日々‎ > ‎

哲学講座⑮ 科学的社会主義の発展のために

2013/07/10 23:01 に 山根岩男 が投稿   [ 2013/07/10 23:06 に更新しました ]
   6月22日に本講座のまとめとなる最後の第15講の講義が行われました。第1に、科学的社会主義の哲学は2600年の哲学史の総括から生まれた「最後の哲学」であり、「最も発展した、最も豊富な、最も深い哲学」であることが論証されたことが確認されました。
   すなわち、科学的社会主義の哲学は、弁証法的唯物論と史的唯物論という「思考の最高の形式」を手にすることによって、真理を探究するうえでの「最も発展した哲学」となりました。またそれは同時に、この真理探究の最高の哲学によって、自然、人間、社会という世界のすべての構成部分について真理を探究しうる「全一的な世界観」として、これまで哲学史上で問題とされたテーマのすべてを含む「最も豊富な哲学」となっています。とくに史的唯物論によって人間社会の一般的運動・発展法則を解明した功績はおおきく、それはまた人類、社会、国家の誕生の秘密を唯物論的に解明することになりました。また弁証法を駆使してうまれた剰余価値学説により、人類史上はじめて資本主義の運動法則が解明され、資本主義の歴史的限界と社会主義への発展の必然性が科学的に明らかにされました。また、カテゴリー論においてもヘーゲルの哲学的カテゴリーに社会的、経済的諸カテゴリーを付加することで、最も豊富なカテゴリーをもつことになりました。したがって、科学的社会主義の哲学は2600年の哲学史を総括する「最後の哲学」として「一見過去のものであるように思われるすべてのものが保存され、含有され」ているばかりでなく、より発展したものに高められており、さらに現代観念論のあらゆる攻撃との論争をつうじてより深く、より強固なものに発展した「最も深い哲学」になっていることが論証されることになりました。
  
   第2に、「歴史とともに進行する不断の進歩と発展を特徴としている」ことを証明するうえで、①社会主義論 ②思考と存在の同一性 ③唯物論と観念論 ④弁証法の定式化 ⑤科学的社会主義の人間論、の5点について問題提起がなされました。  
   まず社会主義の原点は人間を最高の存在にする真のヒューマニズムの社会であり、従来の3つの基準はそれを実現する手段にすぎないこと。科学的社会主義の哲学は何よりも革命の哲学であり、思考と存在との同一性の問題もその観点から論じるべきであること。唯物論か観念論かの対立には、世界の根源性の問題と同時に認識の源泉性の問題があり、科学的社会主義は、このいずれの問題でも唯物論にたつことで唯一の真理認識の思惟形式に到達したこと。弁証法の定式化は未完の作業であるが、その基本法則は対立物の統一であり、その展開として対立物の相互浸透と対立物の相互排斥があること。レーニンの3つの構成部分には問題があり、人間論は人間解放を唱える科学的社会主義の本質的構成部分であることが明確にされねばならないこと、などが明らかにされました。 
    最後に講師は、哲学史を学ぶ意義について、ヘーゲルの言葉を引きながら「時代の精神をとらえ、それに現実性を与えること」にあり、社会変革のために「いかに生きるべきか」を探求しようとのよびかけで、講義を結ばれました。

 「哲学史の研究こそ即ち哲学そのものの研究」(ヘーゲル)を実感した今回の講座でした。「不断の進歩と発展」のために哲学史の研究は不可欠です。今回の問題提起を機に、議論の発展を望むものです。――この講師の言葉をしっかりと受けとめたいと思います。今回これまで「講座レポート」を作成してきた宮中翔さんが、編集委員会を代表して執筆した新刊『科学的社会主義の哲学史』(10月出版予定)の「あとがきにかえて」の文章を最後に引用しておきます。「 本講座のおかげで2600年の哲学史の旅に出た私たちが、今こうして旅を終えて言えることは『真理の持つ力は永遠にして、無限』であり、『真理は必ず勝利する』ということです。科学的社会主義の学説は『人間解放の学説』です。そしてこの学説は2600年に及ぶ『人類の価値ある知識の発展的継承者』として現代において唯一つ『最も発展した、最も豊富な、最も深い哲学』だということが本講座を通じて見事に証明されました。それは同時に、この哲学を自らの生きる指針にすることこそが『最も人間らしい、最も価値ある、最も生きがいある人生』を歩む道であることをも証明したと言えるでしょう」。
Comments