ガラスの説明のついでに私の専門の「シリカガラス」というものを説明しておきましょう。窓ガラスなどの材料は二酸化ケイ素(SiO2)にナトリウムやカルシウムなどのイオンが入っています。SiO2を主成分とする珪石にソーダ灰とよばれる(炭酸ナトリウム;Na2CO3)や石灰石(炭酸カルシウム; CaCO3)などを加えて融かしてつくります。ナトリウムと石灰が入っていることから「ソーダ石灰ガラス」(ソーダライムガラスといいます。ライム[lime]とは石灰のことです)。イオンは,ナトリウムがNa2Oの形で15%程度,CaOは10%前後含んでいます。窓ガラスは,溶融した錫の上を溶けたガラスを融かして,自由表面をつくることによってつられています。この方法をフロート法といいます。
耐熱性のビーカーや調理器具はパイレックスとよばれる商品名のガラスが使われています。これは,ホウケイ酸ガラスとよばれ,SiO2が70%以上,B2O3が10%程度,Al2O3が数%程度含まれています。これは,ソーダ石灰ガラスとよばれるものに比べるナトリウムやカルシウムのイオンが少ないため熱に強くなっています。
さらに,熱に強いガラスはSiO2のみのガラスです。これをシリカガラスといいます。石英ガラスということもあります。これには,様々な造り方がありますが,熱に強いだけではなく,金属不純物がすくないために高温で汚染を嫌う熱処理をするための装置に使われています。シリカガラスの一番多くの用途はパソコン,スマホなどで使われる半導体素子の製造装置です。半導体素子は,高温で熱処理しますが,ほんの少しでもナトリウムなどのアルカリ金属などが拡散すると使い物にならなくなるからです。
紫外線もよく通すために,半導体素子のパターンを光で転写するためのフォトマスクとよばれる写真のフィルムの相当するものや,光で転写するときのレンズ系などにもシリカガラスは使われています。ちなみに転写する光は,紫外線をもちいます。紫外線として水銀ランプ(365 nmの輝線とよばれる一つの波長の光)やエキシマレーザーとよばれる紫外線のレーザー(波長248 nmのKrFエキシマレーザーと波長193 nmのArFレーザーが使われています)
その他にも,通信用の光ファイバーもシリカガラスが使われています。これは紫外線ではなく,近赤外線とよばれる比較的波長の短い紫外線が使われています。波長が短いと,空で青い光が散乱されるのと同じ理屈で,光が散乱されます。波長が長すぎると今度はシリカガラスの骨格の振動を促進するようになって,光が吸収されます。赤外線が当たると暖かくなるのと同じ現象です。散乱も吸収も少ない波長として1.55 mm(1550 nm)あたりの光が使われています。
このように,シリカガラスというのはICT(情報通信)をかげて支える縁の下の力持ちなのです。しかし世の中にはあまり知られていません。実は,私がシリカガラスを知ったのは社会人になってからです。ちょうど30歳の時にシリカガラスを製造している会社に出向を命じられたときです。その時全く,シリカガラスについて知りませんでした。出向先の職は,研究職ではありませんでしたが,幸い様々な課題をかかえており,わからないことばかりだったので大学や公的研究機関の力を借りながらシリカガラスの研究をそれからつづけることになりました。
関連動画: 「企業へ就職しシリカガラスとの出会い」(20分49秒)