ロンドン中心部のテムズ河畔に位置するウェストミンスター地区は、1千年の歴史を持つ歴史的建造物が立ち並ぶ、英国の中心である。

ウェストミンスター大寺院は11世紀、エドワード懺悔王（または証聖王）によって建設された。その後1千年の間、英国王室にとって最も神聖な場所とされており、礼拝の場であると同時に、君主の戴冠式、結婚式や葬儀など、重要な国家儀礼の舞台であり、また王家の墓所でもある。また、教会には、英国を代表する作家・詩人（スペンサー、テニスン、チョーサー、ディケンズなど）、科学者（ニュートン、ダーウィン、マクスウェルなど）、音楽家のヘンデル、宣教師で医師のリヴィングストンなどが埋葬されているほか、第一次世界大戦における戦死者の遺骨を納めた「無名戦士の墓」も設けられている。

13世紀に改築された際、フランスの大聖堂に見られる意匠が取り入れられたことから、西側の塔では「バラ窓」（丸窓にステンドグラスを花びらの形状に配置し、しばしばカトリック教会において「バラの花」になぞらえられる聖母マリアを表現したものとされる。パリのノートルダム大聖堂のものなどが有名）を見ることができる。一方で、南側の回廊部分などは中世以来の典型的な英国スタイルとみなされている。

ウェストミンスター・スクールは1179年に神学校としてウェストミンスター・アビーに付設されたが、1560年に女王エリザベス1世によって改築され、以来、名門パブリック・スクールとして歴史を刻んできた。ジョン・ロック（社会契約論）、ジェレミー・ベンサム（功利主義、「最大多数の最大幸福」の句で有名）などの学者、法律家などの実務家のみならず、ブレザレンの創始者ジョン・ダービー、メソジスト運動の指導者チャールズ・ウェスレー（ジョン・ウェスレーの弟、讃美歌「あめには栄え」などを作曲）などの神学者、宗教家を輩出している。

ウェストミンスター宮殿は英国議会の議事堂となっており、「ビッグ・ベン」の愛称で親しまれる時計塔とともに、ロンドンのシンボルとなっている。現在のウェストミンスター宮殿は1840年に再建されたものだが、議会の歴史は1295年に設立された枢密院へとさかのぼることができる。議会は17世紀には国王（王党派）と議員（ピューリタンが多かった）の対立の舞台となった。1603年のスチュアート朝成立以来、王権が強化され、国王が議会を解散するなど、専制政治が行われた。これに対し議会で国王の専横を非難する「大抗議書」が通過したことから、1642年1月、国王チャールズ1世は兵を率いて下院議場に乗り込み、ピューリタン議員の逮捕を要求した。これを機に王党派と議会派の対立は抜き差しならないものとなり、8月以降、「ピューリタン革命」と呼ばれる内戦へと発展した。チャールズ1世は1649年に処刑され、内戦は終結したが、それ以来、現在に至るまで、英国国王は下院議場に入場することが許されていない。

なお、ウェストミンスター大寺院とウェストミンスター宮殿の間に広がる議会広場には、英国の偉人たちの像が立ち並んでいるが、その中には、アパルトヘイトに抵抗した南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ大統領や、イギリスの植民地支配からの脱却を目指して独立運動を主導したマハトマ・ガンディーの像もある。ガンディーの同時代人であるチャーチル英首相は、ガンディーについて侮蔑的な発言を繰り返し、インドの独立にも反対していたが、こんにち、2人の銅像は議会広場に並んで立っている。

セント・マーガレット教会は装飾の少ない箱型の塔がそびえたつ特徴的な外観をしている。もともとは地区の一般信徒に開かれた小教区教会として機能してきたが、1614年にウェストミンスター宮殿の教会に指定され、それ以来、王室関係者や貴族、国会議員、著名人などの結婚式が行われることでも知られるようになった。

参考文献リスト