第41回 夏の札幌支部訪問篇

緑丘戦没者慰霊塔に参拝

副支部長 尾形 毅(平成元年卒)

緑丘みやぎ往来通信 夏の札幌支部訪問篇

<札幌支部との交流会報告>

私、尾形は、さる平成25年8月12日(月)に札幌支部を訪問。突然の訪問にも関わらず、福井芙美子副支部長と小西一郎先輩が、札幌すすきの「双子山しょうじ」で交流会を設けてくださりました。 わざわざ駆けつけていただいた両先輩に心より感謝いたします。お二人とは春の札幌支部講演会以来の再会となり、お会いできて本当に良かったです。近時、フェイスブックや相互訪問の交流を通じて、宮城支部と札幌支部が益々親密になっていくことをたいへん嬉しく思っております。

さて、緑丘会の諸行事では、従来の地区単位での会員活動に加えて、フェイスブックやホームページが急速に浸透してきたことにより、会員が自発的に支部の垣根を超えて相互訪問する形で新たな緑丘交流が各地で展開されるようになってきました。その先鞭をつけたのはわが宮城支部であると自負しておりますが、札幌支部でも、先般の暑気払い会の大成功に続いて、これからたくさんの会員交流イベントを新規に企画されているとのことです。

福井先輩と小西先輩とは、従前では到底考えられなかった会員の広域交流の動きを緑丘会の活性化に結びつけるため、フェイスブックやホームページでの広報活動をしっかり行っていくことが大切であること、具体的な方策としては、小さな会員交流会でもその都度、支部から情報を開示すること、アクセス管理者を複数名配置してタイムリーに情報を開示していくこと、グーグルなどの無料サイト(クラウド方式)を使ってホームページ運営コストやサーバー負担を大幅に削減するなどのアイディアを出し合いました。

さて1次会の後、小西さんと尾形はすすきので3次会まで語り合い、3軒目は商大OB・帰山利文さんのお店「怪物LAND」で演劇戦線OBの沼田博光さんとOGの伊藤恵美子さんと思いがけずに合流、商大交流を深夜まで熱く深めました。 このあたりはさすが商大らしいです。

<緑丘戦没者慰霊塔への参拝>

翌日13日(火)は、昼過ぎに札幌から小樽、そして母校・商大へ。

まずは、前夜の宴の余韻がまだ残る体を引きずって祝津海岸へ。オタモイ・赤岩から吹いてくる潮風にあたり、沖のヨットと増毛の山々を眺めながらしばし休息しました。

そして夕暮れ時に、緑丘キャンパスへ登りました。そうですね、小樽では夕日は裏山に沈むのでしたね。日が沈みかけたキャンパスには、北国の夏特有の肌に心地よい涼風が駆け抜けていました。

今回は札幌支部の皆さんから、終戦記念日の15日正午に商大構内にある緑丘戦没者慰霊塔で慰霊祭が開催されるとの案内いただいておりましたので、この機会に一足早く参拝し、先の大戦で若い命を犠牲にされた347名の諸先輩方に祈りを捧げました。

「戦の野に果つるとも 若き命 この丘にとヾまりて 消ゆることなし 友よ 安らかに眠れ」(慰霊碑文)

福井副支部長によると、毎年開催されるこの慰霊祭には遺族の方々が参列されておりますが、学徒出陣等で若くして亡くなられたため妻子ではなく、親御さんやご兄弟姉妹が参列されてきたようです。慰霊塔の中にあるローソク台は、山形県から小樽高商へ進学されて戦場で亡くなられた先輩のお母様が寄贈されたものでした。時代を越えて、同じく東北の地からここ緑丘に進学した者として、お母様のご子息への深い哀惜の念には心から感銘を覚えずにはいられませんでした。

出征・戦没された先輩方は、私にとっては祖父、現役学生にとっては曽祖父の世代にあたる方々ですので、高齢化とともに慰霊祭の参列者が急速に減少しているとのこと。こうしたことから今年は、札幌支部が慰霊祭への出席を幅広く呼びかけ、北海道新聞やNHK札幌放送局でラジオ深夜便やニュースでも取り上げられたそうです。大戦と緑丘の歴史をしっかり語り継ぐことの大切さを改めて感じた次第です。

私も商大を卒業して25年、在学当時、慰霊塔を囲んでいた幼木の白樺の木々もすっかり大きく成長していました。

<平成25年8月15日(木)に開催された緑丘戦没者慰霊祭の様子は下記の動画をご覧ください>