「シルクロード:長安・天山回廊の道路網」はキルギス、中国、カザフスタンの3か国にまたがる文化遺産である。文明発展の一端を担ったシルクロードのなかでも、天山山脈の南北の2ルート、約8700㎞の道のりが本遺産に登録されており、交易路沿いに点在する宮殿跡、交易拠点、石窟寺院や要塞跡など、33の構成遺産が含まれている。
ローマからアジア各地を相互に結ぶシルクロードは、シルク(絹)をはじめとして様々な貴重な品々を運ぶ交易路網であった。それとともに、そこを行き来する人々の往来はシルクロード沿いの国々に様々な文化的、政治的、経済的影響をもたらした。登録された構成遺産を見ると、この交易路網が紀元前2世紀から後16世紀にかけて、文化と人の交流のみならず、宗教の伝播にも多大な影響力を持っていたことをうかがわせる。
仏教は後漢時代から南北朝にかけて、インドから中央アジア、中国西北地域を経由して東アジア各地へと伝播していった。また、隋・唐代以降には、貿易商人や宗教者などによって、ゾロアスター教、キリスト教の一派であるネストリウス派の景教などが西から東へと伝えられた。
キジル仏教石窟や麦積山石窟、さらには玄奘がインドから持ち帰った経典を納めた西安の大雁塔、あるいは玄奘三蔵の遺骨を納めた興教寺の舎利塔などは、シルクロード上における仏教の伝播を今に伝える宗教施設として構成遺産に登録されている。
仏教に関係する建造物のみならず、キルギスのアク・ベシムにあるネストリウス派キリスト教の教会や、そのほかにもゾロアスター教やマニ教といった、シルクロードの交易とともに伝わった宗教に関する施設も登録されている。
【主な宗教遺産】
・キジル仏教石窟
キジル仏教石窟は現在の新疆ウイグル自治区に位置し、この石窟が造られた当時は亀茲国がこの地を支配していた。亀茲国は仏教が栄えた国であり、『妙法蓮華経』などの仏典漢訳で有名な鳩摩羅什の生まれた国でもある。鳩摩羅什によって漢訳された仏典は日本にも伝えられ、日本仏教の形成、発展に重要な貢献をした人物だと考えられる。
・大雁塔
玄奘三蔵ゆかりの寺院である大慈恩寺の境内に建つ塔で、もとは玄奘がインドから持ち帰った教典や仏像を保管するために高宗に申し出て建立したものであった。玄奘は唐代の僧であり、仏典を求めて長安を出発し、西域を経てインドへ向かい、ナーランダー僧院で学んだのち645年に帰国し、晩年は太宗の命を受けて教典の翻訳に勤しんだ。旅の様子は『大唐西域記』に著されており、これがのちに日本でもよく知られる中国の伝奇小説『西遊記』の基となった。
・岡内三眞(2006)「シルクロードの地域、境域、超域にみる思想と宗教の伝播」早稲田大学アジア地域文化エンハンシング研究センター編『アジア地域文化学の構築―21世紀COEプログラム研究集成―』雄山閣
・文化遺産国際協力コンソーシアム編(2016)『世界遺産としてのシルクロード―日本による文化遺産国際協力の軌跡―』文化遺産国際協力コンソーシアム(https://www.jcic-heritage.jp/wp-content/uploads/2016/11/silkroadreport_jp.pdf)
・前田耕作(2010)『玄奘三蔵、シルクロードを行く』岩波新書