオルゴールを回して空を見上げる彼女の喜びの表情は、まさに河瀨直美その人のものだろうと納得のいく思いで見ています。
監督にどんな過去があり、どんな経験があるかは何も知りませんが、彼女自身が意識していようといまいと、この作品には彼女自身のきわめて個人的な業のような病との生き死にの戦いのようなものが、真千子の行動に、その叫びと慟哭にあらいざらい投影されていると思わずにはいられません。
この作品が難解だと言われるのは分からなくはないけれど、そんな真千子に同化して叫び、泣き、しげきを温かく包み、オルゴールを鳴らして、ありがとう、と言うことができれば、この映画を十分に理解したことになるのではないでしょうか。
私たちは河瀬とはまったく異なる環境に育ち、全く異なる経験をし、全く異なる生き方をしているとしても、人生のどこかで身近で、自分がそばに居ながら、自分がもう少しこうできたのに、と思いながら、心ならずも大切な人を失い、あるいは失おうとしたり、あるいはまたそれを恐れながら生きざるを得ないような経験を持っているのではないでしょうか。
それはたぶん、決して直接には他人に何のかかわりもない、言ってみれば私たちひとりひとりのきわめて個人的な事柄に属し、それでいて自分の生と骨がらみの、死に至る病と言っても、業(ごう)と言ってもいいような病に類するものではないでしょうか。そして、だからこそ、私たちはみなそれぞれの「殯の森」を彷徨せざるを得ない者であり、そこにこの作品の普遍性を感じるのではないでしょうか。
Blog 2018-6-23