・現在作成中・近日中再開亭予定(標高300mでのシミュレーションが一箇所でしかなされていなかった為) 別項で、朝鮮の地誌、記録における”見える見えない”の話は、規式に基づいて朝鮮半島東岸から于山蔚陵が見えるという話であるという事は説明した。 しかしながら、1694年以前、つまり安龍福の鬱陵島争界事件と、それにともなう朝鮮王朝の鬱陵島捜討官が現地での詳細な調査に基づいて鬱陵島詳細圖を製作する以前の時代地圖(1450-1694)は、なぜか鬱陵島と朝鮮半島の間に于山島が書かれることが多い。これらは、西に書かれたり、南西や北西に記載される。もちろん、朝鮮半島東岸部から現竹島は水平線下に隠れるため、見えない。 共通している事は、于山島は鬱陵島よりも内陸沿岸、つまり朝鮮半島近くに記載されている事である。 江原道から于山鬱陵島が 見える。 しかし、一説于山鬱陵本一島 江原道から于山鬱陵島が 見える。 しかし、一説于山鬱陵本一島 他にも、1711年以前の朝鮮政策の地図も同様のデザインを取っている。こちらで確認してください。 1711年以前の地図は、于山島は朝鮮半島と鬱陵島の間、つまり鬱陵島の西にあります。 1694年以前の主な地圖を確認してみる。島の大きさについては、鬱陵島の西に書かれる于山島は、鬱陵島と同じくらいの大きさが多い。しかしながら、鬱陵島の南西や北東などに書かれる于山島は、「傍有小島」といった表現に近く、鬱陵島よりも小さい事が多い。(1694年以前には、他にも様々な地圖があるので、こちら 及び1300-1711 Korean antique mapsで確認されたし。) このことを考えると、ひょっとすると、標高および眺める場所によっては、本来一島である鬱陵島が山頂付近の見え方の変化でまるで二島あるかのように見える場所があるのではないかと仮説を立てた。 文献においてもまた、『世宗実録(1454)』 50권, 12년には、東西の二峰が島のごとくあるように見える、と記載がある。
1430.10.23.『世宗実録(1454)』 50권, 12년( 1430 경술 / 명 선덕(宣德) 5년) ○先是, 傳旨于江原、咸吉道監司曰: “今所訪蓼島, 在襄陽府靑臺上、通川縣堂山登望, 則見于子丑間; 在吉州無時串、洪原縣蒲靑社望見, 則見于巳午間。 其令詳明勤恪人望見以聞。” 至是, 咸吉道監司報: “令殿直田闢等四人, 往無時串登望海中, 有東西二峯如島嶼, 一微高, 一差小, 中有一大峯。 立標測之, 正當巳午間。” 遂送闢于京 これらを念頭において、カシミール上でLandsatの衛星画像データを組み込みシミュレーションしてみた。すると、いくつかの条件において、本来一島であるはずの鬱陵島が二島に見える場所があることが確認された。しかしながら、これはシミュレーションであるので、実際には現地調査が必要になるだろう。 また、地図によっては、鬱陵島-三陟の東 于山島-平海の東との説明がなされているので、ひょっとすると三陟から見える鬱陵島と平海から見える鬱陵島の大きさ、姿が違っていて是を別々の二島と勘違いして認識していた可能性もありうる。 まず、使用した画像データ; 標高データはNASAのSpace shuttle標高データ SRTM-3(最大解像度90m)である。 衛星画像データは、GLCF(ESDI)のLandsat衛星画像デ-タ ETM+(最大解像度30m)である。 これをカシミール上でシミュレーション、再現したものが下記の結果である。 一枚だけ、朝鮮半島東岸東海市から、鬱陵島を撮影した写真が残っているので、 実際の写真と、シミュレーション結果がどのくらいなのか、比較していただいて、その精度の判断をしていただきたい。 *2010/09/11追記:ただし、Aster DGEMデータと、朝鮮半島東岸部は、どうも多少誤差がある。 例えば、鬱陵島の最高峰は、聖人峯だが、これは984メートルであるが、Google Earth, Aster DGEMともに、948mしか出ていない。 また、竹島の西島の標高は110mだが、これはやはりAster DGEMでは69mしか出ない。 旧望洋亭から鬱陵島をシミュレーションで出してみても、見えない判定になるが、実際現地に住んでいる方に聞くと、 そこから見える、との返事を聞いた。 このことを考えると、このシミュレーションよりも、もう少し見え方が多く出ると思われる。 Donghae東海からUlleungdo鬱陵島を実際に見た写真とシミュレーションの比較 160km Lenz:200mm altitude 515m+2m=517m(View from Chorokbong(초록봉/泉谷洞531.4m)草錄峰? 天気がよい日には、朝鮮半島から鬱陵島が歴々見えるという記述にまさに合致する また、実際の写真と比較してみると、カシミールのシミュレーションの精度の高い事がわかる。 東海岸から鬱陵島の眺めは、曇りの日では見えません。 標高の変化による眺望の変化を判りやすく示すものが、Inwonからの鬱陵島の眺め。 召公臺は、おそらく半島から一番よく蔚陵島が見えると思われ、記録や詩にも記述が多い。 Inwonの134m附近で蔚陵島を見ると以下のようになる。 200mm InwonからUllunegdo鬱陵島をSimulation つまり134m附近で標高が高い部分の鬱陵島の山峰はみえるが、下部が見えない しかし500m附近に上げてシミュレーションしてみると、鬱陵島の下部が見えるようになる。 この下部は、海東総圖にも書かれているような、別の小さい島が有るかのようにも見える 鬱陵島の北116Km地点の海上から鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 鬱陵島116Km北の海上から鬱陵島をみた場合のシミュレーション 鬱陵島の北116Km地点の海上から鬱陵島を眺めると、大きな鬱陵島が、北からみて左側即ち東にみえ、小さい小島が北から見て右側即ち西側に見える。 Kangnung江陵からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 50mm 171km Kangnung江陵からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 200mm 171km Kangnung江陵からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション (左)標高300m附近あたりで一島であるはずの鬱陵島が双子の島であるように見える。 (下)標高400m附近で南(右)に小島、左に大きい島二島といった形に見える。 Samchok 三陟からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 050mmSamchok三陟からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 200mmSamchok三陟からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 100m附近で、なんとなくかすかに本来一島であるはずの鬱陵島がら二島に見えます。北に小島があるように見える *samchokからですと、召公台からだと、天気の良いに日鬱陵島が見える、と地元の老人に教えていただきました。 ChukPyong竹濱からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 050mmChukPyong竹濱からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 200mmChukPyong竹濱からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 25mおよび50m附近で本来一島であるはずの鬱陵島が二島に見えます。北に小島があるように見える。 Pinghay平海からUlleungdo鬱陵島 を眺めた場合のシミュレーション(平海:越松亭) 050mmPinghay平海からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション *平海からですと、越松亭からだと見えませんが、少し高台からだと見えるとの話を聞きました。。 chuksan丑山からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 050mmchuksan丑山からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 200mmchuksan丑山からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション 400m附近で、なんとなく微妙に2島に見えるので、恐らく標高を少し下げると2島に見えるようになる。 この場合、北に小島が、南に鬱陵本島が見える形となる。 2.試案 この写真は、私が、サムチョク博物館にて発見した、金尚星(英祖時代)が書いた、 望洋亭からの眺めを描いた絵である。 ここに書かれた鬱陵島を見ていただきたい。 次に、いかに、特徴的ないくつかの地図を見てみる。朝鮮の古地図で、主に1694年以前の認識に基づいた、つまり于山島が鬱陵島の西側にある島、もしくは一島二名を示すものについては、以下のような地圖がある。之を考慮して考えてみた。 この地圖は、下を西に、左を北、上を東、右を南に反転させてある。 つまり、江原道沿岸各地から鬱陵島(東)を見たときのシミュレーション画像が上記のものだが、それとイメージを重ねやすくするために90度右に回転させた。 鬱陵島の手前に、鬱陵島の一部であるかのごとく于山島が書かれている。 この、鬱陵島に書かれた二つの島、そして于山島に書かれた一つの島のデザインに着目した。 これら地図のデザインは、先ほど拡大した金尚星の望洋亭絵図に書かれた鬱陵島のデザインと同じコンセプトを共有していると感じる。 つまり、鬱陵島西部には、間歇と呼ばれる谷間がある。こういった谷間には、海からの暖かい空気が冷たい空気と混じり水蒸気や霧を発生させやすい。つまりこのあたりに雲が滞留した場合、また鬱陵島上層部に雲が滞留した場合どのように見えるかシミュレーションしてみた。 ←North East↑ South→ West↓ 右図のように、霧や雲の係り具合によって、特に霧や雲が出やすいであろう廣害の附近に溜まった事を想定した場合、 これが前に小さい島、後ろに大きい島であるかのような印象を与える可能性がある。 ![]() 他、同様の地図。主に18世紀にこの傾向が見られる。 17世紀後期までは、鬱陵島の内側、つまり北西や南西に小さく于山が書かれ、1694年以降、鬱陵島拡大図には于山は北東の竹嶼を表しているが、一方同時に同じ地図帳の江原道圖などには鬱陵于山両島などの記載が見られる。 (下記各図は、東側を上側に見えるように回転させた。) 17-18C? 『輿地圖』 江原道 1736-67『輿地圖』関東圖 1735-76『廣與圖』関東圖 一例 先ほどの金尚星の鬱陵島の絵に似た感覚を表現した以下のような絵も残っている。 1880.水路雑誌41号(1883) 松島鬱陵島俯瞰図 手前の小さな島と奥の大きな島の二島に見える? http://www.ullungdo.com/sijo/sijo_ullungdo.htm |
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朝鮮半島東岸から、一島であるはずの鬱陵島が二島であるように見える?
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050mmChukPyong竹濱からUlleungdo鬱陵島
050mmChukPyong竹濱からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション
050mmchuksan丑山からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション
050mmPinghay平海からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション
050mmSamchok三陟からUlleungdo鬱陵島
200mm 171km Kangnung江陵からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション
200mmChukPyong竹濱からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション
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200mmPinghay平海からUlleungdo鬱陵島を眺めた場合のシミュレーション
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