ペンシルバルーンを使った実験で行う内容は,「ゴム弾性」として知られているものです。第二次世界大戦中に国内外で研究が進みました。日本でも,久保亮五(1920~1995)という統計力学の大家が戦争中ゴム弾性の研究を行い,教科書も書いています。1996年に「ゴム弾性」復刻版が裳華房から発売されているので入手できます。
さて,ゴム弾性の実験をするのに,手軽に入手できる材料が風船です。これに気づいたのは,大学で行なった一般市民向けのイベントでした。20年近く前のことでした。小学生がたくさん来るということと,私が大学院生のときに高分子の物性を研究していたこともあって,児童に人気の「スライム」をやることにしました。スライムづくりには20~30分かかります。スライムは人気があるので,1グループ20人程度でやってもらうと待っている人たちの行列ができます。その間,待っている人たちを対象に様々な性質の説明をしました。スライムは高分子でできています。回転する棒を登ってくる性質や叩きつけると弾む性質(粘弾性という性質。コラム158,実験87参照)を説明しました。さらに「ゴム弾性」の説明もしました。当初は,太い輪ゴムを連ねたものを使っていました。輪ゴムでは,実はあまり縮まなかったのです。このイベントは,2年続けて行いました。あまりにも,参加者が多いので,人数を把握するために2年目はおみやげに風船を配りました。風船を何個配ったかで,参加者の人数を把握することにしたのです。ゴムを引っ張ると,熱くなる実験も輪ゴムを使っていました。その時,風船を使うとどうなるだろうと思って試しに引っ張ってみました。そうしたら,輪ゴムよりもずっと熱くなるではありませんか。そこで,お湯をかけると縮む実験もペンシルバルーンを使ってやるようにしたのです。最初は測量用のトランシットにつかう錘を金物屋で購入しておもりとして使いましたが,コーヒーのビンに水を入れたものなど身近なものを試した末に,本講習で紹介した500 mLのベットボトルを使うようにしたのです。
このように,ゴム弾性の実験にペンシルバルーンを使うようになったのは,ある意味で偶然でした。さらに,後で述べますがゴムは高分子からなっていて,その熱運動が活発になると縮むことをプラスチックの鎖を使った模擬実験(シミュレーション)で説明しています。これも,最初は縄跳び用の縄を使っていました。高分子は,長い分子で,原子が鎖のように繋がつています。専門用語では,高分子(こうぶんし)鎖(さ)といいます。高分子鎖ですから,文字通り高分子(プラスチック)でできた鎖を使用したらどうかと思いました(単なるダジャレに基づく発想です)。そこで,演示したらうまく現象を説明することができます。はじめは,鎖を床の上において実演していました。あるとき,小学生向けの実験教室で,鎖を吊るした状態でやったらという示唆を受けてやってみたら,うまくいきました。
このように,様々な人に対して,わかりやすく自然科学の現象を説明する際に,どうしたらわかってもらうかを考えて工夫していく中で,説明法を思いつくのです。説明法を思いつくということは,自分自身がより深く理解するということです。その中で,受講者のちょっとした意見が大きなヒントになることも多々あります。この教員免許状更新講習でも,多くの受講者の方々から様々な有益なご意見を頂き毎年改良してきました。受講料を頂いて,こちらが学ばせていただくというのは,とてもありがたいことだと思います。これは,説明法を工夫するだけではなく,私自身が理解を深めることにもなるのです。学ぶということは,結局一生かけて,いろいろなものとのつながりを理解していくことではないかと思っています。でも,多くの方々は学ぶということは一方的にインプットするものだと思っているようです。最近,アクティブラーニングの重要性が言われていますが,要するにアウトプットを考えて学べということではないかと思います。自分では,どうするか,どう人に説明するかを考えながら学べばいいのだと思います。
児童・生徒も説明しあったり,教え合ったりする中でいろいろ気づくはずです。このような教えあいを「教えあそび」とよぶことにしています(コラム3,コラム4)。そのようなことを早いうちから体験していくことが,社会で生きていく力をつけることにつながるのではないでしょうか。アクティブラーニングというのは,学ぶ内容を理解するための手段ではないものと思います。社会にでてから,学びながら仕事をしていくやり方を学ぶものでもあると思います。そういう意味で,広い意味での「キャリア教育」にもなるものと思っています。