顧客にとっての価値は何か

20世紀の初め、シアーズは、アメリカの農民が孤立した独自の市場を形成しているとの認識から事業をスタートさせた。当時の農民は既存の流通チャネルでは到達できないという意味で孤立した市場だった。また、都市の消費者とは異なるニーズを持つという意味で独自の市場だった。全体としては、未だ手のつけられていない膨大な潜在購買力を意味した。

農民は信頼できる正直な売り手を求めていた。地理的に隔離されていたため、購入前に商品を調べることも、だまされたときに訴えることもできなかった。

したがってシアーズは、農民相手の事業を開始するにあたって、五つの領域においてイノベーションを行わなければならなかった。

第一に、質、量、価格ともに農民のニーズに応える商品のメーカを見つけ、育てるという商品開発が必要だった。

第二に、大都市に買い物に行けない農民のためにカタログが必要だった。その目的は、カタログとその発行者に対する信頼を醸成し、農民を恒久的な顧客にすることだった。

第三に、昔からある「買い手の危険負担」を「売り手の危険負担」に変えることが必要だった。それが「委細構わず返金いたします」の意味だった。

第四に、通信販売の「発送工場」なくして事業としての展開は不可能だった。

第五に、人間組織を作り上げることが必要だった。シアーズがこの新しい事業に着手したとき、社内には必要なスキルがほとんどなかった。

マネジメント全体の総論が終わり、第4章から第9章までは「事業のマネジメント」についての記述です。第10章から「経営管理者のマネジメント」、第19章から「人と仕事のマネジメント」という構成になっています。

事業のマネジメントは「シアーズ」の事例から入っていきます。

シアーズは、アメリカのGMSで、日本でいうイオンやイトーヨーカドーに近い形態だと紹介されています。

ドラッカーによるシアーズのイノベーションの歴史は1900年代から始まっているとの認識です。最初は、農民相手の通信販売事業を始めたようです。

上に列挙した五つのイノベーションは、「実践するドラッカー」シリーズの編著者佐藤等さんによると、「イノベーションは自社の強みを基盤にして行うことが普通だが、当時のシアーズにはほとんど強みがなかったのにイノベーションに成功した。トップレベルのイノベーションといえる。」ということです。

日本とは比べ物にならない国土の広さをカバーする、しかも現在のように道路網や自動車、航空機などの移動手段がほとんど整備されていない中での事業ですから、それは困難を極める挑戦だったと推測できます。

2013/5/22