「一粒の麦」NO.245号 会長エッセイ 信念の人 重村幸司

2016/06/30 1:36 に 山根岩男 が投稿

 1974年10月30日。ザイール(現コンゴ共和国)の首都・キンシャサの夜。
   独裁者モブツ大統領が国威発揚と、国名を世界に宣伝するために企画したプロボクシング・ヘビー級世界戦が行われた。世界が注目し日本でも実況中継された。
 チャンピオン=ジョージ・フォアマン対挑戦者モハメド・アリの一戦だった。その日は有給休暇をとって、独身寮でひとりジリジリしながら試合開始を待った。
 ボクシングの試合観戦を楽しむためだけではない。ベトナム戦争のただ中、「ベトナム人を殺す理由はない」と兵役を拒否して5年の禁固刑を受け、ボクサーライセンスとチャンピオンベルトを奪われたモハメド・アリ。その美しい信念に感動していた。信念の人の、ボクサーとしての最期の姿を正座しながら敬意を払って見送るつもりだった。
 アリが勝てる可能性はゼロのように思えたからだ。

 ジョージフォアマンは、彗星のごとく現れた怪物だった。アリに初めて黒星をつけた「スモーキン・ジョー」ことジョー・フレイジャーを2ラウンドでノックアウトした。その戦慄のシーンは忘れられない。アッパーカットでチン(あご)をはねあげると100㎏を超えるジョーの身体が浮いた。スモーキン(機関車)と呼ばれた屈強な大男がひざをガクガクさせながら倒れた。なんという・・・。アリを散々苦しめたケン・ノートンも子どものようにあしらわれた。

 アリは現役時代、「蝶のように舞い蜂のように刺す」と自分のボクシングスタイルを吹聴した。実際そのように美しく闘い相手をマットに沈めた。ヘビー級ボクシングの変革だった。しかし、5年の禁固刑(3年7ヶ月で復帰)を受けて往年の動きは失われていた。兵役拒否のツケは補いようものない。フォアマンに2回でノックアウトされたフレイジャーに敗北した。フォアマンに対抗できるとは思えなかった。
 何ラウンドにどんなパンチでアリは砕けるのか?

 試合が始まると、予想通りフォアマンの怒濤の攻撃だった。フォアマンはボディーへ顔面へパンチを振るった。アリはロープに身体をあずけてガードを固めた。そして、わずかな緩みを逃さずワンツーを叩いた。叩いては亀になった。その繰り返しだった。
 打っても打っても決定的ダメージを与えられないフォアマンの心身は疲れた。そして8回、アリは残り10秒のとき渾身のワンツーパンチを打ち込んだ。蜂のように刺したのだ。フォアマンは現実が信じられないかのようにゆるやかにマットに沈んだ。そのままテンカウントを聞いた。なんという・・・。「キンシャサの奇跡」が起こった。

 アリは人生をかけてベトナム反戦を貫いた。人種差別に怒りをぶつけた。
 アメリカはベトナム戦争に敗北し撤退した。黒人のオバマ氏が大統領になった。アリの信念は形になって実を結んだ。アリの生き方に世界は称賛した。
 6月3日、アリは逝った。世界が泣いた。ありがとう信念の人。

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