・朝鮮領土の東限の記述は、鬱陵島竹嶼までで、現竹島は含まれない


朝鮮王朝および韓国の領土に関する記述は、西洋の書籍、日本の書籍、韓国の書籍に記載があるが、これらにはに現竹島(131”52分)は含まれていない。 朝鮮の東端に関しては、豆満江とするもの、鬱陵島竹嶼(Boussole Rock)とするものと、二通りある。
  1. 1861.China Pilot Third Edidtion King, John W Printed for the Hydrographic Office P379) UK


  2. 1865.A general gazetteer, or, Compendious geographical dictionary [microform] : containing descriptions of every country in the known world: with their towns, people, natural productions, &c., and the various remarkable events by which they have been distinguished : the population and area of all nations are also given in an appendix, including the census of Great Britain in 1861 (1865) Brookes, R. (Richard), fl. 1750; Findlay, Alexander George,
    Corea extends from N.to S. from the lat. of 34.30 to 42.30.N. and from E. to W. from 125. to 129. of E. long.
  3. 1874. Histoire de L'Eglise de Corée(Paris)by Claude Charles Dallet 『朝鮮教会史』シャルル・ダレ

    130”50’E (Paris data below plus 2”30 degree for GST)

    (Paris data)Between 33”15N-42”25N, 122”15E-128”30E at Paris

    (Original text in french) entre 33°15’ et 42° 25’ de latitude nord ; 122° 15’ et 128°40’ de longitude est de Paris.

  4. 1876.3『朝鮮国地誌摘要』 明治9年3月 近藤保禄 編 
    http://seaofjapan-noeastsea.blogspot.jp/2013/02/187603.html
    朝鮮国 
    位置
    北緯三十三度に起り四十二度余に至る
    西経(我東京を零度とす余準之)九度に発し十五度に終る
    京城北緯三十七度三十分強西経十二度三十分に弱にト當る
  5. 1876.4『鶏林事略』 明治9年4月 瀬脇寿人(せわき・ひさと) (東経130度35分)
    34”17N-43"02‘N 124"30’E-130”35’E At GST,UK
    緯線は、赤道の北三十四度十七分より起り、四十三度二分に至て止み、経線は、英国「グリインウヰッチ」の偏東百二十四度三十分より起り、百三十度三十五分に至て止む。
  6. 1879."History of Corea", ancient and modern; with description of manners and customs, language and geography History of Corea, ancient and modern; with description of manners and customs, language and geography (1879) Author: Ross, John, 1842-1915 Publisher: Paisley [Scotland] J. and R. Parlane
    lCorea stretches from 33.15 to 42.31 N. lat; and 122.15 to 131.10 E long
  7. 1880 "朝鮮地誌" by 坂根達郎
    130º 45' E. longitude (東経130度45分)
  8. 1882 “ (朝鮮事情)“ 榎本武揚 (Originally published in 1876-77)
    130º 50' E. longitude (東経130度50分)
  9. 1887 "朝鮮八道誌" by 小松運1876.
    130º 35' E. longitude (東経130度35分)
  10. 1889."Chambers' encyclopaedia"新版 第3巻 1889年
    p.476 Corea「アジア東岸の王国で半島を成し北緯34度30分から43度、東経124度30分から130度30分にわたる」
  11. 1890 "外国地理" 高木怡荘著 (東経130度)
    北緯縦三十三度至四十三度 東経 縦百二十四度至百三十度 
  12. 1891 ”受験応用万国小地誌 谷口流鶯著 (東経130度)
    北緯縦三十三度至四十三度 東経 縦百二十四度至百三十度
  13. 1893. 新体地理全誌 永田健助著  
    北緯三十四度十七分に起り四十三度二分にき(カンウォン道豆満江)東経百二十四度三十分より1百三十二度三十五分の間にXXし其境界東は日本海に瀕し
  14. 1894.06朝鮮地理圖 東京:岩崎茂吉,明27.6 (東経130度35分)
    百二十四度度三十分に起り百三十度三十五分に至る  
  15. 1894.07朝鮮地誌要略 松本仁吉 明治27.6  (東経130度)
    東経124度より同130度に達す 
    (附属図には、竹島アルゴノート島と松島鬱陵嶋Dagelet島が記載されている。
  16. 1894.07.新撰朝鮮国地図 林正著 東京:加藤芳太郎,明27.7 (東経130度35分)
    地図 竹島Argnaut 松島Dagelet
    北緯自三十三度十五分至四十二度二十五分 東経百二十四度三十分=百三十度三十五分 北緯自三十三度十五分至四十二度二十五分 
  17. 1894. "新撰朝鮮地理誌" edited by Ota Saijiro (大田才次郎) (東経130度35分)
    東経130度35分
  18. 1894.11.『朝鮮紀聞』  鈴木信仁 著 大鳥圭介 閲 
    朝鮮の国は亜細亜州の東部に突出せる半島にして北緯三十三度十五分に起こり四十二度二十五分に亘り
    東経百二十四度三十分に起こり百三十 度三十五分
    http://seaofjapan-noeastsea.blogspot.jp/2013/02/189411.html
  19. 1894.11."朝鮮水路誌" 海軍水路寮  (東経130度35分)
    東経130度35分
  20. 1894/07 朝鮮志 –第一章2p  足立栗園   (東経130度36分)
    (130°36′)=(東京:東経139゚42' を基本地として西経9°6′)
  21. 1895.紇法(J.Hulbert)『士民必知』 (Knowledge Necessary for All translationa by Kim Taegyon金澤榮
    東経線一百二十三度至一百三十一度
    其島南曰濟洲東曰鬱陵西南曰江華
  22. 1895.外国地誌 秋山四郎著 (東経130度40分)
    位置 朝鮮は亜細亜州の東部に突出する半島国にして、北緯三十三度十分より四十三ぢにいたり、東経百二十四度十分より百三十度四十分にいたる。
  23. "Korea and Her Neighbours" Isabella Lucy Bird's (Bishiop)
    (Isabella travelled Korea during 1894 - 1897)
    130 degree 33' E. longitude
    東経130度33分
    http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2007/11/from-korea-and-her-neighbors-by.html
  24. 1898.c.a. Glimpses of the Orient : or, The manners, customs, life and history of the people of China, Japan and Corea, the Philippine, Caroline and Lad Glimpses of the Orient : or, The manners, customs, life and history of the people of China, Japan and Corea,
    from one hundred and twenty-four degrees and thirty minutes to one hundred and thirty degree and thirty minutes east. longtitude,
    124-130 degree
  25. 1899. "大韓地誌" : (東経130度35分)
    東経130度35分
    http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2007/11/1894-1948-korean-territory.html

    江原道 島嶼 鬱陵島X東海X在X大島X島中央X在X一峯X中峯XX名XXX樹林X鬱蒼X規木X香木等X著名XXX





  26. 1899.新式万国地理 岩崎重三,池田鹿之助著  (東経130度35分)
    東経百二十四度三十分=百三十度三十五分 北緯自三十三度十五分至四十二度二十五分
  27. 1900.新撰大地誌 前編(世界之部)山上万次郎著 教師用参考書 (東経130度35分)
    西は東経百二十四度三十分なる小乳X角より東は東経百三十度三十五分なる図満江〔註:豆満江)の口に至る
  28. 1901.朝鮮開化史" by 恒屋盛服 (1901):(東経130度35分)
    東経130度35分
  29. 1902.高等地理学講義 永田健助編 (東経131度)
    百二十四度と四十度との間に跨り(我中国)…東経百二十四度より百三十一度に及び、長さ凡六百浬
  30. 1902  「新撰世界地理問答」 武田鶯塘 (東経130度40分)
  31. 1903."韓海通漁指針" by 東京 黒龍会 葛生修吉 (東経130度35分)
    東経130度35分
  32. 1903.韓国森林視察復命書
    〔東京〕:農商務省山林局,明36.5
    東経130度35分
    付属圖-竹島=Argonaut 松島=Ullnuegdo/Dagelet
    cf:1906.1906.韓国森林調査書〔東京〕:農商務省山林局,〔明39〕
    no discription of easternmost boundary
    付属圖 -松島=Ulleungdo/Dagelet
  33. 1904."韓国地理"   矢津昌永  (東経130度58分)
    東経130度58分
  34. 1904."最新韓国実業指針" by 岩永重華 (東経130度35分)
    東経130度35分
  35. 1904.朝鮮移住案内 山本庫太郎著 東京:民友社,明37.6  (東経130度35分)
    東経130度35分 
  36. 1905.日本民族の新發展場萬韓露領地誌" by 岡部福蔵 (東経130度35分)
    東経130度35分
  37. 1905.09"韓国新地理" 博文館  田淵友彦 東京:博文館,明38.9
    東経130度58分
  38. 1905.世界地理 野口保興講述 早稲田大学三十八年度歴史地理科第一学年講義録
    東経130度58分
  39. 1906."韓国水産業調査報告" by 農商務省水産局 (1906)
    東経130度35分
  40. 1906.大韓地誌 (1906年版)(Korea national Library)
    P1 東経130度35分
    P203 江原道 島嶼 鬱陵島X東海X在X大島X島中央X在X一峯X中峯XX名XXX樹林X鬱蒼X規木X香木等X著名XXX 
  41. 1906.1907 世界大地誌 野口保興著 東京:成美堂,明38,39
    東経130度58分
  42. 1907.幼年必讀釋義 教師用  玄采 編
    鬱陵島X北緯130度四十五分乃至五十三分 東経37度34分至31分間
  43. 1907.世界地理 野口保興講述早稲田大学三十九年度歴史地理科第一学年講義録
    東経130度58分
  44. 1907.韓国総攬 徳永勲美 博文館
    東経130度35分 
  45. 1907.04.韓国通覧 統監府農商工部 (M43)
    第一 地理 一 位置、境界、面積
    東経124度13分(鴨緑江西端)より130度54分(鬱陵島東端)にXき東は日本海に臨み
  46. 1907.外国地理表解 小林杖吉著 (東経130度35分) 
    東経自百二十四度十二分至百三十度三十五分 北緯自三十三度十分至四十二度二分
  47. 1907.朝鮮水路誌 第二改版 日本海軍
    鬱陵嶋松島 130度53分
  48. 1907.06 新編大韓地理
    http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/08/1907-june-sinpyeon-daehan-jiri.html
    鬱島.(中略)北緯百三十度四十五分至五十三分東経三十七度三十四分至三十一分X在
  49. 1907."初等大韓地誌" by 安鍾和
    第一課 位置と境界  東経130度58分
     東経百二十五度五分至三十度五十八分東慶尚北道鬱島郡鬱陵島
    鬱島X古鬱陵嶋XX北緯百三十度四十五分XX三十五分至東経三十七度三十四分XX至三十一分
    (おそらく、130度四十五分至35分は、新編大韓地理の五十三分を逆さに間違えて記載している)
    (*ただし、この本には、”于山島其東南在”という説明が記載されている)
  50. 1907."大韓新地志" by 張志淵
    鬱島 (北緯百三十度四十五分至三十五分東経三十七度三十四分至三十一分     
    東経130度58分
    附属圖 鬱陵島竹島(*boussole rock)
    (おそらく、130度四十五分至35分は、新編大韓地理の五十三分を逆さに間違えて記載している)
    (*ただし、この本には、”于山島其東南在”という説明が記載されている)
  51. "初等大韓地誌" by 安鍾和 柳瑾 (1908):
    第一課 位置と境界  経130度58分
    北緯三十三度十三分X起XX四十三度二分 東経百二十五度五分X起XX三十度五十八分
    X止東慶尚北道鬱島郡鬱陵島
    鬱島X古鬱陵嶋XX北緯百三十度四十五分XX三十五分至東経三十七度三十四分XX至三十一分
    (おそらく、130度四十五分至35分は、新編大韓地理の五十三分を逆さに間違えて記載している)
    (*ただし、この本には、”于山島其東南在”という説明が記載されている)
  52. 1908.門答大韓地誌
    鬱陵嶋松島 130度35分
  53. 기호흥학회월보 제3호 大韓新地理學 金夏鼎
    第二章 位置 我大韓國 位置 亞細亞洲의 東部에 在야 支那大陸의 東南端에셔 南方으로 狹長게 突出 半島國이라. 其 極南의 地 濟州鳥의 毛瑟浦니 北緯 三十三度四十六分(六十秒를 一分이라 云고 六十分을 一度라 云니 一度의 長은 約二百十二里라)에 當고 極北의 地 豆滿江 沿岸의 永遠近傍이니 北緯 四十三度二分에 當며 極西 黃海道 長淵郡의 長山串(或 平安道 龍川郡의 龍川浦라 云홈)이니 東經 百二十五度五分에 當고 極東은 露國과 境界되 豆滿江口니 東經 百三十五度五十八分에 當지라. 故로 我國은 其 全域이 此 溫帶中에 在니라.<30>(我國大陸의 極南은 全羅道 莞島의 西南에 在 達陵角이니 北緯 三十四度五十五分에 當니라)
  54. 1909.韓国水産誌"
    東経130度54分
    鬱島郡 北緯三十七度三十六分至三十二分東経百三十度四十七分至五十四分
  55. 1909..最新高等大韓地誌
    P2東経124度30分起130度35分至東慶尚南道鬱島郡鬱陵島
    P78鬱島
    P123江原道 島嶼 往来XX鬱陵島X東海X大島XX島X中央X一峯X中峯XXXX規木X香木等X著名XXXX
  56. 1909. 大韓協会会報第12号 地誌
    百二十四度三十分에 起야 極東(俄國과 接界 豆滿江口)은 百三十度三十五分에 止고 渤海 黃海日本海에 突出 半島國이라. 開國初에 國號를 朝鮮이라 定야 五百餘年을 遵行더니 維我 太皇帝 陛下 光武元年(距今 十三年 前)에 大韓으로 改稱니라.
    東経130度35分
  57. 1910.02韓国南満洲 野口保興著 東京:成美堂,明43.2
    一三〇度三八分なり
    一三〇度三五分 朝鮮水路誌
    一三〇度三〇分 チャンパー地名辞典

    付属圖-鬱陵島(松島)
  58. 1910 統監府農商工部「韓国通覧
    130°54′(鬱陵島東端) 北緯33°12′(済州島南端)
  59.  1910.10 朝鮮新地理 大阪:田中宋栄堂,(Oct.Meiji43)
    東経130度58分
  60. 1910.12. 朝鮮新地誌 1910/12 315p 足立栗園 NDL
    東経130度58分 
  61. 1911.04.大日本地理集成 矢津昌永等著,隆文館, 明44.4
    十三度二分(豆門江の沿岸の永遠近傍)極南は北緯三十三度四十六分(済州島XX浦に当る)
    極東は東経百三十度五十八分〔豆門江の江口)極西は東経百二十五度五分〔小乳X角永山串)なり。
  62. 1911.09.朝鮮の研究 山口,豊正 東京:巌松堂,明44.9
    百三十度五十四分なる鬱陵島の東端
    付属図あり http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/766917/222
  63. 1911.12.朝鮮史 P4/5 吉田英三朗 京城:町田文林堂,明44.12
    鬱陵島の東端 130度54分
  64. 1911.朝鮮及南満洲地理教授備考
    極東 鬱陵島東端 東経百三十度五十四分
  65. 1911.最新日本地理資料 井原儀著
    極東 鬱陵島(松島)の東端 東経百三十度五十四分
  66. 1912.最近朝鮮事情要覧 朝鮮総督府編 2版渡辺為蔵
    東経百二十四度十三分より百三十度五十四分に至り、北緯三十三度十二分より四十三度二分ニ亘る
  67. 1912.小学地理教材 北垣恭次郎著
    東は同百三十度五十四分なる鬱陵島の東端に終わる。
  68. 1912.『最新 朝鮮地誌』 by 日韓書房編集部 (1912):
    東経130度54分
  69. 1913.『新朝鮮全誌』 南宮濬 唯一書館 南宮濬.
    東 東経百三十度五十四分
  70. 1915『大日本帝国地誌』  小林房太郞 著 富山房 小林房太郞 著
    朝鮮 東限 130度54分 鬱陵島
  71. 1915.『韓国通史』太白狂奴 く東経130度50
  72. 1917.『新舊對照朝鮮全道府郡面里洞名稱一覽』 越智唯七 130"54'E 極東鬱陵島東端 
  73. 1918."最新 朝鮮地理" by 京城日報社 藤戸計太著
    亜細亜ノ東南ニ突出セル半島ニシテ地形南北ニ長ク、東西ニ短シ、極東ハ欝陵島東端東経百三十度五十四分、極西ハ・・
  74. 1919.朝鮮地誌資料 
    第一 第一表 朝鮮半島極端経緯度

    島嶼を含むもの 慶尚北道鬱陵島竹島 130”56’23 
    島嶼を含まないもの 慶輿郡遼西面
    第一 大勢
    第一 大勢 第六表 府郡島極端経緯度

    *鬱陵島 東端 130”56’33 西端 130”47’35
    鬱陵島 東端 130”55’22 西端 130”47’35
     
    第二章 行政区域 第二三表 主要ナル都邑ノ経緯度及真高

    鬱陵島 東経統計130”54’20  北緯37”29’10 島庁の前の庭

    第二章 行政区域  第二四表 府郡島新旧対照
      新  旧  
    (慶尚北道)鬱陵島 面数 3 洞数 9 慶尚南道鬱島郡 面数 3 洞数18

    第五 山岳 第二八表 山岳ノ名称所在及真高

    鬱陵島 
    北 卵峯 611m
    西 草峰 608m 
    西 弥勒山 901M
    北西南 聖人峰 984M 
    南 冠昌峰  700M
    西 大礎   506M

    第七 島嶼  第32表 島嶼ノ位置、名称、周囲及ビ面積
    慶尚北道
    西北南 鬱陵島
    南面 竹島
    北面 観音島

    第八 経済 第三六表 府郡島別農産物一段歩当収穫高
    鬱陵島 大麦
    第八 経済 第三七表 府郡島別地主数及地主一人当所有地筆数面積

    第八 経済 第三八表 府郡島別総面積ト耕地及垈面積トノ比較

  75. 1929.朝鮮환輿勝覽 (韓国独立記念館)

    東経130度58分







  76. 1934.朝鮮総督府初等地理書「巻一」解説 小川英男 著 古今書院http://seaofjapan-noeastsea.blogspot.jp/2013/02/1914.html
    極東 東経130度56分 慶尚北道鬱陵島竹島

  77. 1935."朝鮮現勢便覧" (1935):
    130 degree 56' 23" E. longitude
    東経130度56分23秒  慶尚北道鬱陵島竹島 (*Boussole Rock)
    http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2007/11/1894-1948-korean-territory.html
  78. 1947."朝鮮常識問答"  崔南善
    東経130度56分23秒 
    http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2007/10/where-have-all-usandos-gone.html
    (Please look at the item (14) of the above posting.)
  79. 1948."朝鮮常識" 
    東経130度56分23秒 慶尚北道鬱陵島竹島 *Boussole Rock)
  80. 1945以降? . 中等地理
    http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2009/06/after-1945-for-middle-school-by.html
    序説
    朝鮮의四極●度経度
      極東 東経一三〇度五六分●陵島東端
      極西 西経一二四度一一分(鴨緑江薪島西端)
      極南 北緯三三度六分(済洲島南端) 極北 北緯四三度(咸鏡北道北端)
  81. 1946.朝鮮地理 正福社
    東経   度   分

参考:http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/06/korean-eastern-limits-described-in.html


不明

1875.地球説略訳解 リチャ-ド・クオ-タ-マン・ウェ-著,福田敬業訳
赤道の北34度に起こり四十三度に至る。
中華北京の扁東八度に起こり十八度にいたりてやむ。

1906.位置 東部亜細亜の半島国にして、北緯三十五度線は南部を、同42度線は北部を通過せり

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