私が大学の教師になったのは平成8年(1996年)40歳のときでした。それまで,会社勤めをしていました。小学校1年生の頃から漠然と自然科学者になりたいと思っていました。最初は化学に興味がありました。しかし覚えることが苦手だった私は,化学系の学科に進学することを諦め,大学では物理を選びました。高校2年生の中頃まで,家で学習をする習慣のなかった私は,受験勉強の時に,机に向かう習慣をつけ,なんとか大学に入学できました。でも,大学の授業にはついていけませんでした。講義を聞いても理解できず,教科書を読んでも理解できなかったのです。そこで,1年生が終わった春休みから物理の教科書の数式をたよりに自習をはじめました。もう一人の物分りの悪い自分に語りかけるようなつもりで,頭の中で説明しながら,式を全て自分の手で計算しながら学んでいきました。そうしたら,物理が面白いようにわかりだしたのです。試しに,同級生や,後輩に説明しました。聞き手が理解してくれるとこちらもやる気がでてきます。ときには,大学で学んだことも家庭教師で高校生にわかるレベルに言いなおして話したりしました。
このような行為を通じて,教えることに興味をもったのです。そこで,研究者としてではなく,教師としての大学教員になりたいと思うようになりました。そのため,大学院に進学して(もともと研究者志望だったので,小学生の頃から大学院に行きたいとは思っていましたが)博士号をとることを目指しました。物理の学生でしたが,本来の志望していた化学に近い高分子物理を専攻しました。大学院生ときには,高分子の若手の研究会で化学系の人たち(主に工学部)とも交流する機会にも恵まれました。博士論文の目処がたったとき,就職をどうしようか迷いました。当時大学に就職することは非常に難しかったのです(教授,助教授,助手ともに多くの先生が40代でした)。そこで,高校教員になることも考えました。でも,このまま教師になっても世間知らずになるにではないか(受講者の先生方が世間知らずと思っていたわけでは,決してありません。私が,社会性に欠けていると思っていたからです。念のため)と思って40歳くらいまで会社勤めをしてから,私立高校の教員になろうと思いました。もともと化学をやりたかったので,化学会社に入ろうと思ました。そこで,大学の指導教員の紹介で化学会社に就職しました。最初の2年間は研究所にいました。化学を学んでいなかったので,工業高校卒の優秀な人たちについていけませんでした。
その後,関連会社に出向することになりました。出向前に50人程いた従業員も出向先の親会社の研究所での3ヶ月の研修から帰ってくると十数人に減っていました。業績が悪く,親会社がなければとっくに潰れているような状態でした(会社の名誉のために言っておきますが,平成29年現在会社の業績は良好です)。そこで生産しているものついてはまるきり素人でした。教科書もありません。研究所にいる時と違い,工場で製品の検査をしながら,クレーム処理や開発品の評価などをするのが仕事でした。実験や検査の設備も人も足りないから外部に装置や知恵を借りに行くよう状態でした。そこで,実験したことや面談で仕入れた情報をこまめに報告書に書くことにしました。同時に,様々な立場の人に説明をする必要に迫られました。そのなかで,仕事に関わる内容を学んでいきました。様々な経歴・立場の人と話をしなければならないので,根本に帰って理解してから,説明しなければなりませんでした。そのとき,学生時代にやっていた,「アウトプットしながら学ぶことの大切さ」を再認識しました。工業高校を卒業したての新人にわかるようにテキストも書きました(「石英ガラスの世界」工業調査会(1995)。残念ながら2010年に出版社が倒産したため古本でしか入手できません)。
そのような背景から,学校の先生方にもアウトプットを意識した学習を自ら体験し,学校教育の中でも体験していただきたいと思うようになりました。そこで,自分ならどのように教えるかを考えながら受講していただくために,最初に試験問題を提示したのです。最近,学校教育で「アクティブラーニング(主体的・対話的で深い学び)」が求められています。アクティブラーニングには,いろいろ手法があるかと思いますが,基本はアウトプットしながら学ぶことだと思います。幼児は,覚えたての言葉をいろいろな人に話します。オタクは自分の知識を披瀝します。これらは,理解や記憶を深めるための行為だと思います。年配の人たちは,病院で自分の病気のことを人に話します。これは,病気に対する知識をしっかりと身に付けることにつながります。自分のことですので,関心も強いのです。ですから,70代,80代でも病気に関するいろいろなことを知って説明することができるのです。
この講習の内容は授業にそのまま使えるものも含まれています。でも,それだけではなく,受講者の先生方がそれぞれの出来る範囲でよいから,聞いたこと,学んだことを自分なりにアレンジすることを習慣づけてほしいと思います。みなさんは,児童や生徒に教えることが仕事です。ですから,教えるにはどうしたらよいかを考えながら,本を読んだり,テレビを見たり,新聞を見たりしていると思います。これが,まさにアクティブラーニングの第一歩だと思います。そのような習慣を児童・生徒にも身につけて貰いたいのです。そのために,社会にでてからどういう仕事をするのか,学んだことをどう活かすのか,をほんの少しずつでよいから,児童・生徒に分かることばで認識させることが大切ではないかと思います。それが,「キャリア教育」の最も大切な第一歩ではないかと思っています。
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