茨城県東海村の株式会社ジェイ・シー・オー(JCO)で起きた臨界事故についてご存知でしょうか。この事故が発生したのは, 1999年9月30日のことでした。茨城県東茨城郡大洗町(おおあらいまち)にある,高速増殖炉の実験炉「常陽(じょうよう)」のための,高濃縮ウランを扱っている際に事故がおきました。
原子力施設では,核分裂物質が一定量以上一カ所に集まらないように厳しく管理されています。これは,原子力の原理のところで説明したように,一定量以上の核分裂物質が集まると,発生した中性子の濃度が高くなり,核分裂が急激に促進されるからです。この核分裂が急速に進みだす状態を「臨界」といいます。逆にいうと,臨界が生じない少量を扱っている限り,核分裂はおきないのです。ですから,核分裂を起こすための燃料の最小単位の「ペレット」とよばれるかたまり(直径1 cm,高さ1 cm位の円筒形)はは普通の工場でつくられています。もちろん,作業するときには放射線の線量計を身につけて被曝していないことを確認するよう厳格に管理しています。実際にはほとんど放射線はでません。誤解しないで欲しいのですが,一旦核分裂した材料からは放射線が発生し続けます。したがって,使用済みの燃料棒はイオン等を含まない「純水」の中で保管します。
事故が起きたのは,核分裂物質を所定量の7倍近い量をタンクに入れてしまったためです。これによって,大量の中性子が出ました。この時に,青い光が発生したと伝えられています。この青い光は発生した放射線によって,空気の酸素やチッ素などの原子が電離して,それから発生したそうです。よく,「チェレンコフ光」とよばれるものと誤解されます。チェレンコフ光というのは,電気を帯びた粒子光の速さよりも速く動いたときに発生する光です。光は物質中を動くときには,真空中よりも遅くなります。このような状態ではチェレンコフ光が発生(チェレンコフ放射)するのです。チェレンコフ光は使用済み核燃料が入ったプールの中で観測することができます。コバルト60というコバルトの放射性同位元素から発生するγ線をサンプルに照射するために,放射線照射施設に行きました。γ線をサンプルに照射する方法は簡単です。6 m位の深さのプールの底にコバルト60の発生源があります。照射したい試料をステンレス製のカプセルに入れて,線源近くの所定の位置に鎖で降ろしておくだけです。照射をやめるにはカプセルをプールの底から引き上げるだけでよいのです。この時部屋を暗くして,青白いチェレンコフ光がでるのを見せてもらいました。
チェレンコフ光を利用したものに,小柴昌俊博士(1926~)が2002年のノーベル賞受賞の理由となったカミオカンデやそれを発展させ,2015年に梶田隆彰博士[1059~]のノーベル賞受賞につながったニュートリノ振動を観測したスーパーカミオカンデはニュートリノから発するチェレンコフ放射を観察するための巨大な装置です。これらの施設は,電荷を持たない(電気を帯びていない)ニュートリノという宇宙からくる素粒子(宇宙線)を観測されるものです。ニュートリノは電荷を持たず,地球をもすり抜けることができます。しかし,これと衝突した電子が出すチェレンコフ光を観測するものです。
さて,話をJCOの事故に話を戻しましょう。問題は,なぜ規定の7倍の量を同時に扱っていたのでしょうか。新聞記事によると次のように記述されています。
「事故を起こした企業は長年にわたって作業効率のために裏マニュアルを使っており,作業員が知識の欠如からその裏マニュアルからも逸脱して事故を引き起こした。また,科学技術庁からもろくに立ち入り検査をしなかった。1992年11月7回目の調査以降は,一度もおこなわれてなかった」(『朝日新聞』1999年10月9日)。
科学技術庁には自動化の工程が届けられてしましたが,「裏マニュアル」ではバケツとスプーンを使って材料を混ぜることになっていました。実際は,この「裏マニュアル」も守られていませんでした。いくつかの工程を飛ばしたり,自動の過程を手動に切り替えたりしていました。自動装置では,運べない量の材料を運ぶために手動でおこなっていたのです。
これに対していくつかの問題があるかと思います。一つは,作業者が作業の効率をあげるための改善提案として行なっていたことです。改善提案は,多くの製造業で行われています。本来は,作業の効率や安全性を上げるためのものです。さらに,従業員が工夫することによって,モチベーションを引き出すという効果もあります。そのために,報奨金を出すなどの形で奨励しています。しかし,改善には,きちんとした上司の承認と条文な確認をした上でのマニュアル改訂などをする必要があります。もちろん,責任は提案者ではなく管理者にあります。そこで,気になるのがJCOはある会社の子会社だったということです。管理者が出向者の場合も多く管理上の問題もあったのかもしれません。