ベルリンのムゼウムスィンゼル(博物館島)

「博物館」という語の起源は18世紀の啓蒙思想に端を発する。王侯貴族や富裕な市民の楽しみを目的とした私的コレクションではなく、広く一般市民に公開し、その啓蒙を目的とする現在の形の博物館はフランス革命後のヨーロッパに普及していった。

ベルリン中央部を流れるシュプレー川の中洲に、1824年から1930年にかけて建設された5つの博物館は、こういった啓蒙思想を具現化するものと考えられる。プロイセン皇帝フリードリヒ・ヴィルヘルム4世は1841年、この中洲を「芸術と科学の聖域」と定め、複数の博物館を建設すると発表した。これは、ヨーロッパにおいて新興勢力であったプロイセンにとって、国家の威信をかけた一大プロジェクトであった。時代性を反映し、博物館の建物にはギリシャ・ローマ文明に範をとる新古典主義の影響が強くみられ、所蔵品にはギリシャ、ローマ、小アジアなどの考古資料が目立つ。

第三帝国の時代には、ヒトラーによって「退廃芸術」の烙印を押された印象派絵画やスラブ人・ユダヤ人の作品が廃棄されたり、安価で売却されたりする中、重要な美術作品が散逸した。また、新博物館を中心に建物や展示物が空襲による被害を受けたが、終戦後、ドイツの国立博物館として再建された。

【旧博物館】

1824~28年に建設された旧博物館の設計者カール・フリードリヒ・シンケルは、この博物館を単なる展示場ではなく、美術と哲学と科学の殿堂との構想を持って設計に当たったと伝えられる。ドーム型の屋根を持つロタンダ(円形建築物)と中庭を取り囲むように、長方形の展示室が配置される。ローマのパンテオンを模したロタンダは、20本のコリント式円柱に支えられ、円柱の間にはローマ時代の模刻像が立ち並ぶ。建物の正面には古代神殿のような大階段が設えられ、イオニア式の円柱18本と角柱2本が並ぶなど、古典主義的な建築様式が見て取れる。

古代ギリシャの彫刻や壺、古代ローマの壁画や彫刻など、神話を題材にした作品や石棺・墓石などが数多く展示されている。

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【新博物館】

新博物館は、旧博物館に美術品を収蔵しきれなくなったことから1843~47年に建設された。シンケルの弟子筋が設計を担当していることから、全体像は旧博物館と似ているが、中央にロタンダはなく、よりシンプルなデザインとなっている。

博物館は第二次世界大戦により大きな被害を受け、廃墟のまま長らく放置されていた。1990年の東西ドイツの統一を経て修復が本格化し、2009年に再開した。現在では古代エジプトの美術や考古学的資料(ミイラ、石棺など)、パピルスのコレクションなど、9,000点の美術品が展示されている。中でも有名なのは、3400年前の古代エジプトのネフェルティティ王妃の胸像で、「ベルリンで最も美しい女性」とも言われている。

【旧国立美術館】

1867年に着工した旧国立美術館は、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の好みを反映したギリシャの神殿風の外観で、正面にはコリント式の列柱が立ち並ぶ。19世紀から20世紀のドイツ絵画とフランス印象派の作品が展示されており、宗教画は多くない。

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【ボーデ博物館】

現在、博物館は、同博物館の設立に尽力し、後にベルリン国立博物館総長に就任したヴィルヘルム・フォン・ボーデの名を冠するが、1904年の創建当初は、皇帝フリードリヒ3世にちなみカイザー・フリードリヒ博物館と呼ばれていた。外観はネオバロック様式の円天井を擁する宮廷風の建物で、内装もバロック、ルネサンス、ロココと各様式を模した。

博物館では、ビザンツ美術が1つの目玉になっており、レリーフやイコン、モザイクなど、東方教会の美術品が数多く展示されている。また、聖書などをモチーフにした中世の彫刻のコレクションも充実している。

【ペルガモン博物館】

1878年、カール・フーマンによりペルガモン(現トルコのイズミール近郊の都市ペルガマ)のゼウス神殿が発掘された。ペルガモン博物館は、この1,000トンを超える出土品をベルリンに移築し、復元して展示するために建造されたものである。巨費を要する構想に当時から賛否が分かれたが、遺跡発掘競争に興じるヨーロッパの列強(イギリス、フランス)に是が非でも追いつきたいという政治的意図も加わり、1930年に博物館が完成した。

博物館には、ペルガモンなど小アジア(ギリシャ・ローマ文明)の発掘品のほか、オリエント、イスラム世界の美術品などが豊富に展示されている。

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【ベルリン大聖堂】

博物館島に位置するベルリン大聖堂は、1469年に礼拝堂として築かれて以来の歴史を持つ。現在の姿となったのは1904年であるが、第二次世界大戦中に破壊され、東西ドイツ統一後の1993年に修築された。主教会、洗礼堂、小洗礼堂、福音教会の4つの教会から成り、福音教会の地下はホーエンツォレルン王家の墓所となっている。大聖堂の天蓋は114mの高さを誇り、7200本のパイプを持つオルガンが設置されている。

参考文献

https://sites.google.com/site/cercreligiousculture/world-religions/christianity/berlin/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%A4%A7%E8%81%96%E5%A0%82%EF%BC%88212%EF%BC%89.jpg?attredirects=0

ベルリン大聖堂

https://sites.google.com/site/cercreligiousculture/world-religions/christianity/berlin/nikolai

聖ニコライ教会

https://sites.google.com/site/cercreligiousculture/world-religions/christianity/berlin/franzosischerdom

フランス大聖堂

https://sites.google.com/site/cercreligiousculture/world-religions/christianity/berlin/wilhelm

カイザー・ヴィルヘルム教会