問題の根源は、スタッフ機能なるものが存在するという考え方にある。存在するものはマネジメントの機能だけである。事業を生み出す機能のマネジメントと、事業に何かを供給する機能のマネジメントだけである。
そもそもサービス機能はトップマネジメントのものではない。本社に属すべきものでもない。サービス機能は全体としての事業に影響を与えない。手法や道具を扱うにすぎない。それらは現業の経営管理者を助けるためのものであって、現業の経営管理者の道具として組織すべきものである。
たとえば、事務の合理化のためのセクションを各部門共有のものとして設け、受益者たる各部門が費用を分担し、担当者も交代で出すことが考えられる。
それでも大企業には、本社スタッフの必要性は残る。事業の主要な領域の目標について責任をもつCEOチームのメンバーは、それぞれ少数の一流スタッフを必要とする。しかし数人の規模を超えてはならない。 一言でいうならば、本社スタッフは、現業の経営管理者のためのサービススタッフではなく、トップマネジメントのための助手である。
各部門が共通で行わなければならないような仕事を一か所に集めることによって効率化しようという考え方はわかりやすいですし、それ自体をドラッカーは否定しているわけではありません。上記のように事業に何かを提供するサービス機能としてマネジメントが必要だとしています。
ただ、そのサービス機能を本社スタッフの仕事にしてはならないと言っているのです。それらサービス機能は、そのサービス機能を利用する部門がどのように組織すべきかを決めるものだし、そのサービス機能を維持するための資源は利用部門が供出すべきとも述べています。
本社スタッフとしての仕事にしてしまうと、どうしてもCEOチームのメンバーの誰かがその長となりやすく、本来のCEOの仕事(事業全体の目標設定や、意思決定とその検討など)をする時間も余裕もなくなってしまうからです。
2013/8/30