哲学講座「時代を哲学する」第8講「水が売られる」

投稿日: 2019/05/23 4:51:30

新自由主義の最初の実験場となったのが、「アメリカの裏庭」といわれた中南米。堤未果著『日本が売られる』と伊藤千尋著『反米大陸』を紹介しながら講義はすすめられた。

1980年代にメキシコやブラジルなど債務危機に陥った国の経済を建て直すとして、アメリカ主導の世界銀行とIMF(国際通貨基金)は、融資条件として新自由主義を押しつけた。 世界銀行とIMFは、水、土地、教育、福祉などの公共事業を民営化し、多国籍企業に国土を切り売り、国民にツケを押しつけた。その結果、1983年に「IMF暴動」と呼ばれる争乱が相次ぎ、1987年までの5年間に中南米の8ヵ国でIMFに反対する左翼政権が誕生した。

ボリビアでは「水戦争」「コカ戦争」「ガス戦争」が引き起こされた。IMFは、債務返済のための条件として水道事業の民営化を要求、ボリビア政府はアメリカ系の会社に水道事業を売り渡し、料金は一気に値上がりする。採算の取れない貧困地区の水道管工事は一切行われず、月収の4分の1にもなる水道料金を払えない住民が井戸を掘ると、「水源が同じだから勝手にとるな」と、ベクテル社が井戸使用料を請求してくる。最終手段で彼らがバケツに雨水を溜めると、今度は1杯ごとに数セントを徴収した。2000年には数万人規模のデモ、政府は高い犠牲を支払って再び水道を国営に戻した。

これが「水戦争」。コカは高地に住む先住民の高山病をいやす薬、アメリカは米軍を派遣してコカ畑を焼き払い、枯れ葉剤を空中散布。怒った国民は抗議行動に立ちあがり、農民組合代表で社会主義者のモラレスが「コカ戦争」のリーダーとなる。2003年政府は、天然ガスを安い価格でアメリカに輸出しようとした。国民は、なけなしの資源が奪われると抗議して「ガス戦争」を展開、ついにボリビア全土の蜂起で大統領はアメリカに亡命し、モラレスが2005年大統領となり、「新自由主義の経済体制を終わらせる」と宣言。

伊藤氏は「グローバリズムのなか、アメリカはかつて中南米で行ってきたことを、今や世界に広げようとしている。だから、過去の中南米の歴史を見れば、アメリカがこれから世界で何をしようとしているのかが見える」。

新自由主義は日本でいま繰り返されようとしている。昨年12月、自民、公明、維新などが改定水道法を成立、水道事業の広域化や民間参入を促進するもので、市町村が経営してきた水道事業の運営権を、期限付きで民間企業に売却する「コンセッション方式」の導入をより容易にするもの。

いま新自由主義に「命の水」が売られようとしている。世界銀行副総裁だったイスマイル・セラゲルディンは「20世紀は石油を奪い合う戦争だった。21世紀は水をめぐる戦争になる」と述べ、水は21世紀の超優良投資商品になろうとしている。民営化されると水道料金は高騰し、サービスは低下、財政も不透明化する。一度民営化した水道事業を再び公営に戻すと、莫大な違約金を支払わされる。

始まった反撃

各国民の新自由主義への反撃が始まっている。2000年から2015年の間に、世界37ヵ国235都市が一度民営化した水道事業を公営に戻している。パリでは2009年、25年間続いた水道事業の民営委託に終止符が打たれる。市長は水道再公営化を公的に掲げ当選、運営を民主化し、財政内容も全て市民に公開した。その後世界各地の自治体がパリに続き、今もその数は増え続けている。

日本は「水と安全はタダ同然」だったが、麻生副総理は2013年、ワシントンの戦略国際問題研究所の席で、日本の水道事業を全て「民営化します」と発言。日本政府はフランスの企業に水売りのために日欧EPA(経済連携協定)で交渉を開始、2018年署名した。これにより水道料金は厚労省の許可がなくても、届けさえ出せば企業が変更できるようになり、ウォール街の投資家を喜ばせた。また上下水道や公共施設の運営権を民間に売る際は、地方議会の承認不要に、さらに災害時に水道管が壊れた場合の修復も、国民への水の安定供給も、どちらも運営する企業でなく、自治体が責任を負うことに。

浜松市では下水道にコンセッション方式を導入した市長が、市民の反対運動の前に水道事業への導入の当面延期を表明した。昨年から反対運動を展開している「市民ネットワーク」は、民営化計画中止を求める1万2000人分の署名を提出し、さらに2019年1月に「命の水を守る全国のつどい」を開催し、600人が集まった。

市民と野党の共闘の共同政策の1つに、命の水を守る課題を付け加えていかなければならない。新自由主義に日本の水を売り渡すことは、日本を売り渡す第一歩となる。