「一粒の麦」NO.229 会長エッセー 違和感の話

2015/02/26 1:17 に 山根岩男 が投稿   [ 2015/03/18 22:57 に更新しました ]

「イスラム国」による人質事件はやりきれなさと同時に幾重もの違和感を感じる。まずはイスラムの名前で、あのような事ができるのであろうかという事である。どのような組織でも過激と穏健が存在するようであるが、イスラムの名前を使ってイスラム教を貶めようとしているような違和感を覚えるのである。
 高遠さん人質事件
 次に違和感として感じたのは、2004年の「高遠菜穂子さん人質事件」との比較である。あのときは「自己責任」の大合唱であった。2003年から始まったアメリカによるイラク侵略はイラクの人心を破壊していった。その中で高遠さんは、ストレートチルドレンに心を寄せてその養生に努めていた。教育や医療にも心を砕いていたという。そのヒューマニストをまるで犯罪人であるかのように扱ったのである。
 時の小泉首相は、即座にアメリカのイラク戦争を支持し協力を約束し実行した。イラクに派兵さえおこなったのである。高遠さんを人質にした集団の要求は「自衛隊はイラクから撤退せよ」だった。この時の「自己責任論」は、「自衛隊派兵」という憲法違反に批判が向かないように権力をあげての世論操作だったのではと思えるのである。今回は「自己責任」はなく、後藤さんのヒューマニストぶりを取り上げ、「イスラム国」の非道さをクローズアップし、自衛隊の活動領域の拡大強化を狙っている。人質の扱いの違いに、権力の思惑が見え隠れし違和感を感じるのである。
 国の残虐ぶりは許されるのか
 もっと違和感を感じるのは、私的な武装集団のテロは残虐で、国による武力攻撃は残虐ではないのかという事である。アメリカによるベトナム侵略やイラク侵略のいずれもでっち上げによる武力侵攻であった。ベトナム侵略は、アメリカの艦隊がベトナムから受けた攻撃への報復という図式を描いた。ニューヨークタイムズが社運をかけて、でっち上げであった事を明らかにした。イラク侵攻は、イラクが大量破壊兵器を持っておりその廃棄を求めるというものだった。しかし国連の査察団は「大量破壊兵器はない」と結論をだした。その報告も無視をしてブッシュ大統領は武力攻撃をはじめた。
 その結果がどうであったかいうまでもない。両国とも無残きわまる状況に陥った。そして、イラク侵攻は「イスラム国」という鬼っ子を生み出した。このアメリカによる武力攻撃は残虐非道ではないのか?支援したのはどこの政府であるか!日本政府は未だにこの戦争支援の総括をしていない。強烈な違和感を感じるのは私だけであろうか?
自分たちの残虐非道を隠すのか
 安倍首相の不用意な言動がこの事件を引き起こしたという批判も出されている。すでに拘束されているという情報を得ていながらの中東歴訪にも違和感がある。しかし安倍氏についてはそれだけではない。アウシュビッツを訪ねて、このようなことを繰り返してはならないという趣旨の談話を出したが、日本のアジア侵略には反省どころか「正しい戦争だった」と言い張る靖国神社を参拝する。今度の結末を残虐非道という認識があるなら、日本の侵略戦争の残虐非道に正面から向き合わなければならないだろう。

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