都市は海抜2400メートルの高地に建設され、1~7世紀頃に栄えたとみられる。黒曜石の加工場が400箇所以上見つかっており、交易権を独占したのが繁栄の理由と考えられている。650年頃に大火があり、8世紀には廃墟と化した。14世紀にアステカ人がこの遺跡を発見した際、数々のピラミッドや神殿が残されていることから、「神が誕生した場所」を意味する「テオティワカン」と命名。聖地とみなすようになった。彼らはピラミッドを墓と理解し、遺跡の中央を南北に貫く道を「死者の道」と呼んだ。
テオティワカンでは天文学や数学が発達し、神官を頂点とする神聖政治が行われていたものと推測される。しかし、現在でも都市の10分の1程度しか発掘されておらず、文書なども一切残っていないことから、当時の人々がどのような意図をもって建物を建造し、どのように利用していたかなどについては、今後の解明が待たれている。
【代表的な宗教的建造物】
◆月のピラミッド
「死者の道」の北端に建つ。高さ47メートル、底辺150メートルで、テオティワカンで二番目に大きい建物である。A.D.300年頃に建造された。ピラミッドの内部からは捕虜とみられる手足を縛られた人骨が発掘されている。
月のピラミッドの前の広場には12の神殿が建設されていたとみられるが、この数字は天文学的な発想に基づくものと考えられる。神殿の1つは「ジャガーの神殿」と名付けられており、頭に羽根飾りをつけたジャガーが巻貝を吹いている壁画が残されている。
◆太陽のピラミッド
夏至の日に、太陽がピラミッドの真向かいに沈むように建てられている。
底辺の一辺は225m、高さ63m、階段は248段。世界三位の高さと言われるが、容積では世界一である。B.C.100年頃に建造された。建造当時は、最上階に木造で茅葺屋根の神殿があり、高さは74m程度だったものと推測される。
1971年にはピラミッド中心部の下から天然の洞窟と祭具のようなものが発見された。
◆ケツァルコアトル神殿
神殿は、遺跡の南端に近い城塞の中にある。六層のピラミッド構造を持ち、彫刻などで飾られている。羽毛のある蛇神ケツァルコアトルと雨の神トラロックの顔が交互に彫られており、もともとは極彩色に着色されていた。
トラロックはテオティワカンの主神と考えられ、手から水を放つトラロックと、花が咲き、蝶が舞い、人々が歌い踊っている様子が描かれた壁画なども発見されている。
他方、ケツァルコアトルは、鳥(ケツァル)と蛇(コアトル)からなる言葉で、風の神、また生命と豊穣の神と考えられる。テオティワカンが滅亡した後、メキシコ高原にできた新しい都市では、ケツァルコアトルがトラロックに代わって神の座を不動のものとした。
このことより、テオティワカンでは、トラロック、ケツァルコアトル両神を信奉する勢力の間で対立があった可能性を示唆する研究者もいる。