仙台緑丘会登山部は、2024年11月23日(土)、宮城県塩釜市と多賀城市を巡る「塩釜・芭蕉の足跡と国宝指定・多賀城碑散策」を実施しました。
前回の浦戸諸島めぐりに続いて、今回も塩釜の海風と潮の匂いを感じる小さな旅です。当日は朝から青空の好天に恵まれ、穏やかな秋の日差しがさすなか、総勢6人(計良、池添、大友、及川、小笠原、高田)が散策を楽しみました。
今回のコースは、港町・塩釜からスタート。ここは国府多賀城が置かれた古のころから塩竃神社の門前町として栄え、いまも港町独特の町家造りの面影のある街並みが残っています。
都人は景勝地である塩竈にあこがれを抱き、「光る君へ」紫式部も和歌に塩竈の思いをうたっています。また、藩政時代には、俳人・松尾芭蕉が、奥の細道紀行で松島に向かう途中で立ち寄りました。
「お釜神社」
・塩釜の地名の由来となっている神社であり、国府多賀城創建の頃から塩作りが行われていたといいます。その製塩作業で使った大釜が祀られていました。
「勝画楼跡」
・伊達藩主が塩竈神社詣時に着替えや休憩をした建物です。ここからの眺望が「画に勝る」として名づけられたとされます。藩主が使用するに相応しい高い格式を備えた建物となっています。
「旧亀井邸」
・亀井商店(現・カメイ株式会社)の初代社長が大正時代に建てた和洋併置式住宅と呼ばれる建物です。和館と洋館ともに当時の優れた技術と資材が投入され、流通拠点である塩釜港の繁栄を象徴する魅力的な建物です。
「塩竈神社」
松尾芭蕉も巡った国の重要文化財。国府多賀城の守り神として、古代より朝廷から厚い崇敬を受けたばかりではなく、平泉の奥州藤原氏、仙台藩主伊達氏が信仰してきた歴史のある神社です。
1187年、藤原秀衡の三男忠衡が奉納した「文治の神灯」が現存しています。この日は、神事・初穂曳が執り行われ、御神田で収穫された初穂や地場産品が御神前にお供えされておりました。
「多賀城政庁跡」
724年に開庁し11世紀前半まで使われていた国府跡です。発掘調査をもとに環境整備が行われており、平城宮跡(奈良県)、大宰府跡(福岡県)とともに日本三大史跡に数えられています。
約900メートル四方の広大な城内が開放されており、ここで昼食をとりました。今年国宝に指定された多賀城碑、現在復元工事中の南門を巡り、その後、JR国府多賀城駅で散会となりました。
今回の塩釜・多賀城を巡る晩秋の小さな旅。奈良時代から平安時代、鎌倉時代、藩政時代、近代までの東北の長い歴史に触れることができた楽しいひと時でした。