退屈しのぎに遊びましょ

この諍いの始まりが何だったのかと問われれば、それは「退屈」の一言に尽きる。オレも、相棒も、酷く退屈していたのだ。

オレと相棒が壊し尽くしたものは、思いの外大きすぎた。それが再び壊しがいのある物に育つまで、オレに取っては封印されていた時間の何分の一かの時間、相棒に取っては自身の生の倍もの間、待つ必要があった。それを退屈と言わずなんと言ったら良いのか。ただ漫然と待つには、それは長過ぎる時間だった。

禍々しい外観の城を再建して、絶望しきった人民を従えて、勢を尽くした寝室で惰眠を貪って、破壊衝動を誤魔化す為に体を重ねて、腹が減ったら世界各地から集めた美味を喰らう。そんな生活なんてつまらない。オレたちに引っ付いてくるゴミむしたちに好きにさせた結果、オレと相棒は、何もすることがなくなった。すぐに壊しても勿体無いのはわかっている。だが、他に楽しいことがないのでは、興醒めも良いところだ。

今日も今日とて、だだっ広い寝室で、捧げられた果実を摘みながら、オレと相棒は城下を見下ろして、退屈な時を過ごしていた。

寝室に有るのは、巨大な窓と、窓の下を見下ろせる、矢鱈と大きく豪勢な寝台。他には、今日のように捧げられた食事を置くためのサイドテーブル、それくらいだ。寝台の上で相棒と享楽に耽るのも悪くはないが、それも続きすぎると飽きが来る。

相棒はオレ以上に退屈そうな表情で、横になって目を閉じていた。オレはベッドに腰掛けて、相棒の赤い髪をそっと撫でた。邪魔者たちを喰い散らかし、こうして二人分かたれたは良いものの、暴れる対象もないまま、力を持て余すというのは健康に悪い。心無しか相棒の顔色も悪く見えた。元々健康的とは言えなかったがな。

「なァ、相棒」

「何、ギグ」

「……退屈、だよなァ」

「そうだね」

気怠そうに相棒は目を開けた。金の瞳が、所在無く空を見つめている。やっぱり、たまには運動しないとな。そんな腑抜けた顔してたんじゃあ、そのうち黴でも生えちまうってもんだ。

「久々に暴れてェよな」

「……我慢しようって言ってたのはギグじゃないの」

「ああ、そうだな」

「俺たちが暴れたら、全部壊れちゃうよ。折角二年も我慢したのにさ」

そう。二年。壊しがいのある物が育つには、あまりにも短い時間だ。でも、二年我慢しただけでこれだ。延々と我慢するには、今の生活はあまりに刺激がなさすぎる。運動不足で腐っちまう。だったら、この世界を、ゴミむし共を相手にしなきゃあ良い。簡単な話だ。

「……相棒よ、対象を変えりゃあ良いじゃねェか」

「……?」

少しだけ興味を持ったらしい相棒が、ニヤリと笑うオレを見た。さあ、乗ってこいよ。

「ゴミむし共を相手にするから、すぐ壊れちまうんだろ? だったら、そう簡単に壊れねェ相手と暴れりゃあ良い」

「……それって、つまり」

「……オレと遊ぼうぜ、相棒」

ベッドを降りたオレは、窓と、その後ろに控える城下町を背にして相棒に向き合った。それを見て、相棒は新しい玩具を見つけた子供のように笑う。オレの誘いは思った以上にお気に召したらしかった。

オレに続いてベッドを降りた相棒は、ベッドサイドに突き刺していた剣を手に取った。その剣は、久々に暴れられることを察してか、赤黒い靄を勢い良く吹き出し、喜んでいるように見える。

「ねえギグ、知ってるでしょ? 俺がいつか、ギグを喰いたいと思ってるって」

相棒はオレに背を向けたままだが、その表情を想像するのは容易い。楽しくて仕方ない、獲物を捕らえた蛇のような目をして、笑っているに違いなかった。

「ああ、そりゃあ知ってるさ」

当然、それを知っていて煽っている。相棒は、それはもう、この世界に匹敵する者などいないくらい強い。だが、オレには及ばない。だからこそ、互いの遊び相手に相応しい。

「……だったら、当然、喰われる覚悟が出来てる、ってことで良いの?」

相棒は、手に取った剣の切っ先をオレに向けて、やはり笑っていた。随分言うようになったじゃねェか。

「ハッ、笑わせんじゃねェ。お前、オレを喰らえる程、自分が強いとでも思ったか?」

「……体の鈍りきった神様程度、俺が倒せないとでも?」

質問を質問で返すなんて、躾がなってねェな。それに身の程知らずもこじらせてるとあれば、いよいよ救いがない。

「クックック……気狂いだとは知っちゃあいたが、ここまでとはな」

「ギグこそ、そこまで脳が天気だとは思わなかったよ」

口元も語り口も笑っていたが、互いの目は笑っていない。獲物を追い詰める獣のそれに近くなっていた。口をついて出る言葉が本心かそうでないかは、もはや問題ではない。互いを挑発して、形ばかりの怒りを溜め込んで、それを爆発させる心地よさに浸りたい。その為に、言葉を交わす必要があっただけなのだから。

「……」

「……」

ゆらり、相棒の持つ剣の切っ先がほんのわずかだけ下がる。それを合図に、オレは羽を開いて窓の外へ飛び出した。

「来いよ相棒! 遊んでやんぜ!」

ガラスの破片が舞う中、黒い剣を手にした赤い男がこちらに向かって跳躍した。それは、例えば城下町で労働に励む人民が見れば、一瞬影と影がぶつかっただけにしか見えなかったに違いない。オレがガラスを割って叫んだのと、相棒が跳んだのはほとんど同時。ついでに言えば、相棒がオレに七度の剣戟を繰り出して、オレがそれを正確に受け止めきったのも、ほとんど同時だった。

「ち」

「なんだよ、そんなもんかァ!?」

相棒を煽りながら、城の最上階にある寝室から中庭まで落下する。空は飛ばない。あくまで相棒のスペックに合わせて遊んでやる。そうでなければ面白くない。一方的に甚振るなんて、相棒相手には勿体無い。

「……言ってろ」

「ふん」

落下する数秒の間、相棒が幾度も斬りかかってはそれを防ぎ、あえて防戦一方に回ってやった。一撃一撃を盾に変形させた羽で防ぎつつ、まだまだこの程度じゃあ煽り足りてないと感じる。お前の強さはこんなもんじゃあなかったはずだろ。

「……」

中庭に着地すると、相棒は息こそ上がっておらず、表情も変わっていないものの、全く冷静でないことが見て取れた。

「……鈍ってんのは相棒の方みてェだな、軽くて話にならねェぜ」

「ははッ、本当だね」

笑い声は上げても、笑っていないのは明らかだった。剣から吹き出す靄が、さっきの打ち合いの中で解けた相棒の長い髪を揺らめかせる。より暗く、重い色合いになっていくそれが、相棒の心中を表しているに違いなかった。

「調子が戻るまで、付き合ってくれるんだろ?」

歪んだ口元、限界まで見開かれた金の瞳。オレを見据えるそれらが、あまりに醜くてゾクゾクする。虫も殺さないような顔の相棒が、憎しみと破壊衝動を剥き出しにする瞬間は、いつ見てもたまらない。

「ああ、当然だろ? それでようやっとオレが楽しめるってもんだ」

それを見るためなら、オレはいくらでもお前を煽ってやるぜ。そろそろ防戦一方のボーナスタイムは終了だ。オレは羽を変形させた黒い大鎌を手に取り、刃を相棒に向ける。

「……死なねェように気をつけろよ、相棒」

そう言うと、相棒は応じるように笑みを深くして、切っ先をオレの喉元に突きつけた。

「ギグこそ、喰われないように気をつけてよね」

やってみろよ、絶対に無理だろうけどな。

一体どれほどの間打ち合っていたのか。昼下がりと言った程度の時間帯だったのに、太陽はもうすぐ赤く染まりそうな頃合いになっていた。

諍いの舞台は中庭から城下町のはずれへと移り、逃げ惑う人々と瓦礫の山の中、オレたちは只管刃をぶつけ続けた。

途中、ゴミむし共が避難するのが見えたが、まあ、賢明な判断だろうな。巻き添えを喰らって数を減らされちゃあ、こっちも困る。

意地を張り続けながらがむしゃらに突っ込んでくる相手を、遥か高みからあしらってやるのは存外楽しくて、時間を忘れた。ギリギリ躱せる程度の斬撃を与えて、予想通りに身を翻して反撃に打って出る相棒の姿を見るだけで心が浮き立った。

オレが手を抜いているのは明らかで、それは相棒もよくわかっている。だからこそ、こいつはどこまでもムキになって、全力以上の力でもって斬りかかってくるのだ。自分の力の及ばない相手と思い切り戦うことなんて、相棒に取ってはそうそう有るもんじゃない。久しぶりの戦闘の昂りに、相棒は楽しくて仕方ないといった表情で応えた。

幾度となく掠めた刃のせいで、相棒の服はところどころ破れている。破れた箇所から覗く赤。大したダメージではないだろうし、動きを鈍らせる程のものでもない。だが、疲労は着実に蓄積していっているらしい。相棒の呼吸が早くなり、段々と動きが雑になってきていた。事実、先刻掠めた頬の傷は、明らかに悪手と呼べる回避の仕方が原因だった。そろそろ、限界が近そうだな。

「なんだよ相棒、もうへばったのか?」

「……ほざけよ、そんな訳ないだろッ!」

軽く挑発するだけで、歪んだ笑みを貼り付けながら、楽しげに剣を振るう相棒。こんな姿を見るのは、本当に久しぶりだ。全く、息が切れそうになってるってのに、元気なもんだ。だが、そんな直線的な突撃を大人しく喰らってやる程、オレはお人好しじゃねェ。渾身の力が乗せられた刃を鎌の柄で受け流すと、オレは相棒の脇腹を蹴り飛ばした。

「――ッ!」

相棒の体が吹き飛ぶ瞬間、大きく見開かれた瞳と、痛みに歪む眉が見えた。やり過ぎたか? 力加減がわかんねェな。鎌で斬り裂いてしまったら、本当に殺しちまうと思って、こっちで吹き飛ばしてやったんだが、どっかいかれちまったかもな。

砂埃を上げて、一つ向こうの区画の建物が崩落した。あそこか。随分飛んだもんだ。オレは鎌を消し、羽の形に戻すと、相棒が吹き飛ばされた方向へ向かった。

おねんねしてることも予想して、オレはわざとゆっくりと飛んでやる。とは言っても、その場所に着くまで五分もかかりそうにない。あの喰世王様が、ボロボロになって民家の近くに落ちてきたとあれば、寄ってたかって殺されてもおかしくないかもな……なんてことを考えもしたが、あの相棒がそんなヤワに出来てる訳ねェだろ、と思い直す。もしそうなっていたとしても、たったの五分で相棒を殺せるようなゴミむしはこの街にいそうにないのだが。

そして案の定、そんなゴミむしにとって都合の良い展開なんてある訳はなかった。オレは確かに、相棒の脇腹を激しく蹴り飛ばし、思い返せばバキバキと骨がいかれる感触もしたような気がする程、ふっ飛ばしてやった。とは言っても、激しく出血するような怪我を負わせた訳じゃない。だというのに、相棒がいる辺りは、一面血の海と言っても良いほどに赤く染まっていた。それはどう見ても、一人分や二人分ではきかない量だ。それはもちろん、相棒のそれなどではない。

「……あーあ、折角我慢してたってのに」

さっき戦っていた場所よりも、瓦礫の数は少ない。当然、巻き添えを喰らった人間の数も少ない。だっていうのに、こりゃあひでえな。巻き込まれたヤツもそうでないヤツも、手当り次第にかじりつきやがった、ってところか。食い散らかすなんて、食事のマナーがなってねェぜ。

オレは相棒のすぐ側に着地した。足元には、腕だの足首だの、脳みそだけえぐられた頭だの、耐性がないヤツが見たら失神しそうな光景が広がっている。相棒は地べたに座り込み、腸に顔を突っ込んで、ぐちゅぐちゅと内臓を咀嚼していた。

「……久しぶりの食事はうめェかよ、相棒」

赤い髪を引っ掴んで、相棒の顔をこちらに向けさせた。口元を真っ赤に染めて、恍惚とした表情の相棒は、そこでようやくオレに気づいたらしい。オレの手を振り払うと、剣を握ってオレと距離を取った。おいおい、遊んでる最中によそ見はいけねェな。

「全く、ズルしやがって」

「……」

臨戦態勢を取る相棒に合わせ、オレももう一度鎌を手に取った。相棒は俯いたままで、表情が見えない。

「なんだよ、食事の邪魔をされてご立腹ってか?」

「……て、やる」

「あァ?」

相棒が、今まで聞いたことのないくらいの低い声で、何かを口にしている。まあ、大体何を言いたいのかはわかるつもりだが。

「……殺してやるよ、ギグ」

相棒はどうやら、色んなリミッターが外れてしまったらしい。口元を汚らしく血で汚している癖に、夕日に照らされたその顔は、どこまでも優しい笑みを貼り付けている。

「……クックック、ハーッハッハッハッ! なんだよそれ、あんだけボコられといてそれかよ! 出来る訳ねェだろ、相棒ごときによ!」

相棒の姿の馬鹿馬鹿しさも手伝って、大げさ過ぎるほどオレは大笑いした。実際面白くもあったが、さらに挑発してやれば、もっともっと楽しめると思ったのだ。

相棒はそれから何も言わなかったが、何をしたいか、何を思っているのかはよくわかる。握られた黒い剣に、膨大過ぎると言って良いほどの力が集まっていくのを感じたからだ。

「良いぜ、やってみろよ! 受け止めてやっからよ!」

きっと、あれをぶちかますだろうという予感があった。オレは鎌を眼前に構え、それが来るのを待った。あれを地上で受け止めてしまったら、ここら一帯が不毛の地になるのは明らかだ。空中で受け止めて、薙ぎ払うより他にない。まったく、考えなしに暴れる相棒を持つと苦労するぜ。でもまあ、こいつを防げば、オレの完全勝利だろ。

相棒は、とん、と軽く跳躍すると、剣をオレに向けて振りかざした。

「――大邪厳斬」

聞こえはしなかったが、相棒がそう口にするのが見えた。瞬間、赤黒い、異常な程巨大な刃が振り下ろされる。思ったより早い。

「ち」

ほとんど全力で飛び上がり、黒い刃に鎌を向けた。実体のない刃とは言え、その質量は膨大の一言に尽きる。刃が触れた瞬間、途方もない重さが両腕にのしかかった。

「ぐぁ……ッ」

当然、防げない程ではないけれど、こんなもん、街中でぶっ放して良いもんじゃねェな。黒い刃に遮られて見えないが、刃の向こうでは相棒がオレを打ち負かそうと力を込めているのだろう。……てめェごときに負けるとでも思ってんのかよ!

「でぇりゃああああああああ――ッ!!!!!」

強引に刃の流れを捻じ曲げ、出来る限り街から離れた方向へ薙ぎ払う。よっぽど力を込めたらしく、思った以上に本気になってしまった。まあ、とりあえずここまでは予定通りだったのだが、黒い刃を薙ぎ払った先にあったのは。

「……あ」

行き場を失った黒い刃は、相棒の手からも離れ、旧オウビスカ城――もとい魔侮堕血城の方向に向かって行ったのだった。

オレも大概、抜けている。とりあえず街が崩壊するのは防がなければと、そればかり考え、攻撃を払う方向を全く考慮していなかったのだから。

そしてそれ以上に馬鹿だったのは「城があの衝撃に耐えられず崩壊するだろう」という危惧を、自分だけでなく相棒も抱くだろうと甘く考えていたことだ。

耳をつんざく凄まじい轟音を立てて、魔侮堕血城の城壁が弾け飛び、瓦礫というには細かすぎる破片をそこら中に散らかしていく光景に気を取られ、オレは相棒の突撃に対応することが出来なかった。こいつがオレを殺すことしか考えていないと言うのは、本当だった。オレが崩壊する城に気を取られた瞬間。その短か過ぎる好機を、相棒は見逃さなかったらしい。

空を飛んで崩壊する城を見つめていたオレの後ろに、いつの間にか地面に着地して回り込んだ相棒は、オレの防御が間に合わない程の速さで剣を振るう。刃がオレの腕に食い込む瞬間、相棒は今日一番の笑顔を見せた。

「よそ見してて良いの?」

「――ッ」

やられた。まさか、こいつごときに。オレは左腕を根本から失い、相棒は嬉々として宙を舞うそれを掴むと、軽く地面に着地した。相棒に続いてオレも着地するが、片腕がない状態ではバランスが取れず、思わずよろめいてしまう。

「く、てめェ……」

ぱたぱたと地面に血が滴る。自分の血を見るなんて、それこそ二百年以上ぶりだった。ったく、こっちは手加減してやってたってのに、容赦ねェな。

「あは、神様も血は赤いんだね」

幸い、鎌を掴んでいた右腕は無事だったものの、とっとと生やさないと面倒だ。いや、待てよ。逆にこの状況を利用してやるべきじゃないか? オレが左腕を失ったと思わせて、油断させてやる。

「……思ったよりやるじゃねェかよ、相棒」

わざと辛そうな顔で言う。褒めてるのか、負け惜しみなのかというと、正直どちらもだった。オレを殺そうということだけに特化した集中力は立派なもんだ。そこは褒めてやるし、油断してたとは言え、ここまで一杯食わされるとは思わなかった。そこは負けたと思う。とは言え、どっちみち相棒に勝ちの目はねェよ。ここまでやられて、もう穏便に済ませる気など、ない。

相棒は、オレの言葉を聞いてニヤリと笑うと、手にとった「それ」を口元に持っていった。それもまあ、予想通り。おそらくこの世界に存在するものの中で一番の美味であるそれを、お前が喰わずにいられる訳がない。

「……おいおい、もっと味わって喰ったらどうだ?」

肉にかじりついては飲み下し、あっという間に二の腕、前腕が相棒の腹の中に収まっていく。その表情は快感に歪み、寝台で絶頂を迎える時のそれによく似ていた。食欲と性欲が結びついているあたり、本当におめでたい存在だな。

「……ったく、よそ見してんのはそっちじゃねェか」

待っててやるオレもオレだけどな。たかだか腕一本をくれてやったところで、大したハンデにはならない。オレの体から離れた時点で、それは統べる者の持つ力を失い、ただの抜け殻に成り果てる。いわば出汁を取った後のガラみたいなもんで、大した力は残っちゃいない。とは言っても、そこら中で震えているゴミむしを喰らうよりは遥かに上等の餌になるはずだ。調子に乗ったところを叩き潰すのが、一番良い躾になるからな。せいぜい今のうちに気持ちよくなっておけよ。

「……ごちそうさま、ギグ」

「……そりゃどーも」

こりこりと指を噛み砕いて、ようやく口元を拭い、相棒がオレに剣を向ける。全く、随分と待たせやがって。

「ますます、ギグを喰らいたくなったよ」

オレ本来の力に比べ、あの腕に残ったものはやけに小さいと気付いてはいるらしい。見たところ、疲労と怪我の回復、それに一時的に力が上がった程度の恩恵しか得られていない。だが、僅かでもオレの力の一端を味わってしまったからには、もっと喰らわないと満足できないのだろう。相棒がオレを見る目は、すっかり食べ物を見る目に変わっていた。

「……調子に乗んなよ」

夕暮れを通り越して、日が落ちて暗くなり始めた空。瓦礫の中、灯りもほとんどない中で、相棒の瞳ばかりがぎらぎらと輝いている。

「ははッ、ギグこそ、そんな状態で良く言うよ」

やはり、左腕がないと信じ込んでいるらしい。もし復元出来たとしても、時間がかかるだろうと高をくくっているんだろうな。甘いんだよ。

「――舐めんじゃねェぞ、ガキがッ」

今なら多少痛めつけても問題ないだろう。足に力を込め、オレは今日初めて攻勢に打って出た。殺す気はないが、動けなくなる程度の傷を負わせる気ではいる。本気になって避けろよ、相棒。

「――くッ」

勢いに任せて相棒の足元に鎌を突き刺す。すんでのところで回避出来たものの、相棒は体勢を崩している。その姿は巻き上がった砂埃に紛れているとは言え、追い打ちをかけるのは容易い。オレは突き刺さった鎌を軸にして体を支え、相棒を上空に蹴り上げた。どこに当たったか判別する気はない。宙に舞った相棒を追い、オレは再び跳ねた。

飛ぶ術を持たない相棒にとって、空中に逃げ場はない。攻撃を受け止めるしかない訳だが、受け止めきれるほど温い一撃を与えるつもりもなかった。

「オラオラオラァッ!」

鎌の外刃を奔らせたり、柄で殴りつけたり、時折蹴りで吹き飛ばしたり、ほとんど一方的に相棒の体をいじめ尽くす。これでも、あの神殺しの一撃には程遠い。躾のなってない狂犬に、仕置きをしてやっている程度だ。

どうにか攻撃を受け止めようとしたところで、一撃の重さに負けて弾き飛ばされるだけ。弾き飛ばされるだけで済めばまだ良いほうで、両刃の剣が体に食い込み、逆にダメージを受けている時もある。それならただ喰らってた方がマシだろ。それでも、歯向かう気が萎えていないのは好ましい。オレを喰らいたいという一心で、いくら切られ殴られ蹴られようが諦めない。馬鹿が。そろそろ身の程を知れっつーんだよ!

「――よッ、と!」

止めに一発、キツイ蹴りを食らわして、はるか上空から、相棒を瓦礫の上に叩きつけた。ここまでやったら流石にもう動けないだろ。幕切れだ。オレは鎌を仕舞い、手ぶらで地上へ降りた。

未だ砂埃が収まらない瓦礫の中心へ向かって、相棒を探す。果たしてそれはすぐに見つかった。灰色の瓦礫に埋もれ、血まみれで右腕と左脚が異常な方向に折れ曲がった相棒が、オレを不遜な顔で睨みつけていたからだ。

「おうおう、良い面してんじゃねェの」

「……ギ、グ」

喉は潰れてないらしい。ここまでボコボコにされといてまだやる気なあたり、随分タフなもんだ。

「……ちったぁ頭冷えたかよ」

全く冷えてないことはわかっていて、そう言った。一歩ずつ、ゆっくりと相棒に近づく度に、折れているはずの右腕に力がこもっていくのがわかる。こいつはまだ、諦めていない。そんな腕でよくもまあ、剣を離さずにいられるもんだ。

「そろそろ身の程ってもんを理解したか?」

「……」

相棒は答えない。オレはまた一歩、相棒に近づいた。

「オレも腹減ってきたし、帰ろうぜ」

「……」

相棒は答えない。相棒のすぐ正面まで、あと半歩。

「なあ、相棒」

「――ッ!」

「……だから、無駄だって言ってんだよ」

オレの「左側」に向けて、相棒は剣を振るった。折れた腕を無理に動かして。左腕を失った状態ならば、得物を持っていなければ、もしかしたら。そう、相棒は考えたに違いない。そんな馬鹿げた妄想が通じるような相手ではない事を、まだこいつは理解出来ていないみてェだな。

オレは「左手」で、突き出された剣を掴み、相棒の手から取り上げた。

「まだ、仕置きが足りねェみてェだなァ」

「ぐがッ、あ、が……ッ」

信じられないと言った表情の相棒の右胸の辺りを、オレは思い切り踏みつけた。骨が砕ける感触が足先から伝わる。相棒の口から吐き出された血液が、オレの頬にまで飛んできた。

「ほら、帰るぞ……って、聞いてねェか」

流石に失神したらしい相棒を担ぎ上げ、オレはとりあえず、まだ人の多そうなところを目指し、灯りを頼りに飛び立った。

「あんたら、何考えてる訳?」

辺り一面、相棒が喰い散らかした連中の血と肉片だらけになった街並み。七割方は回復して、折れた腕と脚、それとオレが踏み潰した右胸の傷は塞がっていた。放っておくと際限無く喰い続けるに決まっているので、そろそろ止めねえとな。

「ちょっと、聞いてんの?」

あれから、ボロボロになった相棒を担いで人気の多い区画に移動した訳だが、当然、あんな騒ぎの中家の外に出るような物好きはいない。仕方ないので適当に相棒を道端に放り投げ、目に入った家の扉を蹴破り、強引に中の住民を引きずり出したのだった。自分で歩くことも出来ず、右胸を潰された(潰したのはオレだけど)相棒に、自分で餌を取ってこいとも言えない。慈悲深いオレは、応急手当程度の餌を代わりに連れてきた上、しかも丁寧にも口元まで運んでやるという優しさを見せたって訳だ。食事のマナーがなってない相棒に、ちゃんと一人一人最後まで喰えよ、と指導までしてやった。身体のダメージが大きすぎるのか、相棒は素直に従った。なんというか、犬だな。

「ギグ! 人の話を聞けって言ってんのよ!」

そして相棒がどうにか動けるような状態になったところで、オレは適当にその辺に浮いて、逃げ出しそうな住民たちを見張りつつ、相棒の食事風景を観察するだけの簡単なお仕事をしている訳。オレも腹減ったっつーのに、こいつばかり喰いまくりやがって。ズルいぞ。

「おいシェマ」

「何よ!」

「オレぁ腹減ってんだよ、なんか食い物持ってねェか」

「……あんたってヤツは」

隣でまくし立てるシェマは勝手に怒り始めるわ、クルテッグは「暴れるのでしたらどうして私もお誘いくださらなかったのです!」とかなんとか騒ぐわ、ジンバルトは淡々と被害状況を報告するわで、お前らまとめてどっか行け。

「つーか良いのかよ、相棒はまだまだ喰い足りねェみたいだぜ? お前らも餌になる前に避難したらどうだ?」

「あんたらが城をぶっ壊したんでしょうが!」

「ああ? んなもん、さっさと直しゃあ良いだろうが」

「一朝一夕で直せるもんじゃないって言ってんのよ」

「……はァ、じゃあ、その辺の民家に隠れてろよ。どうせ住民は相棒の腹ン中だしな」

「アンタねえ……」

オレと会話してると、大体こいつは怒り出すから面倒だ。聞き分けが良いだけクルテッグやジンバルトの方がマシだな。

「もう良いだろ、シェマ。こうなったら何を言っても聞かん」

「そうですわ。せっかくお楽しみのところを邪魔しても悪いですし」

「……あんたらも大概よね。良いわ、明日になったら覚悟しなさいよ」

「へーへー」

二人に連れられて、ようやくシェマも矛を収めた。どうやら近くの一番でかい屋敷で夜を明かすことにしたらしい。普通、そういう一等地はオレたちに譲るもんじゃねェのか? まあ、良いけどよ。とりあえず、ようやく静かになったな。あいつらは駒としては優秀だが、いかんせん煩くてかなわねェ。

「相棒、そろそろ帰るぞ」

オレは子供の腕にかじりついている相棒に話しかけた。オレの腕を喰ったせいで舌が肥えたんだか、単に冷静になったんだかわからないが、相棒は先ほどとは打って変わって、淡々と喰らいついている。体力回復の意味合いが大きすぎて、ってのが大きいのかも知れないが。としても、八割方回復しているようなので、後は休めば勝手に元通りになりそうだ。いつまでも被害を増やし続けると、また連中が煩ェし、そろそろ連れ帰らないとな。

「……どこに?」

相棒は、戦っている最中とは別人のように、いつも通りの調子で返事をする。これでまた一勝負、とならなくて良かった。

「城は半壊、っつってたし、その辺の民家に泊まるしかねェだろ」

「……城の寝室くらいは残ってないのかな」

「どうだろうな」

別に寝られるなら何処だって良いだろ、と思うのだが、城の方が落ち着くのかも知れない。オレもゴミむしの家なんぞで寝起きしたくはねェ。目を凝らして、城のあった方を見やると、ギリギリ寝室は被害を免れていなくもないように見える。要するに見てみないとわからん。

「まー、駄目で元々戻ってみるか」

「そうだね」

そう言って、相棒はオレに向かって手を差し出した。

「ん?」

「連れてってよ、俺空飛べないし」

「ああ、そうだったな」

そう言えば窓を割って飛び出して来たんだったな。部屋が残ってれば、外から侵入できるって訳か。

「……」

「……?」

オレは一瞬だけ考え、相棒の差し出された手を無視した。代わりに後ろから抱きかかえ、羽を広げると、一気に高度を上昇させる。

「ちょ、ちょっと! ギグ!」

「んーだよ、連れてくってのに違いはねェだろうが」

色々と痛めつけた手前、ちょっとは労ろうかという気分なんだが、それが伝わってしまうのは恥ずかしい気がする。その気恥ずかしさを払拭するように、オレは最大スピードで、夜の街を駆け抜けた。

「……どーにか残ってたみてェだな」

「……そうだね」

結論から言って、オレたちの寝室はどうにか直撃を免れていた。窓から寝室に侵入して中を見渡す。衝撃に耐えきれずあちこちに物が吹っ飛んではいても、崩落まではしていないようだ。特に、無駄に豪勢な寝台は、その作りが幸いして無傷のままだった。普通に寝られそうだな。

「はー、疲れた」

「誰のせいだよ誰の」

「ギグのせいでしょ」

相棒は早速、布団の上にダイブした。と同時にぼふ、とホコリが舞う。オレ以上に血塗れの癖に、服くらい脱いでから横になれっつーの。

オレも寝台のヘリに腰を下ろし、一息ついた。窓が割れたおかげで、月がいつも以上に綺麗に見える。城どころか城下町も散々な被害を受けているが、この程度で済んだのはむしろ運が良い方だろ、多分。文句を言われる筋合いはねェな。

「もう身体は良いのかよ」

「まあ、ちょっとしんどいけど」

背を向けたまま聞くと、大丈夫、と返された。それなら良い。加減はしたつもりだが、ちゃんと加減できていたかは別だからな。

「ホント容赦ないね、ギグは」

「てめェに言われたくねェよ」

「そう?」

背中の方で衣擦れの音がする。そうそう、さっさと脱いどけよ。これ以上汚されちゃあ困るからな。

「……でも、楽しかったね」

「そりゃ良かったな」

「……ギグは?」

そっと背中から抱きつかれ、相棒がオレの脇腹に手を伸ばした。疲れたって言ってたのは何処のどいつだよ。

「オレも楽しかったが、頻繁には遊べねェな」

「……そうだね、周りが見えなくなっちゃうし」

するすると相棒の指先はオレの服の隙間に入り込み、探るように肌を撫で始める。耳朶を軽く噛まれ、首筋を熱い舌がなぞった。本当に、こいつは……。

「まだ、遊び足りないって?」

「……付き合ってよ、こんなんじゃ収まらない」

「……本当に、相棒は変態だな」

肌を探る手を掴み、オレにもたれかかる相棒を、乱暴にベッドに押し倒す。さっきのうちに服を脱ぎ尽くしていたらしく、既に相棒は全裸になっていた。

「ったく、痛めつけられた時間の方が長かったっつーのに」

おそらくはずっと固くしていたそれを見て、オレは呆れ顔で相棒の髪を撫でる。

「痛いのは痛いので気持ちいいんだよ」

「……変態が」

こいつは戦っていれば、優勢劣勢問わず、すぐに興奮して勃たせるんだから始末におえない。付き合わされるこっちの身にもなれっつーの。

「その変態が好きでしょうがないのは、どこの誰だっけ」

「……もう、黙ってろよ」

口数の減らない野郎だ。オレはその煩い口を自分のそれで塞ぐと、血生臭くなった相棒の身体に指を這わせた。

「ん……ッ」

この口が、オレの左腕を喰らったのだ。この歯が肉と骨を噛み砕いて、この舌がオレの肉を味わって、そしてこの喉で、溢れ出した血を飲み下したのだ。そう思うと、興奮した。

相棒の両腕を力を込めて押さえつけ、抵抗しないように固定して、オレはいつも以上に相棒の口腔を貪った。ぬるついた舌を噛んで、相棒の血を啜ったらどんな味がするだろうとも考えて、やめた。代わりに一つ、質問することにして。

「……オレの腕は、美味かったかよ、相棒」

唇を離し、月明かりに照らされた金の瞳を見つめながらそう問う。相棒はそれを聞いて、薄く笑った。

「さっき、舌を噛み切って、血を啜ってやろうかと思ってた」

「……ふざけんなよ」

褒められてはいるようだが、その考えはいただけない。軽く睨みつけると、相棒は一層笑みを深くした。

「ふざけてないよ。生きたままのギグに噛み付いたら、どんなに美味しいんだろうって、ずっと考えてたんだから」

「……気狂いが」

段々とあの狂った笑みに近づいていく相棒に、そう吐き捨てる。相棒は低く笑い、オレに触れるだけのキスをした。

「そんな覚悟もなしにキスしてきたなんて、ちょっと甘すぎるんじゃない?」

下手な誘い文句だ。そう言われ、おめおめとキスを避けるようなご主人様に見えるって言うのか? こいつは本当に、わかっていない。

「……よーっくわかったぜ、今日はとことん相棒を躾けてやらねェと駄目だ、ってな」

「へえ、それは楽しみだね」

笑みを崩さない相棒。わかっているのかいないのか。もうどちらでも構わない。オレは相棒の腕を押さえていた手に力を込めた。どうせすぐに治るのだから、多少無茶したって良いだろう。

「歯向かう気が起きなくなるくらい、痛めつけてやるよ」

「……うッ、あ」

ばきりと、くっついたばかりの相棒の腕を折る。痛いのは痛いので気持ち良いと言ったのはお前だからな。オレは相棒をうつ伏せにして、腰を掴むと、解してもいないそこに、乱暴に挿入してやった。

「っく、う、あ……ッ」

「なんだよ、折られた腕より、こっちの方が痛いって?」

シーツの上に投げ出された腕。流石に動かせないらしい。折れた腕で剣を振るうなんて、よほど高ぶって神経が麻痺してないと出来ない芸当だからな。

「ち、が……ッ、あ、んんっ」

「ああ、そうか。気持ち良いのかよ、こんなんで」

僅かに甘さの交じる声を聞いて、それを察すると、オレは遠慮なく動くことにした。確認するまでもなく、相棒のそこは滾ったままなのだろう。

それから、されるがままに呻き声だか喘ぎ声だかを漏らす相棒に腰を打ち付け、時折折れたところを小突いて反応を楽しみ、だらしなく蕩けた顔にキスをして、だくだくと注いでやると、いつの間にか折れた腕は治っていた。便利な身体だな、おい。世界を喰らう者の喰らう能力は、下の口から喰らっても発揮されるらしい。量も大したものではないし、せいぜい怪我を治す程度のものだろうが、かえって躾をするには好都合だ。何日かかるかわからないが、とことん痛めつけては治し、オレには絶対勝てないと、その身体に刷り込んでやる。

一体何日経ったのか。幾度かの朝と夜が繰り返され、思い返してみれば外が騒がしかったり、窓の外で不自然な炎が上がったり、何かが壊れる音がしていた。そんなどうでもいいことにかかずらっている場合でもなく、互いの身体に触れて、熱を吐き出すのに忙しかったので放っておいたのだが、どうも昨日から部屋が傾いているような気がする。

「ねえ……っ、なんか、嫌な音、しな、い?」

爽やかな朝日を浴びながら、オレの腹の下で相棒がそう切り出した。確かに、床からは何かが軋むような音がするし、天井からは時折ぱらぱらとホコリや木片が落ちて来ている。ベッドの天蓋のおかげで被害はないが、まあ、気にはなっていた。でも、それどころじゃないのだから仕方ない。

「あー? そんなん気にする余裕があんのかよ、ほら、もっと啼けって」

オレは相棒の脚を持ち上げて、より深く、奥まで突っ込んだ。

「ちょ、っと! あ、ああっ、ん、んッ」

あの大喧嘩の夜、相棒と寝室に戻ってから、オレは相棒には絶対に抱かれてやらなかった。躾なのだから当然だ。正直に言うと、途中から躾という大義名分だのなんだのを忘れ、オレが下にならないだけのいつもの睦み合いに近くなっていたのだが、まあ、良いだろう。

ともかく、ずっと入れっぱなしのせいで、相棒のそこは正直言ってだいぶ緩くなっていた。でも、それはそれで良かった。どろどろになったそこに突っ込んで、良いところを執拗に責めて、善がっている相棒を、オレは妙に冷静な頭で観察する。自分の方が優位に立っている状態というのは気分が良かった。のだが。

「……ん?」

「……え?」

今、相当でかい音がしたよな。何かが割れる音。流石のオレも無視できず、腰を止めて息を潜める。まさか。

「お、おお?」

「ちょっと……まずいよギグ」

ミシミシバキバキと音を立てて、ベッドが部屋ごと傾いて、ついでに言うなら窓の方向に向かって滑り落ちている。ちょっと待て数日経ってからこうなるなんて反則だろ!?

「うああああああああッ!」

そんな訳で、オレと相棒は二人仲良く、素っ裸のまま外に放り出されたのだった。入れてたのは落ちた拍子に抜けた。喧嘩を始めた時は中庭に着地できたはずだが、今回も都合よく落ちるだろうか。

そんな杞憂は数秒後には取り越し苦労に終わった。無事中庭に、オレと、それに続いて相棒が落ちた。互いに頑丈すぎて、大したダメージはない。裸ではあるが。

「ったぁ……」

「クッソ、何なんだよホント……」

どうやら本格的に城が崩壊したらしいことはわかったが、突然過ぎて何がなんだかわからない。つーか、この中庭も随分と様変わりしている。数日前には趣味の悪い彫刻だの、池だのなんだのがあったもんだが、どれも瓦礫になっていたり、埋め立てられていたりした。崩壊に巻き込まれたにしては、人の手が加えられすぎている。おかしいな。

「――あっちだ! 急げ!」

遠くから、複数の人間の足音と、声がした。なるほどな、先日の大暴れに巻き込まれて、住民共がいい加減ブチ切れたってところだろう。

――反乱分子は粛清しねェとな。

「相棒、飯が来たみたいだぜ」

地べたに座ったままの相棒にそう言うと、相棒は不機嫌そうに立ち上がった。

「……割とお腹いっぱいなんだけどな」

「そうかよ、つーか、服くらい出せよ」

そう言うと、相棒は肩をすくめて困った顔をした。

「出し方わかんないよ」

「しょーがねーな、ほれ。これでも被ってろよ」

そういや、こいつは出せないんだったか。全裸な上に、そこかしこに情事の跡を残したままで、ゴミむしに相対させる訳にはいかない。仕方ないので、適当に練成した布切れを渡す。とりあえず身体を隠して欲しい。目の毒だし、ゴミむし共が見ていいもんじゃねェ。

「ありがと」

相棒はそれを受け取ると、適当に身体に巻きつけた。そしてきょろきょろと辺りを見回す。何か探している風だが、中庭に何かご執心のものがあるとは思えない。訝しげな顔で相棒を見ていると、相棒は一つため息をついた。

「……あのさあ、俺剣忘れてきたんだけど。部屋に」

「はあ?」

ああ、そういやベッド脇に突き立ててそのままだったな。もしかしなくても、オレたちの背後に有る瓦礫の山ん中か。近づいてくる連中の声の大きさから察するに、どうやら、剣を探している時間はないらしい。

「……仕方ねェな」

肩当てを出して、服を纏う。ご主人様にゴミ掃除をやらせようとは、全く、駄目な犬コロだぜ。

「相棒はとっとと剣なりなんなり探してな」

「わかった。よろしくね、ギグ」

相棒はオレに背を向けて、剣を探しに瓦礫の山に向かっていった。それと同時に、複数の男たちが中庭に侵入してくる。それぞれ、銛だの鍬だの鋤だの、クソの役にも立たねェような武器を構え、蛮声を上げていた。

「はァ……こんな連中の掃除とは、つまんねェな」

やっぱり遊ぶなら、相棒みたいな、馬鹿で頑丈で、それなりに強い、狂犬が良い。こんな連中相手に、武器を取り出すまでもない。オレは丸腰のまま、突っ込んでくる男たちを殴り、蹴り、吹き飛ばした。どれもこれも脆い。そいつらは、触れたそばから身体が弾け、そこかしこを欠損させながら物言わぬ屍となって転がった。

加減が出来なくなってるな、オレも。相棒相手に暴れてると、どの程度の力で殴ったら相手が死なないのか、よくわからなくなる。駄目だなこれは。しばらく相棒と遊ぶのは控えるか。

「……おい、相棒。あったかよ」

「んー、あったけど、ちょっと重そう」

瓦礫と格闘している相棒に話しかけると、剣自体は見つかったらしい。ただ、それは巨大な瓦礫の下敷きになっていた。瓦礫の隙間からうっすらと立ち上る黒い靄のおかげで場所はわかるものの、取り出すには時間がかかりそうな感じだ。

「あー……こりゃ、重そうだな。叩き壊したほうが早いんじゃね?」

「そうかもね」

巻き込まれて剣が折れる、ということは考えていないらしい。軽く同意した相棒は、オレが諌める間もなく、少しだけ後ろに下がると、軽く助走をつけて、瓦礫に向けて拳を叩き込んだ。

「……なあ、相棒」

「ん?」

確かに、瓦礫は粉々に砕け散ったし、剣は無事に取り出せた。それは良い。

「お前、そんなに強かったか?」

素手であれだけでかい瓦礫を砕いておいて、無傷のままって、どういう事だよ。拳が割れるくらいは想像していたし、何発か叩き込む必要があるだろうとも予想した。それなのに、相棒の手は綺麗なもんだ。あの剣もしっかりと握られている。

「……ああ、ギグにいっぱい出されたから、その分力を喰らえた、ってことじゃないかな」

「は、はは……」

んなアホな話があるか。いや、実際、中に出したら怪我も治っていたけれど、そんな程度の効果しかないと思っていた。本当に、喰らったのと同じく、強くなる程の効果もあったとは。

確かに相棒は先日喧嘩した時よりも力が漲っているように見える。マジか。マジなのか。オレは一体どんだけ出したんだよ。乾いた笑いしか出ねェよ。

「今やったら、前よりもっと良い勝負が出来ると思うよ」

脱力するオレに、相棒は楽しそうに笑ってそう言った。剣の切っ先はこちらに向けられている。

「待てよ相棒、お前、そんな格好で戦う気かよ!」

「……そんなの気にするの?」

頼りない布切れ一枚じゃあ、暴れてる間に確実に脱げるだろうとは思うが、今言いたいのはそれではない。

「いや、それだけじゃねェけど……お前、これでまた暴れたらいよいよ街が壊滅すんぞ!」

先日以上の力で、全力で暴れたらどうなるか。この前の諍いでさえ、城が崩壊して、街も一部は廃墟になっている状態なのに、それ以上の被害となると、それはもう、街が根こそぎ更地になることを覚悟する必要がある。流石にそれなりに気に入っている拠点を潰されるのは勘弁して欲しかった。自分でも必死だと思ったが、スイッチが入るとオレ以上に歯止めが効かなくなる相棒のこと、ここで止めないと悲惨なことになるのは目に見えている。

「……そう、か。そうだったね、あんまり人減らしたくないんだった」

幸い、相棒はすんでのところで正気に戻ったらしい。危なかった。剣を下げ、何やら考えているらしい相棒をよそに、オレは安堵のため息をつく。ねじ伏せるのは簡単だが、そうそう頻繁にあんな過激な遊びをするものではない、と思う。

「とりあえず、あいつら探すか」

「……そうだね。生きてれば良いけど」

「生きてはいるみてーだな、適当に探しに行こうぜ」

そう言って、オレと相棒は、足元に転がってる連中が入ってきた、中庭の入り口に向けて歩きだした。あいつらとの支配のパスは繋がっている。ってことは、まだ生きてるってことだ。死んでても困らないが、生きてればそれなりに利用価値はある。特に、こういう面倒事を任せるにはうってつけだ。とっとと城を再建して、住む場所を確保しないとな。王が野宿なんて笑えねェぜ。

「ねえ、ギグ」

「ん?」

オレの後ろについてぺたぺたと裸足で歩いていた相棒の足音が、突然止まった。振り返ると、相棒は笑っていた。狂ったような笑顔ではなくて、穏やかな笑み。

「……また、遊ぼうね」

「……そうだな」

相棒が言う「遊び」が、周りの全てを壊して、どこまでも自分たちの楽しさを求めるものであるとわかっていて、オレは同意した。あんなに楽しい遊びは他に無い。きっと、世界中探したって見つからない。こいつも同じことを考えているんだろうな。相棒もオレの考えを察したのか、嬉しそうに歩きだした。それに合わせて、オレも相棒に並んで、足を動かした。

「俺、もうギグのこと抱くのやめようかな」

「……は?」

瓦礫まみれの街中を歩きながら、相棒が突然、突拍子もないことを言い出すので、オレは間抜けな声を上げて硬直した。な、何言ってんだこいつ。

固まるオレの肩に手を乗せ、相棒はそっと耳元で囁いた。

「出されたら出されただけ強くなるんなら、そっちの方が良いかなって」

「……勘弁してくれ」

ただの狂犬かと思ったら、盛りのついた狂犬だったらしい。ふふ、と笑って、相棒はオレの前を歩き出す。こいつは本当に、狂ってる。

そこかしこに煙が上がる、瓦礫だらけの灰色の街。朝焼けに照らされながら、相棒の赤い髪がやけに綺麗に見えた。

退屈だ退屈だと不貞腐れていたけれど、なんだかんだで、こいつを見ているのは飽きないもんだ。何年先になるんだかわからないが、今度は退屈しのぎなんかじゃなく、この世界が壊れてしまうくらい、こいつと派手に暴れて遊びたい。そんなことを考えながら、オレは相棒の赤い髪と、白い身体を追いかけた。

終わり

wrote:2015-06-24