クリスチャンスフェルドはデンマークのユトランド半島南部、コリング近郊に位置する人口3000人ほどの小さな町である。この町はプロテスタントの一派モラヴィア教会によって設計・建設され、町全体が世界遺産となっている。
モラヴィア教会はかつてはUnitas Fratrum(兄弟の一致)と呼ばれており、その歴史は15世紀に遡る。当時のボヘミア(現チェコ)ではヤン・フスによる宗教改革が起こり、カトリック教会の改革を唱え神聖ローマ帝国と戦ったが、やがて国内の分派に滅ぼされた。モラヴィア教会はその後の1457年にフスの支持者により結成され、聖書のチェコ語への翻訳と印刷を行い、厳格な聖書主義を説いた。
その後17世紀にボヘミア王フェルディナント2世が国内のプロテスタントの弾圧を開始し、三十年戦争に発展する。これによりプロテスタント勢力は壊滅させられ、モラヴィア教会も潜伏・追放を余儀なくされる。ドイツに逃れた人々はヘルンフートの村を築き、共同生活を始めるとともに各地で宣教活動を行った。宣教地は新大陸にまで広がったが、デンマークでは都市建設のための許可と援助を国王クリスチャン7世から得た。
モラヴィア教会は現在各地に共同体が存在しており、とりわけアフリカやカリブ海地域に多い。質素な生活、信徒同士の助け合いなどを理念としており、家族よりも性別や社会的立場に基づいた社会を組織している点に特徴がある。
クリスチャンスフェルドは18世紀末に、緻密な都市計画の下で建設が行われた。中心に教会と庭園を、その周辺に住居を配し、墓地は男女別に設けられた。1773年に最初の家が建てられ、その後も職工が次々と移り住んだ。
現在でも、当時の計画に沿った街並みを目にすることができる。町の中心にはシンプルな造りの教会が建っており、そのホールは2000人を収容できる規模となっている。住民は独身男性、独身女性、未亡人などのグループに分けられ、それぞれ別の住居が設けられている。均整の取れた街並みには、モラヴィア教会の社会福祉の理念や倫理的理想が反映されている。
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