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憲法のつどいひろしま2012

2012/11/04 3:22 に 山根岩男 が投稿

 

 11月3日、広島県9条の会ネットワーク主催の「憲法のつどいひろしま2012」が広島市中区の原爆資料館メモリアルホールで開かれ、会場いっぱいの320人が参加、高橋哲哉東京大教授の講演に熱心に耳を傾けました。

 高橋教授は「広島・沖縄・福島をつなぐもの 縁の糸を結び直すために」と題して次のように講演した。広島・沖縄・福島をつなぐものは「核」で、広島は原爆、沖縄は核兵器、福島は原発。沖縄の米軍基地、福島の原発事故には「犠牲のシステム」がある。「犠牲のシステム」はある利益が別の人の犠牲の上に成り立つ、犠牲になるのは生活、健康、財産、生命、人としての尊厳、生きる希望・・・。

 戦後の日本は日米安保で守られてきたといわれるが、昭和天皇が発した1947年の米軍による沖縄占領を望むメッセージから始まり復帰後も74%の基地が沖縄に集中、沖縄の犠牲のうえに成り立ってきた。平和的生存権がなければ人権の保障もない。民主党・鳩山首相は「少なくとも県外移設」と言った途端にアメリカ・日本国内からも批判をうけ実現できなかった。沖縄は10万人の県民集会はじめ怒りが渦巻いている。オスプレイ配備、女性暴行事件、夜間外出禁止令にもかかわらず中学生暴行事件が起きた。日米安保を廃棄し、平和友好条約にかえる。政府の政策をかえさせる、ちゃんとした護憲の政権をつくらないと本土と沖縄の差別はなくならない。

 原発も「犠牲のシステム」だ。まず過酷事故。2つ目に労働者の被曝、福島第1原発では1日3000人が働いており、そのうち6割は地元福島県民。3つ目にウラン鉱石を採掘する労働者、環境汚染がすすみ先住民が犠牲になっている。4つ目は放射性廃棄物、核のゴミだ。再処理は技術的に無理、高レベル廃棄物が列島中にため込まれている。

 犠牲は正当化できない。平和的生存権が脅かされ人権侵害だ。原発は憲法違反だ。責任をどう考えるか。国会事故調査委員会は明確に「人災である」と報告した。何度も指摘されたにもかかわらず対策を怠ってきた政府、東京電力、原子力保安院、メディア、どこも責任をとっていない。

 責任には法的、政治的、倫理的責任があるといわれる。政治的、倫理的責任はほとんどの人にある。国策としてすすめられたのに無関心で放置してきた国民は、政治的責任を追及する責任、原発をやめさせる政権をつくる責任がある。法的には民事責任=損害賠償、東電にある。刑事責任=人災であり、避難にともなう死亡、自殺、避難や健康被害、今年6月に1300人が東電などを告訴した。倫理的責任は許されないから人権を大切に、原発をやめさせることだ。

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