Danvilleは、La Perouse以前の朝鮮半島圖の代表的な地図で、中国圖にある朝鮮の地図を参考にして作ったと考えられるが、此の地図に現竹島が乗っていると言うのは全くの嘘であるこれは地図を見てもらったほうが早い。
此の地図には、鬱陵島と思われるFan-lin-taoと、その南西、つまり朝鮮半島の東、鬱陵島の西に千山島と考えれれるTchain-chan-taoが記載されている。千山島は于山島の事である。
このDanvilleの地図を検証すると、此の地図は現竹島とも竹嶼とも、合致しない。
つまり、1694年以前の、東国輿地勝覧などの、一島二名説と二島説が混在していた頃の古い認識を示していた頃の地図を踏襲し製作しているだけである。なお、西洋が現竹島つまりLiacnorut Rocksを発見するのは19世紀中旬以降の話で、それまでは現竹島は西洋社会には認識されていないのである。
西洋の地図に現竹島が記載され始めるのは19世紀中旬以降、日本海の捕鯨船、アメリカのCherokeeやフランスのLiancourt号による発見報告の跡であるが、(西洋の探検家・船舶の鬱陵島”発見”、現竹島”発見”と各種水路誌の記述を参考の事)、外国製作の地図を根拠に領有権主張するならば、鬱陵島も現竹島も日本領土と記載されている地図はたくさんある。これは外国製作の地図リストに含まれているのでそちらの確認をお願いしたい。