NO.219 会長エッセイ ふるさとの歴史3 方言の話

2014/04/23 20:52 に 山根岩男 が投稿   [ 2014/09/09 0:12 に更新しました ]
  方言が見直されている。標準語だけの世界になったら味気ないだけでなく、的確な表現力を失うという危機感があるようです。本多勝一さんが、岐阜地方の方言の「ずぼる」について書いています。「ずぼる」とは、足が雪に埋まり込む様子をいうのだそうですが、なるほどこれほど的確な表現はない。方言をもって日本の言葉であり文化だという意味がわかる気がします。そこには各地の気候・風土があります。
 今は死語ですが、心に残っている方言は「ひゃこる」。子どもの頃には「ひゃこる」はよく使われました。遠くの人を大声で呼ぶ行為をさします。島根県の益田市と浜田市の間に、三隅(現浜田市)という町があります。その地域のバス停には「ひゃこるバス」と書いてあります。バス停でなくても呼べば止まる利用者おもいの奉仕をこの名前で表しているのでしょう。方言を死語にしないという意志が感じられます。

ひゃこるの語源推理
 「ひゃこる」は第二の故郷・六日市町(現・吉賀町)の町史には掲載されていませんが、最近合併した隣の柿木村の方言集には載っています。石見地方の方言の代表格で、六日市町が書き忘れたということは考えられません。出雲地方で東北弁が使われていることを思うと、狭い範囲の中の隣町で違うというのはちょっと不思議です。「ひゃこるの語源」を検索しました。ひゃこるは出てきますが、語源は「わからない」となっていました。次に「古語事典ひゃこる」で検索しました。ここでもでません。ついに本屋で大型の古語辞典を立ち読みしましたがやはりありません。なぜ古語辞典を検索したかといえば、ひゃこるは漢字で「百呼る」の古語ではないかと思えるからです。遠くの人を百回くらい呼ぶうちに、風に乗ってようやく伝わる様子からの言葉ではないか?かっての暮らしなら考えられることです。子どもの頃、手でメガホンを作ってひゃこった日常が思い出されます。
発音は三つ子の魂
 どこの出身かというのは、言葉そのものでなくアクセントやイントネーション・発音でもわかるもので、言葉は標準語を使っていても語尾などにふるさとがでます。
 イントネーション・発音などは3歳までに決まるそうで、それを体感しています。ワープロで文章を作るようになって、それがわかりました。ふるさとの町史の方言欄に吉賀地方の発音として~ろ・ど、ぜ・だ、で・ぜ、ぞ・ど、れ・で、などの発音があいまいとありました。「想像」あるいは「創造」を打つとき必ず「そうどう」と打ってしまうのです。「全体」を「でんたい」、「行動」を「こうぞう」、「現像」を「げんどう」などです。何回まちがってもその都度まちがうのです。労働組合の大会で、「・全体が・」もしくは「・連帯が・」と演説したとき、あとから速記の方がきて「連帯ですか全体ですか・・」と問い合わせにきたことがありました。そのときは滑舌が悪かったかなと思いましたが、町史を読んでわかりました。この発音が染みついているのです。三つ子の魂百までです。
 アナウンサーの言葉以外はみんな方言で、それこそ日本の言葉です。多彩な気候・風土が言葉も発音も違うものを作り出しました。方言の由来も楽しみたいものです。
                                          会長 重村幸司 
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