朝鮮の地図の江陵沖に書かれた”竹島”と、竹島Argonautを混同した可能性(個人的な仮説)



朝鮮の地図をみていると、竹島という島が、鬱陵島や于山島とは別に江陵沖に書かれていることがある。
(下、18世紀後期 與地図 江原道)
これは、いわゆる江戸時代の竹嶋=鬱陵島 明治時代の松島=鬱陵島とは別の島である。
もちろん江戸時代の松島=現竹島 明治時代のLiancourt Rocks=現竹島とも違う別の島である。

 18世紀前期 『八道地図』-江原道 英陽の北に竹島記載あり 目立つ
 18C中頃 『八道輿地圖』 通川P5>23  韓国国立中央図書館 古2702-14  陸にだが、業石亭の名前あり 目立つ
 1736-67『輿地圖』関東圖  奎章閣 古4709-68 杵城の東に無名の島記載 目立つ
 18世紀中旬.海東總圖 江原道
Dokdo or takeshima.
 高城に業石亭の記載が陸にあり 目立つ
 1750年頃か? 海東総圖 大東總圖奎章閣 襄陽の東に竹島記載

平陵の東に堅造島記載
 目立つものとは言えない、ありふれた島の感じ
目立
 18世紀後半『輿地圖」 江原道 奎章閣 古4709-78 (寧海・慶尚道は特に特徴無し) 通川沖に業石亭の文字
高城の東に無名の島
杵城の東に竹記載

 目立
目立
小さいが目立つ
 1760年頃?左海地圖 江原道 奎 12229通川沖に業石亭の島
高城の東に海金剛の島
杵城の東に竹記載
目立
目立
目立つ
 1750-68 朝鮮地圖 奎章閣 奎16030   고성
간성

강릉
양양

 
高城の東に海金剛 七星峯
杵城の東に竹記載

江陵付近に堅造島記載
英陽付近に竹記載
 目立つものとは言えない、ありふれた島の感じ
目立つ

目立つ
目立つものとは言えない、ありふれた島の感じ
 1767.古朝61-26『東国八域圖』- 関東-江原道 韓国中央図書館61-26 (45.51) 杵城の東に竹記載 目立
 1776-1786『海東輿地圖』 鬱陵島 韓国国立中央図書館 古2107-36
59>2>23高城
59>2>09江陵
59>2>22杵城
59>2>21(襄陽)  




 


高城の東に海金剛 七星峯
江陵付近に堅造島記載
杵城の東に島複数記載
襄陽の東に竹島記載
 


目立
目立
目立つものとは言えない、ありふれた島の感じ
目立
  1776-1800[正祖年間]海東圖 高麗大学図書館
 江陵の東に竹島記載 目立
 1787-1800.18世紀後半『各道地図』朝鮮全圖彩色筆写本 通川沖に業石亭の島
江陵の東に竹島記載
 目立
 朝鮮時代中期:傳世寶  崇實女子大学所蔵 鬱陵島の北に于山島が記載。
つまり地図中に于山が二つ
 目立
 1795-1800. 東輿圖(朝鮮古圖)襄陽 10 筑波大学附属図書館 科学研究費補助金成果物 平成16年度: 古地図  襄陽の東南に竹島記載
江陵付近に堅造島記載

 まあまあ
まあまあ
 1800年頃 東国輿図 関東図 古大 4790-50 通川沖に業石亭の島
 目立
 19世紀初期 朝鮮全圖     始興文化院通川野東に業石亭の島
襄陽の東に竹島が記載
 目立
目立
 19C前期 『海東輿地圖』江原道図  杵城の東に竹記載 目立
 19世紀前期 『輿地図』江原道 彩色写本嶺南大学校所長
独島博物館37
 通川野東に業石亭の島
襄陽の東に竹島が記載
 まあまあ
まあまあ
 19C.八路地図 江原道通川沖に業石亭の島
高城沖に海金剛の島
杵城の東に無名の島
 巨大
巨大
まあまあ
 19世紀前期1822以降 『 東国地圖』江原道彩色写本 独島Center 杵城の東に竹島 まあまあ
 18C末期『與地図』我國摠圖 彩色寫本 奎章閣  南北に長細い 始興文化院 なにやら島がいっぱい 目立つものとは言えない、ありふれた島の感じ
   
 1856-59 『東輿圖』. (全体)  そのさらに北には竹島が多数

業石の名前だけあり。
高城に海金剛 七星峯の記載あり
杵城に竹記載

江陵付近にも二つ竹島記載あり。
目立つものとは言えない、ありふれた島の感じ
目立つ
目立つ

目立つものとは言えない、ありふれた島の感じ
目立つものとは言えない、ありふれた島の感じ

 1861大東輿地圖
흡곡(흡谷)통천(通川)(12>P9>

 고성(高城)간성(杆城)   ) (12>P10>3) 古朝61-1 10    
一応竹島の記載はある



高城に海金剛 七星峯の記載あり
目立つものとは言えない、ありふれた島の感じ



目立つ
 1861-63.大東方輿全圖  金正活  表紙 15-3(鬱陵島部分) 江陵の東に”竹”の記載あり 目立つものとは言えない、ありふれた島の感じ
 年代不詳 .東京山川 八道地圖 朝鮮全図 (全体圖
江原道・鬱陵島部分 高麗大學博物館    

江陵の北、杵城の北の高城に海金剛の記載あり。


江陵の北、杵城付近に”竹島”の記載あり
 結構目立つ記載
   



また、日本の、主に1880年代以前の竹島はArgonaut島として、やはり江陵の沖に書かれている。
この二つの関連性についての仮説を少しづつ検討していきたいと思う。

追記:と思って始めてみましたが、あまり、この與地図に書かれた「竹島」と竹島Argonautは関係がなさそうです。



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