9シンガポールの官僚制度について

自分は将来、今の日本の官僚制の悪いところをなおしたいと考えている。 では、どういう形に変えていくのがベストなのだろうか。

いろいろ考えている中、この前NUS(シンガポール国立大学)の公共政策大学院にいる友人から、シンガポールの官僚制度について面白い話を聞いた。

今のシンガポールは世界で最も成功している国の一つだが、その成功の理由の一つは間違いなくこの国の独特の優れた官僚制度である。

日本の官僚制について考え、未来の日本をより良い国にするためにも価値のある話だと思ったので、友人から許可をもらい、聞いた話をブログに書くことにす る。

【概要】

シンガポールの官僚も日本の官僚と同じく、政府内の幹部候補生として採用されている。出世も早い。ここらへんは日本と同じ。

ただし、シンガポールの官僚は全員あわせても200人程度である。これは、シンガポールの全公務員数のうちわずか0.3%だ。定年は50歳代なので、計算 すると年間ごくわずかしか採用されていないことになる。

ちなみに、日本のキャリア官僚は事務官・技官あわせて年間600人程度採用される。日本とは国の大きさが違うとはいえ、シンガポールの官僚は人数が非常に 少ないといえるだろう。

【評価制度】

人事は完全な能力主義で、コンサル式のアップ&アウト方式が採用されている。

能力は1〜200位までランク付けされており、これに応じて昇進スピードが決まる。3年間ランクが下位5%だとアウト。

年齢も関係なく、能力次第で地位が手に入る。たとえば、シンガポール国立大学公共政策大学院の今の院長が国連大使になったのは、なんと35歳である。

【給料】

シンガポールの官僚の給料はトップクラスになると年収1億円くらいになり、かなり高い。日本の場合、次官でも2000万円くらい。

ただし、日本の官僚にはいろんな手当てとか見えないものがたくさんついているのに対し、シンガポールの官僚はそういうものがほとんどないので、単純比較は できない。

また、シンガポールの官僚の給料は、固定給と変動給に分かれている。

そして、固定給・変動給は民間企業セクターの業績とGDP成長率と連動している。つまり、民間企業の業績とGDPが伸びたときは高い給料をもらい、下がっ たときは給料が減るということになる。

これによって、シンガポールの官僚は民間企業の業績を上げ、GDPを伸ばすために必死になる。ちなみに、ボーナスもこれに連動する。

個人的には、これが今のシンガポールの経済発展を支える原動力になっていると思う。

(なお、上記に述べた民間企業セクターの業績のベンチマークに使っているのは、給料が高いプロフェッショナル6業種(金融機関、法律事務所、会計事務所、 エンジニア、外資系企業、国内企業)を使っている。

ただし、民間企業の額をディスカウントしているので、給料はこれらの民間企業のほうが高い。)

ちなみに、友達は「もし日本の官僚の給料をGDPと連動させたとしても、今の低い給料と年功序列な人事だと、そんなにいい政策は打ち出せない気がする」と 言っていた。

自分もこの意見に賛成である。今の制度のままGDPと連動させたとしてもこれがインセンティブになるかは微妙。そもそも今の自治労べったりな政権が続く限 り、実現しねえだろうな。

【民間企業勤務について】

シンガポールの官僚は若手のときに、ほぼ全員が民間企業で2年間働く。

これによって、シンガポールの官僚は、例えば新しく政策を作るとき、その政策が民間企業セクターにどんな影響を与えるか肌感覚でわかるようになる。この点 もシンガポールの今の成功にプラスになっているのだろう。

日本でも最近、経産省などで官僚を企業で働かせる事例がちらほらでてきたが、まだまだ少数だ。

【採用】

シンガポールの官僚は学生の中から採用される。ここは日本と同じ。

違うのは、シンガポールの官僚が平均的に次のようなバックグラウンドを持っていることだ。

・ほとんどが理系。

・非常に優秀であり、政府から特別に奨学金をもらっている。

・研究で大きな成果を上げている。

これらの条件を満たした学生の中から、厳しい面接をくぐり抜けた者が採用される。

【人事】

シンガポールの官僚は、若手のうちは政府全体を見る視野を培うために、異なる省庁を1〜2年でローテーションする。

人事権は各省庁にはなく、中央で一括して管理されている。これによって、シンガポールの官僚は省益ではなく国益を追求するようになる。

日本の場合、人事権は各省庁にあり、採用も省庁別だ。個人的には、これが日本の官僚が国益より省益を追求する原因だと感じている。人事権が各省庁にあれ ば、国益と省益が相反するとき、どうしても省益を優先するほうが上司に評価されるからだ。

以下続篇です。

前回の「シンガポールのすごい官僚制について」は非常に大きな反響がありました。読んでくださった皆様にはお礼を申し上げたく思います。ありがとうござい ました。

いただいた多くのコメント・メール・ツイッターなどを拝見し、前の記事では私が間違えていた点や、舌足らずで誤解を招いた点があると感じたので、下記の本 を参考にしつつ、Q&A方式で補足しておこうと思います。

(なお、この本は、シンガポールの国家制度に関する非常に優れた研究書です。シンガポール国家に興味がある人、中央省庁(特に経済産業省)や地方自治体に 勤めていて、将来何か日本や地域のために大きなことをやりたいと考えている熱い職員には特に強くおすすめします。)

では、Q&A方式で書いていきます。

Q:シンガポール大学公共政策大学院の院長が35歳で国連大使に就任したというのは正しいのか。

A:現院長は1948年生まれのキショール・マブバニ氏であり、国連大使に初めて就任したのは1984年なので正しい。

参照:http://www.theglobalist.com/AuthorBiography.aspx?AuthorId=645

Q:シンガポールの官僚の給料は、給料の高い6業種に連動し非常に高くなっているとのことだが、この仕組みを日本に導入して国民が納得するとは思えない。

A:この仕組みは納得を得られるかどうかは確かに微妙なものの、人材確保という観点では有効な手段である。官僚は国家の頭脳である。この頭脳は絶えず優秀 なものにしていかなければならない。

現在、日本では官僚になりたがる学生がどんどん減っている。また、仮に官僚になったとしても辞める人が続出している。理由としては苛酷な勤務体系ややりが いが感じられないことなど様々な要因があるが、

それらのうちの一つが「給料の安さ」である。

官僚になるような人は比較的そこそこ良い大学を出ている人が多い。大学時代の友人も多くが弁護士・会計士・コンサル・金融機関・マスコミ・商社・外資系企 業・医者・その他大企業など、給料がいい業界に進む。

一方、その友人たちに比べて官僚の給料は、若手のうちは膨大な仕事量に割の合う額ではない。「天下りがあるじゃないか」と言うかもしれないが、年とってか ら大金もらったって大した使い道なくてしょうがないし、

インセンティブにもなりにくい。このことが学生が霞が関に入らなかったり、若手が霞ヶ関から出て いっている一つの大きな原因となっている。

もし上に挙げたような給料の高い業界に進む人の中で、優秀な人を官僚の世界に再び呼び戻そうと考えるのならば、シンガポールの官僚制度みたいな給与体系に 近づけることは有効な対策になる。

重ねて言うが、官僚は国家の頭脳である。頭脳がアホになったら国家は終わりだ。優秀な頭脳を官僚の世界に引き込むことは国家の生存のために絶対に必要であ る。

Q:シンガポールの官僚の数は、人口や官僚制度の違いを考えると、必ずしも日本より少ないと言えないのではないか。

A:ここは私が間違っていました。人口や制度が全く違うことから官僚の数を定義・把握・比較することが難しい以上、シンガポールと日本で官僚の数がどちら が多くてどちらが少ないか議論するのはナンセンスであり、

シンガポールのほうが少ないとは必ずしも言い切れません。それを「シンガポールのほうが少ない」 と断言した私は間違っていました。申し訳ありませんでした。

Q:あなたは小さな政府を指向しているのか。シンガポールは小さな政府なのか。

A:「シンガポールの官僚の数が少ない」と書いたので、「官僚の数が少ないことを評価している→小さな政府を評価している」と誤解させたかもしれない。

ここではっきり書いておくと、私は小さな政府を指向していない。もちろん、大きな政府も指向していない。この件に関し私の考えを要約すると、次のようにな る。

「日本の生存と経済発展こそ政治家が何よりも重視しなければならないことである。これを実現しようとしたとき、政府が大きいか小さいか議論することに意味 はない。なぜなら、政府の介入が本質的に必要な部分と不要な部分があるからだ。政府は本質的に不要な部分に対する介入をどんどん減らすと同時に、本質的に 必要な部分に対し積極的に介入するのが望ましい。大きいか小さいかという判断基準で政府を考えることは目を曇らせる。」

また、シンガポールは小さな政府か大きな政府かという点については、比較対象をどの国にするかによって変わるので一概に決めることはできない。

Q:シンガポールの官僚の給料はGDP成長率に比例しているとのことだが、日本にも人事院勧告で官僚の給料は民間にあわせ上下させている。それゆえ、シン ガポールだけ評価するのは中立でないのではないか。

A:人事院勧告は公務員のインセンティブとして機能していない。これは、あくまで人事院勧告は民間の賃金との適切な均衡を確保するという観点が強く、公務 員に対するインセンティブ付与という観点から作られた制度ではないので、当然といえば当然ではある。このブログは公務員の読者も多いのだが、人事院勧告が インセンティブになっていると考えている公務員はいないはずだ。

なお、GDP成長率に給料を連動させるやり方だが、もし仮に日本に導入するとしたらシンガポールと全く同じやり方ではまずい。シンガポールは小国の新興都 市国家でGDP成長率の振れ幅が非常に大きいのに対し、日本は老大国でGDP成長率の振れ幅が小さいからである。シンガポールのやり方をそのままやっても うまく機能しないだろう。

個人的には、GDP成長率にレバレッジをかけるのはどうかと考えている。たとえば、レバレッジを10倍くらいにして、GDPが3%増えたら給料を30%増 やす、逆にGDPが3%減ったら給料を30%減らすなんてどうだろうか。(まあ、今後GDPが上がる可能性と下がる可能性のどちらが高いか考えたら、みん な反対するのかな。「GDPが上がる」じゃなくて「GDPを上げる」ためにこのシステムがあるのだが・・・。)

あと、GDP成長率を給料に連動させるというシステムは、東京都や横浜市みたいな大都市の職員向けにも導入できるだろう。例えば「東京都のGDPが20% 増えたら都庁職員の給料20%アップ」ってシステムがあったら都庁職員は東京都のGDPを上げようと必死でがんばるはずだ。景気も良くなって税収も増える 可能性が高い。

なお、

こういうことを言うと「東京や横浜がおいしいところばっか持っていくのはケシカラン!」と言う人が出てきそうだ。気持ちは分かるが、東京や横浜など大都市 がしっかり稼いでくれないと大都市から地方に流れるお金も少なくなってしまう。そうすると都市部も地方も共倒れである。

(もっとも、私としては、受ける行政サービスの便益と払った税金コストが近くなる、いわゆる応益負担の原則が徹底されてほしいと考えている。ただ、現実的 には都市部から地方にお金が流れる構造は当分変わりそうにないので、あえてこう書いた。)

Q:キャリア官僚の手当てとは官舎くらいしか思い当たらないが。

A:キャリア官僚の場合、確かに若手のうちは大した手当てはない。恩恵は官舎程度しかないだろう。むしろ若手のうちは、給料や労働時間など総合的に考える とブラック企業並と言って良い。もっとも年次が上がってくるにつれ、そのブラックさは一部の激務の人(だいたい出世している有能な人が多い)を除き、徐々 に緩和されていく。出世レースから降りた人は割と気楽にやってる人が多いように見える。

諸手当については人事院規則とか各種法令に色々書いてあるからそれらを参照してほしい。

ちなみに、個人的には、公務員に限らず税金で運営されている機関の職員の給料・手当て・待遇については次のようにするのが望ましいと考えている。

(1)天下りは完全廃止し、手当てもほぼ廃止。報酬は給料に一本化。

(2)中央省庁や地方自治体の指導的地位にいるキャリア官僚・幹部公務員・幹部候補生の公務員の現役時代の給料を大きく上げる。

(3)他の人のうち、仕事内容と比較しもらいすぎている人の給料を大きく下げ、(2)との格差をつける。

(なお、解雇規制を緩めるのは当分やらなくていいと思う。大きな反発が来るから現実的に難しいだろうし、「絶対にクビになりませんよ」とすれば給料低くて も安定指向の人を(3)向けに低コストで確保できるというメリットもある。)

上記の考えについては異論もあるだろうがあえて言う。(2)のような人には現役時代の給料を2倍くらいにして現状の生涯所得と同じかそれ以上にしたってい い。いらない天下り団体に補助金が流れてわけわからなくなるよりよっぽどまし。

また、

(3)の該当者にはたたかれそうだな・・・。まあ、給料下げられたら誰だっていやなので気持ちはわかるっちゃわかるが、「仕事内容に比べ明らかに給料もら いすぎだろお前」って人が高給をむさぼってるのはいくらなんでもおかしい。しかもその原資は税金。この人たちは政治力がむちゃくちゃ強いから実現可能かど うかは微妙だが、ここを切ることは絶対必要。

ついでに言っとくと、公務員ばかり叩かれて見過ごされがちだが、税金で運営されてる機関の職員で給料も税金から出ている、大して意味のない仕事している割 に給料いっぱいもらってる人たちはもっともっとマスコミに叩かれるべき。あいつら公務員が叩かれてるかげにうま〜く隠れてる。。公務員の中にも「なんで俺 たち私たちばかり叩かれるのか。もっと他に叩くべき悪党がいるだろ」って思ってる人は多いんじゃなかろうか。

(上記のようなことを書くと変な団体の関係者っぽい人たちが湧いてくるんだけど、日本の未来のためには絶対意義のあることなのであえて書いておく。)

もちろん、公務員だろうが税金で運営されてる機関の職員で給料も税金から出ている人であろうが、社会に本質的に必要とされている仕事で、給料分かそれ以上 の仕事をしている人もちゃんといる。そういう人はもっと評価されるべき。こういう人についてはもっと褒めたり評価したり金銭的な報酬を増やすかわりに、大 して意味ない仕事なのにすごく高い給料をもらっているようなタックスイーターはどんどん削ろう。

Q:民間企業で2年働くとのことだが、もしこれがお役所的な政府系企業だったとしたら、民間企業のニーズを把握できる公務員を育てるという目的にそぐわな いのではないか。

A:シンガポールの官僚の研修先には政府系企業とそうでない企業がある。後者については置いといて、ここでは前者に注目して議論していく。

政府系企業というと、「非効率で税金ばかりむさぼるクソみたいな企業」というイメージを持つだろう。確かに日本では残念ながらそのイメージはあたっている ことが多い。例えば、気の毒にも政治家の選挙対策の道具にされ、見返りに日本人の税金を使いまくったものの結果的に破綻し、破綻したあとも強欲労組が税金 を貪り食おうとしているどこかの航空会社はわかりやすい例である。この航空会社は上場していたが、実質的には政府系企業と言っていいだろう。

では、政府系企業は世界中みんなこんな感じなのかというと、それは違う。

その一例としてシンガポール航空が挙げられる。この会社は政府系企業だが、民間企業と互角か、それ以上の経営をしている。サービスや設備など多くの点でも 優れており、航空会社ランキングで世界一を何度も獲得している。私もシンガポール航空を使ったことがあるが、「たしかにこれは世界一とるのも納得だな」と 感じたのを覚えている。

ならば、なぜ同じ政府系企業なのにこのような差が生まれたのだろうか。

大きなカギは運営方法にある。シンガポールの政府系企業は基本的に独立採算制をとっており、民間企業と同じく効率と利潤を第一原理に経営されている。政府 系企業といえども、より良いサービスを提供しない限り生き残っていくことはできない。活動範囲も公共性の高い分野だけでなく、民間企業が強い分野でも同じ 条件で戦うことを余儀なくされる。これによって競争原理が働き、国家独占の弊害が抑制されている。

また、シンガポールの政府系企業の場合、一部の産業を除き、諸外国でよくあるような政府による甘やかし策があまりない。シンガポールの指導者層は平均的に 経済学の知識が豊富であり、政府の甘やかし策がその企業の競争力を低下させることをよく理解している。それゆえ、政府系企業だからといって必要以上に甘や かされることはない。この点もシンガポールの政府系企業の競争力向上に貢献している。

加えて、小国であるということもプラスに働いている。シンガポールは小国なので、もし仮に政府が甘やかそうとしても限度がある。また、きちんとしたサービ スを提供しなければ国際競争で負けてしまうという危機感が、民間企業だけでなく政府系企業の経営者や政治家まで幅広く共有されている。これも政府系企業が 民間企業並の競争力を持っている一つの要因と言える。

以上の理由により、政府系企業で官僚を研修するのは効果が薄いのではという指摘は、シンガポールに限っていえば間違いである。

Q:シンガポールの官僚はほとんどが理系だということだが、文系も登用すべきではないのか。

A:私も同感で、理系文系問わず優れた人材を登用するのが良いと考えている。実際、シンガポールにも文系出身の官僚もいる。

シンガポールの官僚に理系が多い理由は私も調べたが、心から納得できる説明は見つけることができなかった。

これは私の仮説だが、その理由はリー・クアンユーの信念ではないだろうか。彼はシンガポールの生存と経済発展のために役立つ政策ならば、イデオロギーや経 済理論にとらわれず検討し仮説を立て、それを現実に実践し検証するというスタイルをとってきた。その仮説がうまく行けば継続し、失敗すれば撤退する、ある 種の合理主義・実証主義・プラグマティズムが彼の根本原理に存在する。この彼の考え方が、仮説・検証思考に慣れていると認識されている理系の積極的な登用 につながっているのではと私は推測している。

Q:シンガポールはまだ子どもの段階で国家を背負うエリートを選抜しているが、この早期選抜制度を日本に導入して国民が納得するのか。

A:早期選抜制度は一見残酷な制度に見えるものの、今後人口減少社会になっていく日本では検討に値する方法だと私は考えている。

人間の持つ能力は先天的能力と後天的能力の2つがある。シンガポールの場合、小学生のうちに先天的能力を持っている人間を見つけ出し、この人たちに特殊教 育等さまざまな支援を行い後天的能力を伸ばすという方針をとっている。これによって有能な人材を効率的に育成することができる。シンガポール政府がこのよ うな方針をとった背景には、小国で資源がない国であるシンガポールが生き残っていくためには、人材に未来を托すしか道がなかったという背景があった(な お、先天的能力が少ないと政府が判断した人向けのきちんとした教育プログラムも整備されている)。

これから人材の母数が減っていく可能性が極めて高い日本社会では、今後、人材の有効活用が課題になっていくはずだ。日本でも似たような制度を検討する価値 はあると私は思う。

ちなみに、念のため書いておくと、私はシンガポールの早期選抜制度が完璧だとは考えていない。

シンガポールの制度は学校の成績に重きを置きすぎており、学校の成績でははかれない重要なもの(リーダーシップやコミュニケーション能力など)は成績に比 べ軽んじられている。ここは修正の必要がある。

また、早期選抜制度自体が大器晩成型の才能を持つ人材を逃しやすいという本質的な欠点があるので、早期選抜制度とはまた別に大器晩成型の人間を登用するシ ステムを作る必要もある。

Q:官僚が悪いという発想からすべての議論が進んでいるのでは?

A:これも誤解である。私は官僚自身が悪いとは考えていない。一人一人は割とまじめないい人が多く、私はこういう人が大好きである。

むしろ悪いのは官僚制度とそれを取り巻くシステムだ。ここには改善の余地が本当に多くある。現役官僚の多数を占める聡明な人たちは、今のやり方にまずい点 や改善すべき点がたくさんあることを認識している(たまに現状のシステムが最高で改善の余地がないと考えている官僚がいるが、そいつは相当にぶいので相手 にしなくてよい)。

官僚が不要な仕事をしなくてもよくなり、持てる力を全て日本国の生存と経済発展のためにつぎ込むことができる体制に改善していくことが必要である。そのた めにシンガポールの官僚制は参考になる部分が多くある。

もちろん、シンガポールは日本と全く違う国なのでそのまま全てを取り入れる必要はない。日本のパフォーマンスを最適にするよう改善して取り入れていけばよ い。

Q:シンガポールがやっていることは、他国が手塩にかけて育てた人材の上澄みをかっさらっているようなものだ。他国の反発を招きかねず、今後もこの方針が 続くとは思えない。道義的にも疑問が残る。

A:理想論を言えばたしかにそうだが、現実にはシンガポールだけでなく、世界の多くの国が国家の生存をかけて人材の争奪戦争をしている。例えば、アメリカ は世界中の優秀な学生に奨学金を与えてかっさらっている。どの国も手をこまねいていると他の国にどんどん流れてしまう。この流れは止まらない。やらなけれ ばこっちがやられるという現実の前には、理想論は無力だ。

このことに加えて、ここで押さえておいてほしいことは、シンガポールから外国に出る人も多いという点である。

シンガポールは娯楽が少なく、自然も少なく、車の価格や家賃が高騰している。このような環境を嫌い、アメリカやオーストラリアなどに脱出するシンガポール 人は実は結構な数にのぼる(シンガポール政府はこの現状をなんとかしようと苦闘している。)

日本人が県を越える感覚で、英語圏の国民は軽々と国を移る。英語圏の国は本当にボーダーレスになっている。

また、ここから一つ面白いことがわかる。それは、国から出るという選択肢があることで、実質的に国と国との間で競争が生まれ、全体としては改善していくと いうことである。さっきの例で言うと、シンガポール政府はアメリカやオーストラリアに出て行く人を減らすようさまざまな努力をしている。他の国も努力を続 け、がんばっている。ここには国と国との間で健全な競争が働いている。これは結果的に良いものをもたらしている。

では、こういう努力をしなくて良い国、すなわち強権的に国民を国から出させないようにしたらどうなるだろうか。

これを考えるにあたり、絶好のヒントとなる国が日本の近くにある。

そう、最近三代目が出てきたあの国だ。

以上、Q&A形式で長々と書いてきた。

どうも誤解している人もいるようだが、私はシンガポールの制度がそっくりそのまま日本に導入できるとは考えていない。国の大きさやたどってきた経緯が全く 違うからこれは当たり前である。そっくりそのまま導入することは意味がないだけでなく、害悪ですらある。

ただし、シンガポールのやり方の中で、日本の生存と経済発展のために参考になる点は山ほどある。それらのいいところを取り入れ、あわないところは取り入れ ず、最終的に日本のパフォーマンスが最大になるようにすれば良いのだ。つまみ食いでうまく行くのかという意見もあるが、他国の制度を参考にし、猿真似でな くきちんと考え導入することはつまみ食いとは全然違う。シンガポール自体、世界中のさまざまなベストプラクティスをアレンジし取り入れ、成功してきてい る。

この一例は交番制度だ。かつて治安の悪さに悩んでいたシンガポール政府は、「治安対策に効果的な方法はないか!?」と世界中の制度を研究していた。その結 果、非常に有効な制度だと彼らが判断したのが日本の交番制度である。シンガポール政府は日本の警察当局の支援を受け、日本の交番制度をアレンジしてシンガ ポールに導入した。その結果、シンガポールの治安は大きく改善された。これは、シンガポールが世界中のベストプラクティスをアレンジして導入してきた一例 である。

(ちなみに、日本人は日本の交番制度を誇りに思っていいと私は考えている。)

あと、個人的に今回皆さんにいただいたような建設的な意見は大歓迎でありがたいのですが、希望としては、議論と思考の発展のため、できれば対案も付け加え てもらえたらな・・・と考えています。

(「現状維持でOK」というのもたしかに一つの対案っちゃ対案ですが、それじゃ夢も希望もないですよ。)