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哲学史講座⑨ フランス唯物論から社会主義思想へ

2013/01/10 3:13 に 山根岩男 が投稿   [ 2013/06/12 21:54 に更新しました ]



フランス唯物論から社会主義思想へ                                                                    
 
 12月22日に年内最後となる哲学史講座の第9講が開催されました。今回は18、19世紀のフランス唯物論とドイツ観念論を学びました。

1.近代哲学の流れ
 近代哲学の大きな流れは、イギリス唯物論(ホッブス、ロック)に始まり大陸の観念論(デカルト、スピノザ)を経てフランス唯物論に至り、それに対抗してドイツ観念論が誕生しそれを乗り越える中で弁証法的唯物論が誕生します。言わば哲学の根本問題たる「唯物論と観念論」の対立と闘争の歴史でした。

2.フランス唯物論
 フランス唯物論は、認識論としてはイギリス経験論を継承しながら自然観においてはデカルトの機械的自然観に立ちました。それゆえ認識論としては機械的唯物論、形而上学唯物論、決定論的唯物論という「固有の狭さ」をもつ唯物論であり今日において学ぶべき遺産を持ちません。

3.ルソー、バブーフと社会主義
 しかしフランス唯物論のもう一つの側面であるフランス啓蒙思想は、フランス革命をもたらし、18世紀を「フランスの世紀」とする偉大な成果をもたらしました。ルソーの「人民主権論」と「平等思想」はフランス革命を貫く思考となり、ここに哲学の根本問題の第二の側面である「思考と存在の同一性」を実践的に提起するに到りました。彼は自然法思想を否定し、唯物論的人間論を打ちたて自由、平等を論じ、百科全書派による政治的平等に留まらず、経済的平等までをも主張し社会主義思想に道を開きました。また彼の人民主権論はロック流の間接民主主義による代表制の欺瞞を指摘する直接民主主義を主張し、「人民の人民による人民のための政治」を理論的に探求しました。その中で「一般意思」(人民の真にあるべき意志)の理論を展開し、人民主権とは一般意思を統治原理とする「治者と被治者の同一性」を実現する権力である事を解明しました。

現実的には1792年のサン・キュロットによる王制廃止と第一共和制の樹立、93年のジャコパン独裁の下でルソーの思想を体現した93年憲法が制定されますが、ブルジョアジーのクーデターによりブルジョア権力が確立。再度革命に立ち上がったのが、いわゆるバブーフの「平等のための陰謀」でした。彼はルソーの理論を徹底させる事により財産共有制の社会主義思想を主張し、フランス革命を完成しようと考えますが捕まり処刑されます。その後ブオナロッティが彼の思想を広め、1871年パリコミューンに結実する事になります。「ルソーの思想及びバブーフとブオナロッティはルソーとマルクスをつなぐ橋渡しをしたという意味においてもっと注目されてしかるべき存在」と講師は強調されました。

4.ドイツ観念論
 ドイツでは観念論としてであっても哲学革命を引き起こしました。それはルソーが実践的に提起した「思考と存在の同一性」を理論的に提起した事と「思考の最高の形式」である弁証法を取り上げる事において行われました。

 「フランス革命のドイツ的理論」と称されるカントは、その認識論においてヒュームの不可知論を肯定し観念論的に逆立ちした「コペルニクス的転回」を主張し、普遍性や必然性は客観的なものではなく悟性の思惟形式であるカテゴリーの作用において認識される主観的なものと考えました。また彼は「アンチノミー論」において経験的事物を超えた理性的対象は認識しえないとする不可知論を唱えました。一般的には、「事実の真理」の認識を否定していると説明される不可知論ですが、講師はカント不可知論が「最も問題なのは、経験を超える当為の真理を認識しえないとする事で、理想と現実の問題から目を背けている事ではないか」と提起されました。しかしカントは「判断力批判」の中では、部分的であっても理想と現実の統一を認めており、後にヘーゲルから「二元論的体系」と批判される事になります。

 今回は、フランス唯物論から社会主義思想への思想史としての連続性と、哲学の根本問題の具体的展開を学ぶ事ができました。
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