バンディアガラの断崖(ドゴン人の地)

バンディアガラの断崖はサハラ砂漠の南端に位置し、500mの高さの崖が全長約200kmにも連なる。この断崖に約25万人のドゴン族が暮らしており、集落が700ほどある。これらの集落は、とがった菅笠のような形の屋根を持つ穀物倉庫、断崖絶壁に作られた墓地などの景観が特徴的だが、そもそもドゴン族の村は、彼らの神話(叙事詩)に基づき人間が横たわった形に建物が配置されており、それ自体が儀礼的な意味を持つ。頭にあたる北端には村の集会所(トグナ)が配置されており、この建物はドゴン族の始祖を表す8本の柱で支えられている。胸にあたるあたりに長老の一家が住み、多くの村民は胴体にあたる部分に居住している。女性が月経の期間に一時的に家を離れて暮らす円形の小屋は、広げた両手にあたる東西の村はずれの場所に配置されている。それぞれの家屋も、北側の玄関を男性の頭に、南の厨房を女性の頭に、4本の主柱を彼らの腕に見立てるなど、男女の体を表現した天地融和を示すものと考えられている。家の正面には2枚のドアが取り付けられ、男性と女性の行列をかたどった彫刻が施されているが、これは一族が子々孫々と連なっていく様子を象徴している。

ドゴン族は、古くからの儀礼を維持し、精緻な美術・工芸技術を継承している。中でもソンゴ村には、3年ごとに割礼の儀式が行われる聖域があり、動物などの絵が岩一面に赤白黒などの鮮やかな顔料で描かれている。また、精巧な面や頭につける飾り物、それを身につけて行われる「仮面の踊り」は多くの観光客の関心を引きつけているが、ドゴン族にとっては、死者を祀ったり、部族の歴史や神話を後世に伝えたりする儀礼としての意味を持つ。踊り手になれるのは割礼をすませた男性だけで、1つ1つの仮面は踊り手が自ら彫刻するが、そこには精霊の力が宿るとされている。普段の祭で用いられる仮面のモチーフは、ウサギやサルなどの動物や鳥を模したもの、天地を表現した抽象的なもの、多数の貝殻を用いた技巧的なものなど多様であるが、60年のサイクルで7年間続けられる「シギ」の儀礼の際には、蛇を模した巨大な仮面が彫られ、崖の洞窟に安置される。

村落でもっとも尊敬されている神官で、かつ政治的な長でもあるホゴンは一人離れた場所に住み、蛇を使い神意を知る。ホゴンの住居のドア付近には蛇の彫刻が施される。ドゴン族は蛇を神格化するだけではなく、オグロスナギツネ、ジャッカル、クロコダイルなどが登場する神話体系を有し、薬草を用いたケア・医療を行うなど、観光化の波にもまれながらも、自然と一体化した生活を維持している。ただし、19世紀にイスラム教の影響を強く受けた時期があり、集会所(トグナ)のそばに古いモスクがあるケースもある。

参考文献