「一粒の麦」NO.244号 会長エッセイ 「働くものの文化」の話 重村幸司

2016/06/01 0:27 に 山根岩男 が投稿
 職場における文化サークルはすっかり影を潜めてしまった。労働者らしい思想・文化運動が廃れた分だけ、エロ・グロ・ナンセンス文化が幅を利かせている。その結果、おぞましいほどの退廃文化が労働者の心身を侵食している。

 かって職場では無数の文化・スポーツサークルが活動していた。労働組合のナショナルセンター・総評は、あらゆる文化部門のコンクールを催していた。各労働組合から、玄人はだしの作品が応募されていた。その創作活動は労働者の思想や人格形成、そして運動に大きな影響を与えていた。
 所属していた国鉄労働組合も思想・文化運動に力を入れ、各サークルの自主性を尊重しながら奨励・援助をしていた。中央本部も地方本部も文化誌を発行して、文化活動を紹介し普及に努めていた。
 サークルは、職場男声合唱団・国鉄広島ナッパーズ、作家集団、写真家集団、漫画集団、演劇集団、コント集団、詩人会議らが組織され活動していた。歌人や俳人もいた。大衆性・階級性・芸術性を併せもち、働くものの悲喜こもごもを謳いあげ、生きる希望を語り労働の誇りを讃え闘う勇気を鼓舞した。
 また、職場新聞作りの講座を開き発行を促した。職場新聞が仲間の心をつないでいった。プロのアナウンサーを講師に招いて「話し方教室」も開いた。各人に備わっている能力の発掘や表現力の育成・向上をめざしたものだ。自分を知り、磨き、自己変革をし、その能力が社会進歩と結びつく時、真の生き甲斐のある人生を得ることになる。そこに労働者の思想・文化運動の深い意義と重要性がある。

 いうまでもなく現代社会は資本主義という階級社会である。搾取をめぐり厳しい対立関係にある。だからこそ、資本の側からの思想攻撃はマスメディアや社内報によって一秒たりともやむことはない。未来を担う青年が結婚すらできない状況に追い込まれながら、「自己責任」といわれ、出口のない闇の中をさまようことになる。
 マルクス曰く、「一方の側に冨が、搾取される側には、貧困・労働苦・奴隷状態・無知・粗暴・道徳的堕落が蓄積される」という。無惨にもまさに現実である。  
 労働者文化の再興が求められている。
 労働者文化とは何かと問われれば、その形の一つは男声合唱団・国鉄広島ナッパーズとこたえる。「一粒の麦」の読者の方は、一度は聴かれたことがあるのではないだろうか。高田龍治・山上茂典・くまがいゆうじなど自前の有能な作詞家や作曲家がおり、自前の創作曲も多い。美しく力強いハーモーニーで聴くものの心を揺さぶる。
 彼らの歌声によって、感動の涙をふく聴衆の姿を何度もみた。心に清々しい風が吹き渡り、労働者としのて誇りと連帯がよみがえる。      
 働くことで社会を発展させ、闘うことを通じて社会を進歩させる労働者の崇高さを描き出し確認しあいたいものである。
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