風船にヘリウムを入れると浮かび上がることはご存知ですよね。でも,浮かび上がらないものに対しても浮力が働くのです。最近,あるNPO法人主催の実験教室(平成26年7月)の準備を行っていて面白いことに気がつきました。実験8に示すように,ドライアイスをペットボトルにかぶせて風船を膨らませした。それをはかりの上に乗せて,重さの変化を計ってみたのです(図44.1)。なぜ測ったかというと,ドライアイスそのものをはかりの上に置くと固体から気体の二酸化炭素に直接なる(この現象を「昇華」という)ために,重量が軽くなります(実験26)。その場合との比較のために計ってみたのです。風船を被せたあと,気体になった二酸化炭素が閉じ込められているために,重さが変わらないと考えたからです。ペットボトルの中に20グラムくらいのドライアイスをいれて,風船を被せてみました。そうすると,図44.2のように10分くらいで5グラムくらい軽くなりました。
なぜそうなるのでしょうか。3つの場合があると考えてみました。
1) 風船のつけ方が悪かったために隙間から二酸化炭素が
漏れた。
2) 浮力によって軽くなった。
3) 風船のゴムを通して二酸化炭素が抜け出た。
別のペットボトルに別の風船をつけてやってみました(実験27)。そうしたら図44.2のように再現性がとれました(図44.2の青色の△)。そこで1) についてはすぐに違うものと判断しました。しかし, 1)は違いという結果は間違いでした。後で,学生に詳しい実験をしてもらいました。石鹸水をかけたところ,風船をつけたところから二酸化炭素が漏れていたのです。そこで,ビニールテープを巻いて石鹸水が出ないことを確認しました。そこで,1)の可能性を除外しました。
次に考えたのは3)でした。大学の同僚が高分子の薄膜を利用して二酸化炭素の分離を研究しているからです。その同僚に聞いたところゴムに対する二酸化炭素の透過係数は他のものよりも大きいそうです。次のような実験を示したサイトを紹介してくれました(東京工業大学化学工学専攻伊東研究室HP; http://chemeng.in.coocan.jp/ice/pche08.html)。そのサイトによると,空気,二酸化炭素,ヘリウムを入れた風船を長時間放置したところ,一番早くしぼんだのは二酸化炭素入りの風船です。1時間で他の風船に比べて目に見えてしぼんでいくのです。次にしぼみやすいのはヘリウム入りの風船です。一方,二酸化炭素を入れたポリ袋の中に空気入りの風船を入れると,風船の中に二酸化炭素が入って破裂してしまいます。
地球温暖化に関して二酸化炭素を分離して液化したものを埋設しようとのアイディアがあります。その分離を高分子の膜を二酸化炭素が通りやすいという性質を利用して行おうという研究がなされています。二酸化炭素が高分子の膜を通り抜けやすいのは二酸化炭素の分子が高分子の膜に溶けやすいからだそうです。実際,やってみるとファスナー付きのポリ袋に風船を入れて,ポリ袋の中に二酸化炭素を入れてファスナーを閉めると,風船が膨れてきます。これは,ポリ袋の中に二酸化炭素が入っていくためです。学生に実験をしてみましたが,ポリ袋が小さいためか破裂はしませんでした。
以上の情報をもとに,高分子の膜から二酸化炭素を抜ける証拠だと思ったのです。5グラムが抜けるとすると,27℃のとき,10分間で2.8 Lの気体が抜けます。1分間に280 cm3,1秒間に4.7 cm3の二酸化炭素が抜けていることになります(計算は省略します。高等学校の物理か化学の先生ならば計算できます。これを計算問題にして生徒にやらせると面白いかもしれません)。
最初ここまでは,計算していませんでした。測定してから教育地域科学部の物理の先生に話しました。そうしたら,浮力のことを指摘されました。計算してみると,風船の直径が20 cmのとき(体積2.4 L)に,浮力の大きさが2.7 gの重さに相当する大きさになることがわかりました。浮力の大きさよりも,さらに重量が減っていることから,CO2も抜けていることがわかります。
浮力というと,ヘリウムのように空気よりも軽いものを入れると浮かび上がるので実感できますが,空気よりも重い二酸化炭素でも働いているというのは実感がわかないと思います。正直に打ち明けると,私も浮力のことに気づきませんでした。最初は,風船をかぶせると,二酸化炭素が閉じ込められるので,重量が変わらないと思っていました。空気中で二酸化炭素の重量が減ることを調べる実験と,比較実験として考えたものです。原理や計算方法は知っているのに,わからない,あるいは気づかないのです。このようなことはよくあることです。そのためにも,実験は必要なのです。原理に従って考えたつもりでも,見落としがあるのが人間です。私自身「科学的」という言葉を聞くと少し警戒したい気になります。データを与えて,理路整然と説明すればするほど,何か見落としがあっても,信じてしまいたくなります。「科学的に証明された」と思っても,どんな落とし穴があるかわからないのです。長い間,いろいろ試行錯誤しながら少しずつ積み上げていくのが,自然科学の研究です。その中で,勘違いもあるし,間違いもあります。学校で「科学的思考力をつける」ことを目指すといっていますが,そのような面があることを忘れないでほしいと思います。よく学んでも,勘違いや失敗する。そのような姿を学生や生徒に見せるのも教育的に必要なのではないかと思います。
その後,風船の重さとともにビデオ撮影をして風船の大きさから浮力の大きさを見積もってみました。その結果,重さの減少と浮力の大きさはほぼ同じでした。ある程度膨れると,風船の大きさが一定となります。それでも,重さは減り続けました。ガス漏れチェック液をかけてみたら,風船を被せたところから,気体がもれていました。ただ,先ほど述べたように二酸化炭素を入れたポリ袋に風船を入れておくと膨れるので,風船を通してもガスが漏れるのも確かです。
物理で重さと,質量の違いを学びます。質量は物質固有の量,重さは重力による「力」のことです。最近は力の単位として,ニュートン[N]を使います。かつては高等学校の物理の教科書キログラム重という単位も書かれていました。これは,1 kgの物体に働く重力の大きさです。高校の教科書では[kgw]と書かれていましたが,[kgf]の方が一般的に使われています。
関連動画: 「 二酸化炭素の不思議(2/2)」(7分35秒)
関連サイト: 「第13回 さまざまな物質の科学1」