地域を創成するのは,「わか者」「よそ者」「ばか者」であるということを言う人がいます。
確かにそのとおりだと思います(真壁 昭夫「若者,バカ者,よそ者 イノベーションは彼らから始まる!」 (PHP新書))。「わか者」といのは,ある意味で未熟だということです。未熟ということは,常識・既成概念にとらわれないということです。
学生や生徒の財産はものを知らない,経験が少ないということです。これが新しい発想を生む上で重要なのです。「初心を忘れるな」ということばがあります。これは,いつまでも既成概念にとらわれない自由な発想ができるようになってほしいということです。その意味で,「わか者」というのは,年齢や経験年数に関係ありません。いつまでも,常識・既成概念にとらわれない人がわか者なのです。
「よそ者」というのは,わか者と同じく,その地域や分野に慣れていない人です。ですから,別の分野に経験が深い人でも,その分野の常識や既成概念にとらわれない柔軟な発想ができる可能性があります。むしろ,別の分野で経験があるだけにより斬新なアイディアがでてくるかもしれません。
さて,最後の「ばか者」ですがどうでしょうか。いろいろな考えができます。これも,既成概念にとらわれない人です。ある意味で,先入観にとらわれないで柔軟に考えられる人といってもいいかもしれません。「永遠の若者」「永遠の青年」といってもよいかもしれません。ある意味では先入観や経験にとらわれないことから,「知的自由人」といってもいいかもしれません。「ばかもの」はサンスクリット語の「薄伽梵(ばぎゃぼん)」から来ているという説もあります。これは,悟りを開いた尊い人のことです。
さて,「ばか者」のところで慣れずに学ぶことのできる人ということをいいました。慣れずに学ぶということはどういうことでしょうか。私自身,小学校の頃から算数の文章題などを解くときには,慣れていけないと信じこんでいました。慣れてしまい,考えないで問題が解けるようになってはいけないのだと信じこんでいたのです。なぜならば,中学受験にでるような算数の文章題は,将来自然科学者になって新しいことを考えだすための思考の訓練だと思っていたからです。どう考えても,思考力を伸ばす以外にそのような問題を解く意味がわかりませんでした。その後,中学校,高校,大学,大学院と思考の訓練はしたつもりですが,小学校の文章題ほど思考力を鍛える問題にはあまり出会いませんでした。慣れないように,学ぶことによって,たしかに,考える力や習慣は身につきます。発想力や創造性を伸ばすのにも役立ちます。但し,学校の成績を伸ばすのには必ずしもつながらないかもしれません。考えてもわからないことに対する処理が悪くなるからです。