エローラ石窟群は、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教の三つの宗教の石窟寺院群からなる文化遺産である。
インド中部、デカン高原の西北部アウランガーバードから北西約30kmのマハーラーシュトラ高原に位置し、17のヒンドゥー教寺院、12の仏教寺院、5のジャイナ教寺院の計34の石窟寺院が、切り立った玄武岩の崖に、2km以上に亘って列をなすように並んでいる。古代インド三大宗教(ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教)の各宗派が同じ場所に石窟寺院を掘っていることから、三つの宗教が一つの場所にそれぞれの聖地や生活共同体を築くことを許すような、寛容な共存精神が存在したと考えられる。
崖に沿って南から北へと進むと、僧院と一つの大きな寺院を含む仏教の石窟が12個並び(A.D.600~800年頃)、次にヒンドゥー教(600~900年頃)、最後にジャイナ教(800~1000年頃)が続く。華麗なファサードをもつチャイトヤ窟(礼拝のための場)の第10窟や、スケールが大きく3層からなる第12窟などが存在する。それらの石窟群のなかでも、とりわけ第16窟のカイラーサナータ寺院とその壁画は、ヒンドゥー教美術の最高傑作とされている。
カイラーサナータ寺院はラーシュトラクータ朝のクリシュナラージャ1世の命令によって、王朝の創立を記念する大事業として756年に着工され、約100年間で仕上げられたとされる。リンガを祀るシヴァ寺院で、エローラ最大の石窟寺院でもある。ゆるやかに傾斜する丘の岩盤を切り開き、上から岩を掘って中央に寺を、その周囲に回廊を配し、完成させている。壁面には『ラーマーヤナ』、『マハーバーラタ』といった神話の彫刻が施されるなど、寺院のいたるところに精巧な彫刻が見られ、それらが当時のヒンドゥー美術の技術の高さを物語るものとなっている。
また、エローラにあるジャイナ教窟の特徴は、祠堂の入り口などに男女一対の神像(この2神はインドラ神とその妃インドラーニーとも言われている)が配されるなど、ヒンドゥー教の影響が著しく見られる点にある。ジャイナ教窟の特徴は、マハーヴィーラ(ジャイナ教の開祖)やティールタンカラ(ジャイナ教の24人の祖師)といったジナ神を祀る点にあるが、窟院そのものの形式はヒンドゥー教窟や仏教窟を模倣したものとなっている。また、その多くがヒンドゥー教窟や仏教窟と共存しており、エローラのジャイナ教窟も同様に空間を共有している。そのためエローラ石窟群は、その美術的価値のみならず、古代インドにおける各宗教の共生と寛容の精神をうかがい知ることができるという点においても評価されている。
・日高健一郎監訳(2014)『世界遺産百科 全981のユネスコ世界遺産』柊風社
・佐藤宗太郎(1985)『インド石窟寺院(解説編)』東京書籍