作家・石原慎太郎が語る小樽商大

  • 作家・石原慎太郎氏は、弟の俳優・故石原裕次郎氏とともに、幼少期を小樽で過ごし、今でも小樽を第二の故郷と慕われています。
  • また、小樽商大が輩出した作家・伊藤整は、石原氏が『太陽の季節』でで文壇デビュするにあたり、その才能を高く評価し強く後押しされたことも有名です。
  • 石原氏のミリオンセラーとなった小説『弟』(幻冬舎文庫)では、小樽時代の様々なエピソードが語られています。その中で同氏の自宅が緑町にあり、小樽商大グランドで石原兄弟が自転車の特訓をうけたこと、その後に地獄坂で裕次郎少年が思わぬアクシデントに巻き込まれたことが、忘れられない思い出として記載されておりますのでご紹介します。

石原慎太郎著『弟』

(幻冬舎文庫)より


北海道の小樽に住んでいた頃、私が小学校の三年生、弟が一年生の時のある土曜日の夕方のことであった。

だいぶ以前に買ってもらいながら二人ともまだうまく乗りこなせずにいた自転車を、どう思い立ってか父が二人を近くの小樽高商まで連れていき、なんの障害物もない広いグラウンドで、乗り手がきちんと座るまで後ろから車を支えその後押すようにして突き放し、左右関係なくとにかく前に向かって走らせ平衡感覚を身につけ乗りこなさせるという、乱暴だが効果のある訓練をほどこしてくれた。

二、三度転びはしたがその内に要領を覚えて、気づいてみると呆気ないほど早く自転車を乗りこなせるようになっていた。

(中略)

あの自転車のための特訓もそうだったが、広い校庭で左右意のままに車を操って走りながら、父親という大人の知恵と強引さに感心し感謝したのを覚えている。ようやく自在にグラウンドを走り回る二人を見て父も満足そうだった。

その帰り道、高商から家までの坂道を親子三人で自転車を押しながら歩いていたら、ゆるやかな勾配のあたりで弟が覚えたばかりの自転車の楽しみを待ち切れずに自転車に跨って走り出したのだ。

覚えたてながら運転はもう危なげには見えなかったが、ゆるやかながら坂は坂で、あっという間に加速がつき私も父も固唾を呑むほどの速度になった。

そしてその向こうはさらに落ち込むような急な勾配の坂だった。 父が「ブレーキ」と叫び、私もそれを真似て彼の後を追うように走りながら、 「おーいブレーキ、ブレーキをかけろ!」と叫んだ。

その声が届いたのか、車の速度に気圧されたようにサドルの上で身をそらしていた弟は両手で力一杯ブレーキを握り締めた。

次の瞬間、自転車はつんめるようにして止まったが、弟の体は嘘のように車を飛び越して道の脇の草むらに頭から突きささっていった。

何十メートルほど離れていただろうか、草むらに転げ落ちた弟に向かって走りながら、私は今見た恐ろしくも呆気ない光景を何度も反芻していた。あの時眺めたものの印象をなぜか後々忘れられなかった。

北海道独特のあの肌に心地好い夕霧の湧き出した坂道の彼方に、失われようとするもののように弟の姿が吸い込まれていく。 突然で意外なその出来事を私は茫然と眺めている。あの体が痺れていくような喪失感を、私はなぜか彼の生前にも何度となく思い出したものだった。

(文庫本 少年期 13~15ページ)