10 エイズは遺伝子挽作によって生まれた

1989年前後には、スペイン人たちとユミットとの間で電話のやりとりが額繁に行われた。

わたしはファリオルスの家で、通話中に取られたいくつかのメモに目を通すことができた。 まず誰よりもファリオルスやその友人のドミングスやバラネチェアらが関係していた。

今回新しいのは、本物の対話が行われたということだ。

過去二五年以上もの間、電話は相手が一方的に喋って切られるだけのものであった。

スペイン人は手紙や報告書は受け取っていたが、電話のほうはそれほど多いわけではなく、あっても手短に命令や警告や情報やさまざまな指示を伝えては、すぐ切れた。

ファリオルスは何度も電話に録音装置をっけようとしてみたのだが、すぐに相手に感づかれ、「録音はダメです」と言われた。

ファリオルスもしまいにはあきらめてしまった。

今度の電話は何時間も長々と続くことがあった、とファリオルスは言っている。それも夜遅くなってから、かかってくるのだ。

彼とバラネチェアが一緒に電話を開くこともよくあった。話題はじつに多様だが、返事は一刻の躊躇もなく、いつものように簡にして要を得たものであった。

こうしたことの背後には、マドリッド大学理学部の学生グループの単なるいたずら以上のものがあるということだけは、わたしには疑いの余地がない。

わたしは科学者としての仕事を、つまり内容の分析を行っただけだ。

つまりはパズルのピースを、少なくともわたしが自分で動かせると思ったピースを使ってゲームをしてみただけのことである。

なにしろわたしの専門は、イオン化流体力学と宇宙論に限られるので、専門領域ではないことはもちろん山ほどある。

ファリオルスの人となりには、お人好しなところはない。

数学者のシヤスルは、クレオパトラがシーザーに宛てたものだったか、その反対だったか、とにかく一通の手紙を買い入れたことがある。

どこの国でも新しい世代に徹底して肩入れし、リーダーにお金を注ぎこむような企業もあることだし。

要するにわたしが言いたいのは、このじつに不思議な、巨大なジグソーパズルに取り組んでいるうちに、そのピースの中には科学的思考の刺激となり、知的で独創的な理論に発展する

素地となるものがあるのを発見したということなのだ。

そんなことはすべて個人的な想像力の所産にすぎないのかもしれないが、わたしは自分の考えが正しいと思っている。

逆方向に進む二つの時間の流れや、鏡を境にして対になった(左右対称形の)宇宙が、わたしの勝手な想像だとは思われないのである。

MHDにしてもしかり。やはりわたしの手紙を根拠にしなければ、あれほど先進的な理論を展開できなかっただろう。

アカデミー・フランセーズ会員の数学者、アンドレ・リクネログィツチがいつか「UFOは存在しないが、ジャン=ピエール・プチは大変な想像力を持っているから、

いつかはUFOを発明してしまうだろう-・」と言っていたことが思い出される。

1988年から89年にかけて、接触が再開された。内容はときにはかなり奇想天外なものである。

わたしは最近ファリオルスと話をした。 「例の事件は近ごろどうなっているんだい?」

「どうもここ数年の手紙には、自分で自分の信用を落とそうとしているような節があってねえ」

「タコみたいに黒い墨を吹き出して、こちらとの交流を断とうとしてるってとこかな」

「まあね。でもあの1989年の電話だけはね。答え方も早くて正確だったし、あれだけは忘れられないな」

「電話の最中に、雑音妨害や情報操作じゃなくて、もう一度『情報源』が姿を見せたと思うのかい?」

「うん、そう思うよ」

われわれは通話中に漏らされた色づけされた情報のなかから、ひとつだけ選んでここに報告しておこう。ユミットはー彼らをこう呼び続けることにしようではないかー

エイズについてもスペイン人の質問に答えている。

このウイルスは、アメリカのミネソタ研究所における遺伝子操作によって生まれたのだそうだ。

ユミットによれば、研究そのものは非常に早くから開始されている。アメリカ本土で実験することはできないので、政府はザイールと協定を結び、広大な土地を提供してもらった。

その目的は突然変異でできたウイルスの感染パターンを研究することであり、おそらくはベトナム戦争がきっかけとなったのであろうが、全体の考え方としてはある特定の集団のみを攻撃するウイルスの株を探すことであった。

ある意味ではこれは人種差別的な武器である。研究者たちは手慣らしにまず、パルス化されたマイクロ波によってこの人工的なウイルスの株を操作し、猿を実験台にしていた。

ところが事はそううまく運ばなかった。ザイール人の守衛たちが、せっかくの動物たちを逃がしてしまったのだ。

彼らは必死になって捜索し、猿たちを連れ戻したのはいいのだが、このときに怪我人が出て、そこから人間への感染が始まったらしい。

もちろんこの猿のウイルスが人間にそれほど深刻な被害を及ぼすとは、誰も予想だにしていなかったのだと言う。

これがすべて本当だとすると、この地球には常日頃から尊敬されてはいるものの、なまじ器用なために人類の大虐殺にも等しいことの原因をつくってしまったひと握りの研究者が存在することになる。

わたしは正直言って、1975年以来これらの手紙には大いに学ぶところがあった。

だがそれは人間の理解を超えるものだ。ユミットがたとえばガン※1のような病気の治療については、ひと言だって指示を与えようとしないのも理解できる。

彼らはいつだってこう答えるだけなのだ。 「その気になれば治療してあげるのは簡単なんです。けれどあなたがたが自分でできるようになれば、病気を引き起こす事だってできる

わけですからね」

この辺で書類は閉じることにしよう。いやはやまったく人間というのは、ほんとに何をしでかすものやら。

※1 低周波のパルスマイクロ波はガンを誘発する。超大国には、この原理を使った兵器を研究している国もある。