第10章 電 子

第10章 電 子

A砂+4の半径はこのように0.015Åだけタ〃+4より大きく、ほぼCβ+4に等しい(ここで、記号Åはオングストロームを表し、10 ̄8センチメートルを表します。

右上についている+4は4個の電子を剥ぎ取られた原子であって、正の電荷を帯びているイオンであることを示しています。ツアハリアセンはここで半径の差を述べています。

本章の中で、現代に知られている半径の値自体を示します)。

希土類元素の新しい組がその存在を現したのだと思う。これらについて共通の価電子数は4であって、その結果ランタンが通常の希土類元素の1つであるように、トリウムもそうであると思われる。

W.H.ツアハリアセン,1944年6月1

この章は本書の中で専門的で、最も難しい章です。ここでは、私はプルトニウムの極めて不思議な物理的および化学的性質を述べたいと思っています。

プルトニウムがこんなに複雑な挙動を示さなくても、この種の説明は読者に困難に見えることでしょうが、それは量子力学というそれ自体説明するのが難しい学問が関係しているからです。

それにプルトニウムの奇妙さが複雑性を加えています。これら難しさから、私はまず詳細にわたるのを避けて一種の「要約」のようなものを示すことにしました[訳注:星3つで囲まれた以下約2ページ部分]。

読者によっては、これだけで十分という人もおられることでしょう。その人たちは、詳細な議論をしている本体の部分[訳注:2つ日の星3つ以降の部分]は飛ばして読んでも良いでしょう。

次の最後の章では、プルトニウムに係わる政治的な側面を述べますが、それはこのようなプルトニウムの詳細を知らなくても理解できるものです。

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プルトニウムの科学を述べようとしますと、2つの部分に分けて説明することになります。すなわち、プルトニウム個々の原子に関するものと、その原子が集まって金属結晶を構成することに関するもので

後者の物理は、個々の原子の集団的な振舞いを反映したものです。先ず、プルトニウム個々の原子に関する説明から始めましょう。

すべての原子と同じように、正の電荷を持った原子核が負の電荷を持った電子によって囲まれていて、電子の負電荷の総量がちょうど原子核の正電荷とバランスしています。

これら電子の振舞いは量子力学によって表現されますので、その性質はある限られた範囲のものになります。たとえば、それが持ち得るエネルギーも角運動量も制限されます。

原子内の電子の構成は、電子を量子力学の法則に従って次々の「殻」を満たしていくように埋める様子を考え、その際量子力学の法則によれば各殻に収容できる電子の数が制限されることを考慮すれば良い

のです。

ある殻が一杯になると、次の新しい殻に移るのです。もし殻に許される電子が満たされれば、ネオンがそのような例ですが、そのような原子は化学的に不活性になります。

もしある殻が部分的にしか満たされていなければ、これらいわゆる「価電子」は化学反応に関与できます。その電子は、他の部分的にしか満たされていない原子と一緒になって化学結合を造ることが

できます。

周期律表の1つの原子から次の原子に移ると、電子を1個加えることになりますので、その原子同志は化学的性質が異なると予想されるでしょう。

ところが、初めて超ウラン原子が発見されたとき、それについてはこの予想が当てはまらないことがわかりました。たとえば、ウラン、ネプツニウム、プルトニウムの化学的性質は非常に似通っている

のです。

このことは、追加した電子は化学反応に関与せずに、反応に関与する価電子がこれらについては同じであって追加した電子はその価電子から遮蔽されていることを意味します。

本章の大部分はその詳細を述べるものですが、このことは記憶すべきプルトニウムの性質なのです。

原子はゴルフボールやおはじきのようなものではありません。原子ははっきりした形や寸法を持ちません。ここでも、その理由は量子力学です。

原子中の電子は決まった場所にあるのではなくて、量子力学によって決められた場所に、電子が存在する確率として表されるものです。

このことは、原子の「大きさ」を定義できるようなあいまいさのない方法がないことを示しています。この章のあとの本体部分では大きさを定義する3種類の方法を述べますが、

それは異なった測定法によるもので、異なった答をもたらします。

従って、プルトニウム原子やネプツニウム原子の大きさを議論する時には、どの意味かを指定することが重要です。そうではあっても、これら異なる大きさにはいくつかの共通点があります。

特に、ここで注意を喚起したい1つの共通点があります。

のちに図15で示しますが、これはランクニドおよびアクチニド系列の元素のイオン原子半径を描いたものです。ただし、原子のイオン半径が意味するものはあとで説明します。

アクチニド系列には超ウラン元素が含まれます。ランタニド系列はしばしば希土類と呼ばれます。図15からわかることで目を引くのは、元素が重くなるにつれて半径が小さくなるということです。

より重い元素にはその原子核により多くの陽子があるのですから、殻にはより多数の電子があります。加わった陽子は正の電荷を加えますので、電子に働く引力も大きくなります。

殻は原子核の方向に引きつけられるので、収縮します。このような収縮が起こることは大戦中の早期に発見されました。 以上が、個々の原子について述べたい要約です。

原子の集まりによって、新しい量子力学的効果が現れます。2個のナトリウム原子の場合から始めましょう。

これら原子が大きく隔たって存在すれば、個々の原子の性質だけが重要です。ナトリウム原子は、その殻が電子で埋まってさらにその外側に1個の殻があります。

この一番外側にある殻に1個の価電子があって、それが化学反応を支配します。この電子が持つことができる最低のエネルギーは、「基底状態」のエネルギーと呼ばれます。

2つの原子が離れている時は、それぞれの価電子はこの基底状態のエネルギーを持っています。

しかしその原子が近くにある、たとえば結晶格子にあるような場合には、これら価電子の空間的な存在確率が重なり合い、この重なり合いを反映して取り得るエネルギーも変わってきます。

孤立した原子内の電子について許される1つのエネルギーは、重なった場合の原子2つについて2つの許されるエネルギーになります。

以上のように2個の原子を考える代わりに、金属ナトリウムのように1立方メートル当りに1022個もの原子がある場合には、その中の電子が取り得るエネルギーは極めて多数になりますので、

事実上連続的であると見なして良いのです。どの電子もこのエネルギー構造の中を大抵自由に動き回れるのです。

その電子は個々の原子核に束縛されているのではなくて、いわゆる「遍歴電子」と呼ばれるものになります。金属中では、結晶格子によって共有されたこれら遍歴電子が結合に寄与しています。

その数が多いほど、金属はより固く結ばれているだろうと予想されます。

このことから、アクチニド系列に沿って電子が増える方向にたどっていけば、遍歴電子も増えるのですから結合も強くなり、結晶の半径も小さくなるように思われます。

囲16からわかりますように、このことはプルトニウムに至るまでは満たされています。プルトニウムに至るとこの半径が大きくなりますが、そのことは遍歴電子の数が減ったことを示唆しています。

実際、プルトニウム中のこれら電子は結合されているのかそうでないのかを決め兼ねているように見えます。この不思議な状況が起る原因を探ることは、最近の研究テーマとして関心を呼んでいます。

それを説明する有力そうなモデルが提案されていますが、広く受け入れられているものは皆無です。もう少し詳しいことはのちに述べましょう。

以上で、本章の要約を終わります。

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1950年代の後半に、私がプリンストン大学高等研究所の訪問研究員であったころ、当時の所長のオッペンハイマーには、研究所で物理学者が研究を実際にどのように進めればよいかを聞かれて

引き合いに出すお題目がありました。

彼は、「われわれがわからないことを、お互いに説明し合いましょう」と言ったものでした。

本章を執筆していて、私もそれにあやかって「私がわからないことを、自分自身に説明しよう」というお題目をしばしば唱えることにしました。

私がわからないことの一部は、誰にもわからないことでしょう。

プルトニウムに関する科学的研究は現在進行中のものです。それは非常に活発に進められている研究対象であって、それには原子爆弾とかかわっていない多くの研究者も関与しています。

それに関する文献を調べていて、活発で興味深いテーマが持っているあらゆる種類のやりあいや論争が行われているのがわかりました。

しかし、ここには貯蔵しているプルトニウム原爆の長時間安全性のような応用的側面もあって、それはたとえば「ひもの理論[訳注:素粒子の最先端理論の1つ]」などでの研究の様相とは異なっています。

しかしながら、プルトニウムに関する科学がまだ進展途上であることだけが、私が控え目に振る舞う唯一の、または最も重要な理由ですらありません。

私が専攻した物理学の分野は宇宙論ないし素粒子論ですが、それはプルトニウム研究で用いられる物理学からは非常に離れています。

この分野には私は素人で、多くの素人がそうであるように、ボーアの素晴らしい警告に言われている通りに、自分が思っている以上に明確に言いたい誘惑に駆られるものだからです。

以上の但し書きをした上で、私が調べたことをお話ししましょう。

プルトニウムの振舞いが不思議であるのには、少なくとも2つの側面があります。

すなわち、個々の原子が驚くべきまたは予想しないような性質を持つこと、および金属プルトニウムのように原子群が協同した結果現す性質がまた驚くべきものであったり予想しないものであることです。

同素体の各相が後者の一例です。上記両側面において、観測される事実が生ずる原因は原子の中の電子によるものですが、その影響の与え方は異なっています。

電子は個々の原子の中の正に荷電した原子核とお互いに作用を及ぼし合いますが、他方たとえば金属プルトニウム中の電子は金属中の電荷を帯びたイオンが存在するあらゆる場所と相互作用するのです。

後者の状況では、電子をある特定のイオンが存在する位置と結びついていると考えないほうが真実に近いでしょう。

ここではまず、1個の孤立したプルトニウム原子について述べますが、それは問題がより簡単で、また多くの内容を明らかにできると思うからです。

本章の冒頭で引用したツアハリアセンの言葉で言及されている、原子の大きさから始めましょう。ここですぐに問題に遭遇します。

玉突きの球やおはじきとは違って、個々の原子は普通の意味での大きさを持っていないのです。問題点を明らかにするのに、水素を考えてみましょう。

水素原子は1個の電子と1個の陽子によって構成されています。電子はどこにでも存在し得ます。すなわち、量子力学の法則から、電子は陽子からある距離離れた場所に発見できる確率を知ることができます。

遠くへ行くほど指数関数的に減少はしますが、電子は陽子からどれだけ離れた場所でも発見される確率があるのです。

形がぼやけていることから、化学者は原子の大きさを種々の方法で測ります、いやそれは定義すると言ったほうが良いでしょう。ここに3種の定義を述べます。

その第一は、「共有」半径です。共有化合物は、それを形成している元素が電子を共有している化合物のことを指します。

その標準的な例は水素分子で、それは2個の水素原子から構成されており、それぞれの水素原子は1個の「価電子」を持っています。

この2つの原子が近づきますと、2個の電子は2個の原子に共有され、それが結合カを生みます。共有半径とは、価電子によって結合されている2個の元素の原子核間の距離の半分のことです。

図14aはそのようなイメージを与えます。共有半径は、この図ではrです。次に、多くの化合物は、1つの原子がその電子を他の原子に取られて結合しています。これは「イオン結合」と呼ばれます。

この代表的な例は、ナトリウムと塩素が結合して塩を形成するものです。ナトリウム原子はその外側、すなわち価の殻に1個の電子を持ち、塩素原子はその価殻に1個の孔を持っています。

塩素はナトリウムの電子1個を受取り、その結果塩素原子は負の電荷を帯び、他方ナトリウム原子は正の電荷を帯びます。

イオン半径は隣りあう原子核間の距離で決まりますが、図14bからわかるように問題が生じます。

図14 2γとd=γ(陽イオン)+γ(陰イオン)の図(credit:Adapted from www.chemguide.co.uk/atoms/properties/atradius.html.)

一般に、2個のイオンの大きさは非常に異なっています。陽イオン(「カチオン」とも呼びます)は原子が電子を失ってできますが、それはもともとの原子より小さな半径になります。

他方、陰イオン(「アニオン」とも呼びます)は原子が電子を受け取って形成されますが、それはもともとの原子より大きな半径になります。

上に述べた方法はこれら2つの半径の和を取ることに相当します。

そこで、個々の原子の半径を決めるために、化学者はある種の仕掛けを用います。たとえば、酸素分子は2個の同じ酸素原子から構成されていますので、酸素原子の大きさは酸素分子中の酸素の原子核間

の距離を2で割れば得られます。そこで、半径を知りたい原子を酸素とイオン結合させてから酸素の半径を引けば良いのです。

原子半径の第三の定義は金属半径と呼ばれるもので、金属またはもっと一般にどの結晶構造においてでも、隣り合う原子の距離の半分として決められます。

結晶構造半径の1つにウイグナーーザイツ半径があります。

まず単位セルの体積を測ります。次にこの体積をほぼ球状と考えて、単位セルの体積を近似的に4πRの3乗/3で表せば、この点がウイグナーーザイツ半径です。

ある原子の半径と言う場合に、それはどの定義を用いるかで明らかに異なってきます。それぞれの場合でそれをはっきり述べないといけませんが、それは定義によって数値が大きく異なるからです。

一般に、共有半径は金属半径より小さいのですが、それは共有結合によって分子がより強く引き寄せられているからです。

金属半径は結晶を保持しているカによって変わりますが、それはあとで示しますように原子の種類によって大きく変わります。

量子力学によって決まる原子は普通の意味では大きさを持ちませんが、それでも量子力学を用いて、たとえば1個の価電子の原子核から最も存在確率が大きな場所を計算することはできます。

このようにして計算した距離は、上で述べた化学者が用いている距離と共通点が多いものです2。

その最も簡単な例は水素で、その電子の最も低いエネルギー状態(基底状態)は軌道運動の角運動量がゼロの、1s状態と呼ばれるものです。

そのような電子のエネルギーは正の整数nによって特性づけられます。水素原子の基底状態は1slと表されます。

ここで、右肩にある1はこの量子数にある電子の数を表し、Sは軌道運動の角運動量を示し、最初の1はエネルギー量子数を表しています。

この電子が最も存在確率が高い位置の原子核からの距離を計算すれば、ボーア半径と呼ばれる値が得られます。その値が、ボーアによって最初に古典力学と量子物理学をミックスして得られたものだからです。その数値は、0.53×10 ̄8センチメートルです。

周期律表の次の元素であるヘリウムを飛ばして、3番目の元素リチウムに行きますが、それはここであとのことに重要なことを学ぶからです。

リチウムの電子配置は、2個の1s電子がある閉殻の外側に1個の価電子があるものです。

この電子は結合エネルギーと呼ばれる、その電子を原子から引き離すのに必要なエネルギーで原子と結ばれています。原子核にある陽子の数をZで表せば、リチウムの場合はZ=3になります。

この場合の価電子は軌道運動の角運動量sの状態にあり、エネルギー量子数n=2を持っています。′Z=1の状態は一杯になっています。

それは、パウリの排他律によって、電子は角運動量ゼロについて許される状態が2つだけであるからで、その1つはスピンが上向き、他は下向きのものです。これら2個の電子が第1の殻を満たしています。

第3の電子は異なる量子状態になければなりませんから、n=2を占めることになります。

負に荷電した価電子の結合エネルギーを、まずは他の2個の電子のことを無視して、3個の正に荷電した原子核と結合していると仮定して、求めることができます。

この仮定をおいて計算すれば、リチウムの価電子の結合エネルギーの水素原子の1s状態にある電子のそれとの比は、(3)の2乗/(2)の2乗、すなわち9/4と得られます。

一般に、他の電子を無視すれば、Zとnについての結合エネルギーの比はZの2乗/nの2乗になります。ところが、この結合エネルギーの理論値を実測値と比較してみますと、全く一致しません。

何が悪かったのでしょうか?

リチウム原子の電子構造が答えを与えてくれるかも知れません。2個の1s電子は価電子より原子核に近い位置にあります。それらが、価電子から陽子の正の電荷を遮蔽します。

1s電子が2個ありますので、有効電荷(それをZeffで表します)を1.0と結論したくなりますが、それは正しくないのです。

2s電子は1s電子の軌道の内側に侵入できて、ある時間は3個の陽子の電荷をすべて感じることがあるのです。このことから、修正したZe斤の値を実際の結合エネルギーを用いて求めることができます。

リチウムについては、Zeffは1.26であることがわかりました。

このような計算のやり方を使って、価電子が存在する最も確率の高い場所をZe斤を通じて求めることができます。

その位置は、ボーア半径を基準に取れば、nとZeffを用いてnの2乗/Zeffと表すことができます。リチウムについては、ボーア半径の3.2倍になります。

このような計算をほかのいろいろな原子中の電子について行うことができます。これをやってみますと、非常に興味深い規則性が出てくることに気づきます。

周期律表の横列を左から右へたどりますと、一番外側の価電子の半径は減少していきます3。他方、同じことを縦コラムについて上から下へたどりますと、逆に半径が増加していきます。

簡単な量子力学的モデルによって予測された規則性は全体として正しいものですが、それによって一番外側にある価電子までの平均半径に関する量子力学的な計算結果が有益な視点になるとの安心感を

与えます。たとえば、半径の系統的な性質がどうしてそうなっているかについての感触を得ることができます。

極めて定性的に言えば、

周期律表の縦コラムを下がるにつれて半径が大きくなるのは、次々に加わっていく価電子はだんだん原子核から遠ざかっていき、従って正の電荷に引きつけられる程度が小さくなるからです。

他方、周期律表の横列を右に行くにつれて、陽子による有効な電荷量が大きくなり、従って電子は原子核に引きつけられる程度が大きくなって、より近くなります。

これより込み入ったこともあり、経験値からわかりますように例外もありますが、以上が一般的な事柄です。

重い元素では数十もの電子がありますので、哲学者ウイリアム・ジェームズが幼児の心の内面を「偉大な開花、騒然とした混沌」と表現した名文句がここでも当てはまると思われます。

ただ、原子の場合には、パウリの排他律によって救われています。この原理が電子の殻構造を周期的にしているのです。

もしこの周期性がなかったら、私たちはそれこそ偉大な開花と騒然とした混沌の中に投げ込まれていたでしょう。

それでは、その原理はどのように効くのでしょうか?以前に述べましたように、パウリの原理によれば、2つの電子が全く同じ量子状態に存在することはできないのです。

それでは、この量子状態を特徴づけるのは何でしょうか? 周期律表を考えたとき、量子状態は3つの特性によって特徴づけられることを述べました。

すなわち、電子のエネルギー、軌道運動の角運動量、およびスピンの向きです。第一のエネルギーは正の整数nによって、たとえばリチウムの1sまたは2s状態などとして特徴づけられます。

ここで1とか2はnの値を示しています。他方、第二の軌道運動の角運動量はもっと複雑です。

量子力学では、それも整数で特徴づけられますが、lを使って表すのが通例です。あとのために、l=0から始まる4つの例を説明しましょう。

昔からの分光学的な習慣から、l=0の状態は文字“s’’を使って表します。この記号は、リチウムについて議論したときに使いました。他の3つは次のようです。l=1はp状態、l=2はd状態、l=3はf状態です。

これらの文字も初期の分光学の習慣によっています。古典物理学では、角運動量はどのような値でも取り得ますし、それを表すベクトルもどの方向を向いても良いものです。

量子力学の世界では、これらの値も方向も限られたものしか取れません、すなわち「量子化」されているのです。

量子力学によれば、軌道運動の角運動量がlの状態は2l+1の数だけの副状態を持っていて、大まかに言って、それは角運動量ベクトルが向くことができる許された方向に対応しています。

他方スピンはただ2つの方向しか向けなくて、それを「上向き」と「下向き」と表します。

ここで、どうしてパウリの原理が周期律表に「周期性」を与えているかを示しましょう。

横列ですべてが揃っている初めての列、すなわちリチウムからの列を見てみると、リチウムの電子構造はすでに述べました。その列に1個づつ電子を加えて行きます。

リチウムの次はべりリウムです。それは2個のn=2状態の電子を持ち、そのうち1個のスピンは上向き、他方は下向きです。

両方の電子とも、軌道運動の角運動量がゼロ、すなわちs電子として入っていることができます。しかし、その列の次の元素になると、パウリの原理を満たすためには、軌道運動の角運動量は異なる値で

なければなりません。一番簡単なのは、同じn=2状態であって、P状態の電子を加えることです。

そこで問題は、この列にsとpの状態の電子を加えていった場合にすべての可能性を使い尽くすまでに収容できる電子数は何個だろうか? ということです。

すなわち、横列に収容できる元素の数は何個でしょうか? s電子については、スピンまで考慮すれば2個までです。P電子については、2l+1=3ですから、スピンまで考えれば6つの可能性があります。

従って、Sとpの状態の電子を加えると、8つが可能です。これ以上の電子を加えるには次の列に行かざるを得ません。

このように8個の電子を加えたものがネオンです。ネオンの電子がp電子の殻を一杯にしてしまうのです。これが、ネオンが化学的に不活性である理由です。

かくして、周期律表の第一周期[訳注:水素の列まで数えれば第二周期]は8個の元素からなり、それらはリチウムから始まりネオンで終わります。

ここで皆さんの注意を喚起したいことは、電子配列を記述するのに化学者たちが開発してきた素晴らしい略式表現法についてです。

彼らは、それ以降の列のすべてに共通であるネオンの電子配置についていちいち書く必要がないことを考慮して、たとえばナトリウムについては[Ne]3slと書きましたが、それはネオンの殻に加えて

1個のn=3s価電子があることを示しています。

これらの外側にある価電子が、その元素の化学的な性質を決めることになります。

読者は、私がこのようなやりかたで周期律表のすべての元素について説明しようなどという意図はないことを知って安堵されることでしょう。

私はプルトニウムについて説明したいのですが、その背景となる基本的な事柄は必要なのです。

特に、次に述べたいのはランタニド系列についてです。現代の周期律表では、それはプルトニウムを含むアクチニド系列のすぐ上の列にあります。

ウェプで検索してみると、あるものではランタニド系列がランタンから始まっていることがわかります。ここで述べようとすることのためには、

図15に示しますように、セリウム(Ce)から始めてルテチウム(Lu)で終わるものが良いと思います。これら14個の元素には多くの共通点があります。

それらはすべて銀白色の金属で、酸素雰囲気にさらされるとくもってきます。一般に、化学的な性質も共通です。

1940年までには、それらには他の特性があることが、最初にツアハリアセンの先生であったビクトル・ゴールドシュミットによって発見されて名前もつけられました。

それはゴールドシュミットによって「ランタニド収縮」と呼ばれたものです。その意味するところは、図15から明らかです。

この図は、3個または4個の電子を失ったイオンのイオン半径を示す2つづつの曲線を示しています。

この図から、周期律表の列を右に行くにつれてイオン半径が小さくなっていくことがわかります。これがランタニド収縮です。

この図からはアクチニド系列の元素にも同じ傾向があることがわかりますが違う点もあって、それについてはあとで述べます。

図15は、ランクニド系列とアクチニド系列の元素に関する3価または4価の正に荷電した2種類のイオンについてのイオン半径を示しています。

図15 ランタニド系列とアクチニド系列の元素に関する2種類のイオンについてのイオン

半径(credit:WWW.nCl.0Ⅹ.aC.uk/it㊤s.J.Heyes,0Ⅹbrd,1997-1998.)

距離の単位はピコメートル(10 ̄10センチメートル)です。両方の元素について、収縮の事実は明らかです。すでに述べたところから、ここで起こっていることは了解できるでしょう。

周期律表の列を右に行くにつれて、正に荷電した陽子の数が増加します。これら陽子が電子を引きつけるのに有効であるためには、電子群による電場遮蔽が大きくないことが必要です。

このことがヒントになります。

15ページの周期律表を見れば、ランクニド系列の前の元素でその電子殻が一杯になっているものはキセノン(Ⅹe)であることがわかります。これは、化学的に不活性な他の希ガスです。

従って、ランタニド系列の元素はそのコア部にキセノンの電子構造を持ち、その外側に価電子がある構造をしています。

しかし、実験結果からランクニド系列の元素はほとんど同じような化学的性質を持っています。

このことは、1つの元素に1個の電子を加えてランクニド系列の右のほうへ進んだ場合に、その電子は化学反応に関与する価電子ではあり得ないことを示しています。

これら価電子はランクニド系列のすべての列のものに共通でなければなりません。

1940年までには、ここで起こっていることは、4fの殻構造が電子で順番に埋まっていくことによるということがわかっていました。これらの電子は角運動量3を持ち、エネルギー量子数4を持っています。

前に述べた量子規則により、角運動量3を持つ電子には2×3+1=7種類の異なった状態があり得ます。

そのそれぞれについてスピンの上向きと下向きがありますので、合せて14の異なる状態があり、それがセリウムからルテチウムまでのランタニド系列の14元素になるわけです。

4f電子の外側では、Sとd状態の電子が化学反応に関与します。たとえば、セリウムの電子配位は[Ⅹe]4f15d16s2と書けますが、これはキセノンに対応するコア部の外側に、4fの電子1個、5dの電子1個、

6sの電子2個があることを示しています。この列の最後のルテチウムまで行きますと、その配位は[Ⅹe]4f145d16s2と書けますが、これは4fの電子14個で一杯になっています。

このことは、ルテチウムの化学反応に関与する価電子がセリウムと同じであることを示しています。

その理由は、f殻の電子が持つ大きな角運動量によって、それは化学反応に関与する価電子より外側にかなりの時間存在することによっています。

これら価電子は小さな角運動量しか持たなくて、それらがf電子より内側にある時間内には化学反応に関与できません。

このようなことで、ランタニド系列の元素はほとんど同じ化学的性質を持つことになるのです。

だんだん加わっていく陽子の正電荷が価電子を引きつけますが、それがイオン半径を収縮させるという観測結果につながります。

これらすべての様子は1940年までにわかっていたことです。このことは、当時の標準的な教科書にも書いてあります4。また、そのことは1941年に著されたマリア・マイヤーの論文の前提にもなっています。

本章冒頭のツアハリアセンの言葉の引用からわかりますように、1944年までにはトリウムに始まり、ツアハリアセンが確認したところではプルトニウムにまで至る元素について同様の現象が認められていました。

ここでも、これら一連の元素について、化学的な性質はほぼ同じで、イオン半径は周期律表の右に行くほど収縮して行くように見えました。

このように考えますと、1944年にシーボーグがこの自明と思える説明を行ったときに、本人の言葉によれば自分を見失ったように扱われたというのが不思議です。

しかし、すべてのデータが秘密解除になってみると、この系列、すなわちアクチニド系列はラドンの電子配置のコア部に5f状態の電子があり、その外側に化学反応に関与する価電子があるということが

一般に受け入れられたのでした。

ところが、プルトニウムについては、ある意味では少し驚くべき複雑さがありました。それはアインシュタインの相対論と関係していたのです。

これら非常に重い原子の中では、電子は光の速さに近い速度で運動しています。これは、電子が実効的には静止状態より重いことを意味し、それが量子力学的な空間的存在確率を変化させるのです。

それによって、5f状態の電子が原子核より離れた場所でも存在する確率が、静止状態の場合より大きくなります。

このことは、これら電子がランタニド系列の元素のそれとは違って化学反応に関与できる可能性を示しています。

アクチニド系列の5f状態の電子はプロトアクチニウムから始まりますが、これはアクチニド系列ではトリウムに次ぐ2番目のものです。トリウムは5f状態の電子を持ちません。

プロトアクチニウムの電子配置は[Rn]5f26d17s2と書けますが、ここでRnはラドンを示しています。このように、アクチニド系列のすべての元素は共通のラドンの電子配置のコア部を持っています。

ラドンはもう1つの希ガスで、86番目の元素です。この系列の1つの元素から次へ行くと、新しい電子は5f状態へ追加されることになります。

それは、ウランについては3個、ネプツニウムは4個、プルトニウムは6個です。

この系列はローレンシウムで終わりますが、これは1961年にパークレーで初めて造られ、その電子配置は[Rn]5f146d17s2と書け、14個の5f状態の電子でその殻が一杯になっています。

実は、1960年代半ばから1970年代初めまでは、これら原子中の5f状態の電子の存在によってプルトニウムのすべての性質が説明できると考えられていましたが、その中には金属としての怪奇な性質も含んで

のことです。ある意味ではそれは正しいのですが、これら初期の物理学者たちが考えていたような意味では正しくありませんでした。ここでも、ある程度の背景説明が必要です。

一例として、ナトリウム金属から始めましょう。ナトリウム原子は、ネオンの殻の外に1個のs電子を持っています。

この電子は通常その一番低いエネルギー状態、すなわち基底状態にあります。もし2個のナトリウム原子が離れて存在すれば、それぞれの電子は同じ基底状態のエネルギーを持ちます。

しかし、その2個のナトリウム原子が近づけられますと、それぞれの電子の存在する場所の確率が重なり合います。ある意味では、それぞれの電子は両方の原子に属していると言えます。

そのような電子が持つことができるエネルギーは、個々の電子が持っていたエネルギーと同じではありません。この状態では、電子は2つの新しいエネルギーを持つことが可能になります。

2個のナトリウム原子が結合して分子を形成しているのは、電子が重なっているからです。次に、密に配置されたナトリウム原子が格子を形成する様子を想像すれば、これが金属ナトリウムです。

上のように2個の原子を考える代わりに、1立方センチメートル当たりに1022個もの原子を考えることになります。

ここでは、電子が取り得るエネルギーは極めて多くなりますから、すべての意図と目的にとって、それは最大と最小の間の連続した帯を形成すると考えて良いのです。

この帯中にある電子は、金属中を自由に動き回れます。この電子を、この分野の専門家は遍歴電子と呼びます。金属を結合させているのは、これら遍歴電子です。

プルトニウムや他のアクチニド系列の元素について明らかになった様子の大要は、以上のようなものです。

その詳細は複雑で、現在でも活発な研究が行われていますが、以下に一般的に理解されていることを述べます。

以前に述べましたように、アクチニド系列の元素は5f電子を加えていってその列を構成します。金属中では、これら電子は原子のある場所に局在していたり、遍歴したり、またはどちらでない場合もあります。

そのどれになるかは、アクチニド系列の元素によることがわかりました。局在した電子については、以前に述べました興味深い点があります。

すなわちその電子はそれが属している原子核の周りを光速に近い速さで動いているのです。このような電子の運動を正しく表すには、アインシュタインの相対性理論を用いなければなりません。

普通は、金属のような静止したものには相対性理論を用いることなど考えませんが、ここでは考える必要があるのです。理論と実験両面から、次のような状況が示されたのです。

アクチニド系列にあってプルトニウムより軽いものでは、5f電子は遍歴電子になります。このことは、5f電子が結合に寄与していることを示します。

アクチニド系列の元素を右にたどって行くにつれて、遍歴電子を加えていくのですから、金属半径が減少すると予想します。

これが実際に観測されることで、図16は近似的に金属の半径を示すウイグナーーザイツ半径を表しています。

この図を見れば、半径はプルトニウムまでは急激に小さくなり、またアメリシウム以降もゆっくり減少していることがわかります。

図16 3系列の元素に対するウイグナーーザイツ半径をオングストローム(Å)単位で表

したもの。アクチニド系列について、プルトニウムにおいて特異な振舞いをしていること

に注意。(credit:Courtesy of Los Alamos Science ,Los Alamos National Laboratory.)

プルトニウムまでのアクチニド系列の元素は遷移金属の振舞いに近く、アメリシウム以降はランタニド系列の振舞いに近いのです。プルトニウムがその間の移行点になっています。

プルトニウムにおいて半径は飛び上がっており、確かに∂相の半径は他のアクチニド系列の元素とは無関係に勝手に自分の半径を決めているように見えます。

ここで起こっていることは、プルトニウムの5f電子のいくらかは局在しているらしいということです。それが起こると、それらはもはや結合には寄与しないため、単位セルの体積が増えます。

アメリシウム以降については5f電子のすべてが局在していて、列の右側に行くにつれて半径がゆっくり減少しますが、それは恐らく陽子の数が多くなるからでしょう。

プルトニウムの奇妙な振舞いは、その電子が結合しているのか遍歴なのかを決め兼ねていることから生じています。たとえば、∂相の電子はその中間にあります。

従って、その単位セル体積は曲線を外れるのです。

このようなプルトニウムのナイフエッジ上にあるような振舞いは、6つもの同素体があることに現れているような不安定性につながっていること、すなわちその相は外部の圧力や温度の小さな変動に

よって容易に変化することに現れています。

これらの事実について、たとえば岩を落せば落ちていくというような簡単な説明ができれば良いのですが、量子力学の世界ではそうも行きません。

この章を終わるに当たって、次章のテーマである、現在と将来のプルトニウム問題にとって意味があるプルトニウムの化学的側面について述べておきましょう。

金属プルトニウムを空気に曝すと、酸化します。酸化プルトニウムの表面層が形成され、それが金属をくもらせます。

しかし、金属プルトニウムを水蒸気の存在下で酸素にさらすと、酸化の程度は何倍も速く進みます。その結果熱を発生し、プルトニウムは燃え始めます一事実、危険な火事になり得ます。

金属プルトニウムが粉末状であると、特にそうです。粉末は150℃という非常に低温で発火します。

1957年と1969年の2回にわたって、コロラド州デンバー近くのゴールデンにあるロッキーフラッツ・プルトニウムプラントで火事がありました5。

このプラントでは、1952年にプルトニウム坑を造り始めていましたが、1950年代半ばに中空坑を造り始めました。当時、極めて短時間にこのような坑を造るようにとの大きな圧力がかかっていました。

この性急さが火事につながったのです。

1969年の火事現場では、プルトニウムのスクラップからできたプルトニウムのたどんがありました。

それは、油を含んだぼろぎれの近くに貯蔵されていましたが、そのぼろぎれもプルトニウムで汚れていました。空気中の水蒸気がぼろぎれ中のプルトニウムを発火させました。

それが次にたどんを発火させ、結果的に数千万ドルの損害を起こさせたのです。

プルトニウムが燃えている建物に繰り返し入って行った英雄的な消防士の消火活動がなかったら、重大な環境問題を生じさせる事態に至っていたでしょう。

これは、第二次世界大戦後にもプルトニウムを造り続けてきたことによって生じている問題の一例です。次の最終章では、そのほかの問題を述べましょう。