アスクレピオスの聖地エピダウロス

ギリシア南部(ペロポネソス半島東部)にある町エピダウロスは、医神アスクレピオスを祀る聖地として知られる。ギリシア神話において、アスクレピオスはアポロンとテッサリアの王の娘コローニスの間に生まれた子であり、ケンタウロス族のケイローンから医術を学んだとされる。彼は、女怪ゴルゴーンの血をアテーナーから授かることによって、死者を蘇らせる力も有する名医となった。

アスクレピオス崇拝の流行はヘレニズム時代(紀元前323-30年)以降からであったとされるが、この地域には前史時代から医療の神々が祀られていた。エピダウロス古代劇場の後ろに位置する丘には、紀元前16世紀頃に建てられた神殿の跡が残っている。この神殿は医療の女神のために造られたものとみられるが、紀元前8世紀に医療の神としてアポロンを祀る神殿に建て替えられた。そこからおよそ200年後にアスクレピオス信仰が始まり、アスクレピオスが起こしたとみられる奇跡がこの地に次々に現れたことによって、エピダウロスには治癒を求める多くの巡礼者が訪れるようになった。紀元6世紀頃までこの流行は続いたという。

エピダウロスの壮大な神域内には多くの神殿と宿舎があり、病人はここにきて神殿内で眠ったり、温泉に入ったり、夢のお告げや夜のあいだの治療によって癒やされたと言われる。こうした巡礼者のために、パライストラ(レスリング場)、レストランや劇場といった施設が建造された。エピダウロスはアスクレピオスの聖地であると同時に、華やかな「観光地」であったともいえるだろう。

なお、古代ギリシアにおいて、アスクレピオスは盛んに崇拝されており、アテネ(前420年頃)、ペルガモン、ローマ(前293-291年、疫病大流行に際して)などにも分祠されている。アスクレピオスを祀る場所では蛇が飼育されることが多かったが、それは当時、蛇は地下から生れ出るものと考えられており、また脱皮を行うことからも、生命力と若返りを象徴するアスクレピオスの化身として考えられていたためである。

参考文献リスト