オーストラリアのほぼ中央にあるウルル山とカタ・ジュタと呼ばれる巨石群から成る国立公園。ウルル山は、エアーズロックの名でも知られている。この名は、1873年にウルル山を発見したイギリスの探検家ウィリアム・ゴスが、当時の南オーストラリア州首相ヘンリー・エアーズにちなんでつけたもの。一方、カタ・ジュタはオルガ山とも呼ばれる。この名は、ロシア皇帝ニコライ一世の娘でヴュルテンブルク王妃のオリガにちなんで1872年につけられた。このように西洋人たちによるこの地の「発見」は1870年代に入ってからであるが、そのはるか以前からウルル山とカタ・ジュタはオーストラリア先住民たちの聖地であった。
ウルル山は、高さ348m、周囲9.4kmの一枚岩であり、西オーストラリア州のマウント・オーガスタスに次いで世界第二位の規模を誇る。約6億年前、周辺がまだ海だったころに海底の堆積層が隆起したことによって出現した。鉄分を多く含んでいるため岩肌は全体的に赤みを帯びており、特に朝日と夕日に照らされるとその色が一層鮮やかになる。
カタ・ジュタは約22km2にわたって36の岩が連なる巨石群で、一番高いものでは地表から546mの高さがある。これらの岩もウルル山と同様に堆積層の隆起によってできたが、長年にわたる浸食と風化によって現在見られるような形となった。
ウルル山やカタ・ジュタがいつから先住民たちの聖地となったのかは明らかではない。しかし、ウルルの周囲には少なくとも3万年前から人が生活をしていた痕跡が認められる。そして、およそ5,000年前にはアナングと呼ばれる先住民たちの文化が花開いた。このころからアナングの社会生活や食文化が複雑化し、今日にまで続く先住民の壁画の様式も現れたと考えられている。現在でもウルル山では古くからの壁画が残っている。オーストラリアの先住民は「ドリームタイム」と呼ばれる独自の創世神話をもっているが、ウルル山はアナングにとってこの創世の時間に連なる重要な場所である。
ウルル山周辺の地帯は1958年に国立公園に認定され、オーストラリア政府の管理となったものの、1976年に先住民のアナングが返還を要求した。1985年にアナング側に99年間の借受が認められることになり、現在ではオーストラリア政府とアナングが合同で公園の管理を行っている。観光地化が著しい場所であるが、アナングの聖地であることには変わりなく、ウルル山周辺の聖地では許可なく立ち入ると罰金が科される場所がある。以前はウルル山に登ることもできたが、安全性および環境保全の点から、そして何より聖地であるという宗教的理由から2019年10月26日に観光客の登山は禁止された。