三つ編みの結い方
リタリーがお風呂から上がるのを、リビングのソファに座ってぼんやりと待っていた俺は、明日どんなお店に行こうかと考えていた。
お店が休みの日に、二人でオステカの街を散歩するのが定番のデートって感じなんだけど、その度に思うことがある。それは、もうちょっと恋人らしく、街を歩いてみたい、ということ。
リタリーと一緒に街を歩くのはすごく好きなんだけど、流石に手を繋いで歩くとか、そういうのは恥ずかしくて出来ていなかった。大の大人が、男同士でそんな風に歩いてたら目立つし、噂になったらお店の評判に悪いかなと思ってしまう。
家の中だけじゃなくて、外でも触れていたいと思うし、リタリーの柔らかくて大きな掌に、いつまでだって触れていたい。だけど、外の目が気になって、どうしても出来ないでいた。
どうにか不自然でなく、外で手を繋ぐ方法はないのかな。女装……って言っても、リタリーは普段からお店で女装してるから、誤魔化せない。リタリー自体、俺より背も高いし。だとしたら、その……俺が、女の子の振りをすれば良いってこと? いやいや、でも、普段はお店でもメイドさんの服着てないし、誤魔化せなくはないのかな……。
「……」
すっくとソファから立ち上がり、玄関先に置かれた全身鏡に自分の姿を写した。髪紐を解き、後ろでまとめている髪を下ろす。最近切ってないから、随分と髪が伸びている。鎖骨の辺りまで伸びた髪。これだけあれば、ちょっとまとめたらうまいこと女の子に見えるんじゃないかな。……三つ編みってどうやるんだろ。
ああでもないこうでもないと、街で見かけたことの有る女の子の髪型を再現しようとしてみたり、いっそ下ろしただけでもまあまあ女の子っぽいんじゃないかなと思ってみたり。
どれくらいそうしていたのか、そう言えば水音がしなくなったなと思って、リビングに視線をやると。
「おや、もうおしまいですか」
ソファに腰掛けて頬杖をつき、にっこりと笑ったリタリーがいた。
「ぅおわッ! い、いつからいたの」
「貴方が三つ編みのやり方がわからなくて唸ってた辺りからですかね」
「それって随分最初の方だよね!」
「はは、あまりに可愛いことをしていたもので」
随分お風呂長いなあとは思っていたけど、まさか声もかけずに見られてるとは。しかもかなり恥ずかしいところを見られてたよね、それ。
リタリーはころころ笑いながら、俺の側までやってきた。俺は、顔を合わせないように俯く。おめかししてるのを見られた女の子って、こんな気持ちになるんだろうか。いや、それよりも恥ずかしいんじゃないかな。だって、恋人のために女の子の格好をしようとしているところを見られるなんて、うわあああやっぱりすごく恥ずかしいよ! なんで誰もいない時にやらなかったんだろう。
「……どうしてまた、そんな風に髪を弄ってたんですか」
くるくると俺の髪を指先で弄りながら、リタリーが言う。ごもっともな質問だけど、リタリーはなんとなくわかっているんじゃないかと思ってしまう。
「……」
「ねえ……そんな、女の子みたいな髪型にして、何、考えてたんです?」
俺の手から髪紐を取り上げて、リタリーはそっと、俺の左サイドの髪を優しく掴んだ。手慣れた手つきで、三つに分けた髪を編んでいく。俺は俯くのをやめて、穏やかな、楽しそうな表情で、俺の髪を触るリタリーを見ていた。
「はい、できましたよ」
鏡を見ると、そこには、いつものリタリーとお揃いの髪型になった自分が立っていた。こうしてみようかと思っていた癖に、いざそうなってみると気恥ずかしい。
「……やっぱり、恥ずかしいね」
「そうですか? こんなに可愛いのに」
そう言ってリタリーは俺の頭を撫でた。リタリーとお揃い。それは正直、まんざらでもないのだけど……なんだか複雑だ。お揃いだなんて、もっと外を歩きにくくなっちゃうじゃないか。
「で? どうしてこんなことしてたんです?」
結局、それを聞かれる訳か。仕方ない。物凄く恥ずかしいけれど……もう、ここまでされたら言うしか無い。
「えっと……その、女の子の振りしてたら、もっと、デートっぽくなるかなって……」
「それで?」
「その、手、繋いだりとか、外でも……出来るかなって、思って」
「……へえ、貴方、本当は外でも手を繋いで歩きたかったんですか」
知りませんでした、なんて言われると、流石にちょっと悲しくなった。
「な、だって、だって……!」
「……随分と我儘になってきましたね。良い傾向じゃあありませんか」
「何それ……俺は別に……」
我儘、って言われると、咎められてる気がして、ちょっと悔しい。良い傾向って言われるのはどういうことなんだろう。もっと甘えて良い、我儘を言っても良いとは言われるけど、それにはなかなか慣れずにいる。加減が良くわからない。
リタリーはいじける俺の頭を、もう一度そっと撫でると、苦笑しながら口を開いた。
「その気持ちはとても嬉しいですが……貴方、流石にその身長と体格で女の子の振りをするのは無理がありますよ」
「えっ……そう、かな」
「そうです。貴方、私よりも肩幅ありますし、胸板も厚いでしょう。あまり女装が似合うタイプではありませんね」
「そ、そっか……」
普段リタリーに色々されてると、段々自分が小さくなった気になってくるけど、言われてみれば確かにそうだった。一応、俺の方が力もあるし、腕も太いし、これじゃあ女の子には見えないよね。
「……なんか、損した気分」
「ふふ、良いじゃあありませんか。減るもんじゃなし」
リタリーはそう言うと、俺の手を引いて歩きだした。繋がれた手。結局家の中だけになってしまったけれど、リタリーは妙に上機嫌だから、まあ、良いのかな。
「今日は寝るまで、そのままでいてくれますか」
「えっ……い、良いけど」
というか、寝室に向かっているのに、寝るまでって、なんかおかしくない? そう思いながら、手を引かれるまま足を動かしていると、階段の二段上で、リタリーがちらりと振り返り、少し狡い顔で笑った。
「……そのままで、可愛がってあげますから」
「……ねえ、それって」
いや、確かに明日はお休みだけど。たぶんするかなーとは思ってたけど。階段を上り、寝室の扉を開けるリタリーに、俺はぼそっと抗議した。
「リタリーのえっち……」
「……私はまだ何も言ってませんよ」
ランプの灯りを点けるリタリー。ぼんやりとした灯りに照らされたその顔は、俺をからかうのが楽しくて仕方ない、そんな顔だった。
「……狡いよそんなの」
この流れで、何もしなかったことなんて無い癖に。寝室の扉を閉めて、ベッドのヘリに腰掛けるリタリーの隣に、俺も腰を下ろした。ぎし、とベッドが軋む。
「こうして暗くすると、本当に女の子みたいですね」
「何、今更……んっ」
そっと三つ編みを撫でて、大腿に指を這わせながら、リタリーは俺にキスをした。そんな、女の子みたいなんて言われたら、いつもより変な気分になってくる。
いつもと同じように触ってくれれば良いのに、やたらと髪を撫でたり、胸に触ってきたりして、まるで本当に女の子になったみたいな……。リタリーも、いつもは余り言わない癖に、可愛い可愛いと言うもんだから、いつも以上に恥ずかしくなった。自分の口から出る声も、いつもより甘く高い気がして、必死で声を抑えていないと正気でいられそうにない。
やっぱり、女の子の振りをするのはやめよう。諦めよう。こんなに恥ずかしい気持ちになるんだったら、今までどおりの方がマシだ。例え多少の不自由があったとしても。
俺はそんなことを考えながら、俺の三つ編みを弄るリタリーの指先に自分の手を重ねて、こんなにおかしくなるのは、今日これっきりだと誓ったのだった。
終わり
wrote:2015-06-27