毒を食らわば

半端な時間に目を覚まし、腹が減った、と宣う喰世王のために、何か作ってやれと命じられたのが夜中の三時過ぎ。薬の調合中で起きてはいたものの、こんな非常識な時間にやってくるとは、ロドも喰世王もどうかと思う。

結局、どちらにも逆らう度胸の無い俺は、だだっ広いオウビスカ城の厨房で料理をする羽目になってしまった。適当な具材をぶち込んだ何がなんだか良くわからないスープを鍋で煮立て、冷蔵室にあったでかい肉塊に塩胡椒とハーブを刷り込んでオーブンにぶち込み、適当な野菜を千切って大皿に盛り付け、ついでに野菜に合う味付けのドレッシングをぶっかけた。さらに数種類の果物を甘く煮立てて冷まし、これまた冷蔵室に保管してあったヨーグルトにかければデザートの準備も完璧だ。こんな夜中に俺は一体何を……。

厨房の三倍はあろうかという広さの大食堂で、腹を空かせた喰世王の前に出来上がった料理を次々と並べた。これだけ作れば満足だろう。そう言うと、

「おお、流石ジンバルト。うまそうじゃねェか」

「地味なヤツかと思いきや、こんな特技があったとはな」

「……炭水化物がない」

……全く、本当に好き放題言ってくれる。付け合わせのパンじゃ満足出来ないのか、この子供は。先に食べて待っていろ、と吐き捨てて厨房に戻る。ここまできたら作ってやろうじゃないか。

潰したトマトと香辛料と干し肉で辛く味付けしたパスタを手早く作って食堂に戻ると、あれだけ作った料理が半分程なくなっていた。二、三人分は作ったつもりなんだがな。

「もう出来たのか。ほれ、親友さんよ、ご希望の炭水化物だぜ」

「ほら、これで満足か」

「……ん」

喰世王の目の前にでかいパスタ皿を置いてやると、たちまち手を伸ばしていた。がっつきすぎじゃないのか。ギグが表に出ている時は、こんなに食べたりしないのに。

喰世王の斜め前に腰を下ろすロドも、取り皿に料理を盛って口に運んでいる。

「ロドも食ってるのか」

「ああ、腹減っちまってな」

「……太るぞ」

「知らねェな、そんなことは」

こんな夜中に食べるのは、体にも頭皮にも悪い。俺は味見さえしてないってのに、こいつらときたら。

これで用済みとばかりに部屋に戻ってしまいたかったが、荒らしまくった厨房の片付けが残っている。俺が作った適当な食事に舌鼓を打つ二人を背に、俺は厨房に戻った。早く作れという無言の圧力のおかげで、厨房は悲惨な状態だった。そこら中に散らかった食材の切れっ端や、汚れた鍋と調理器具。ため息を一つついて、俺は腕をまくって床に転がった小さな鍋を手にとった。

厨房をどうにか片付け、食い散らかされた皿を片付けるため、俺は食堂に戻った。ロドがいない。いや……これは。

「おい、何をしてるんだ」

「ああ……そんなこと聞くなんて、野暮ってもんだぜ」

喰世王の背後に詰め寄ると、ギグが返事をした。下卑た声。床まで垂らされたテーブルクロスの奥、テーブルの下から微かに聞こえる水音と、何者かの――おそらくはロドの――気配。

「……やりたい放題だな、お前ら」

盛大にため息をついて、終わったら呼べ、とだけ言って、俺は厨房へ向けて回れ右をした。付き合ってられん。食欲を満たしたら次はそっちか。馬鹿馬鹿しい。

片付け終わって静まり返った厨房の奥で、俺はグラスに乱暴に酒を注ぐと、自棄になって一息でそれを飲み干した。体がかっと熱くなり、喉の奥が焼けるよう。あいつに付き従っているのは、ただ弱みを握られたからだけではないのに。滅多に吸わない煙草に火を点けて深く吸った。酒も煙草も、あいつに教えてもらった。どちらも大して好きにはなれなかったが、苛立った時には重宝する。

そもそもこんな夜中にあの二人がやって来る事自体、おかしかった。こんな時間まで何をしていたのか、容易に想像がついてしまう。それならそれで、俺に見せつけるように事に及ばなくたって良いだろうに。

死神様に取り入ろうなどと言い出した時から、あいつはどこか変わってしまったような気がする。昔はもっと――。

「よおジンバルト、終わったぜ」

「……よくもまあ、何事も無かったように言えたもんだな」

あれこれ思案している中、厨房に現れたのは、ロド一人。へらへら笑うロドを睨みつけると、ロドは俺の隣に立ち、バツが悪そうに頭を掻いた。

「そう言うなよ、仕方ねェだろ」

「ふん……どうだ、美味しかったか?」

「それはどっちの意味だよ、おい」

ロドは苦笑して、俺のグラスに酒を注いだ。俺がそうしたように、一息で飲み干して煙草に火を点ける。ロドは不機嫌な俺の顔を見て、わしわしと頭を撫でた。

「アルコール消毒、ってな」

「……この度数じゃ、消毒にならん」

まずもって、髪に触るのは止めろ。抜ける。唯でさえ今日は頭皮に悪い事をし過ぎたって言うのに。

俺の指摘にゲラゲラ笑うロドを見て余計に苛立った俺は、ロドからグラスを奪い、酒を注ぐと、勢い良くそれを飲み干した。毒を食らわばなんとやら。あいつに付き合ったくらいなんだ。朝まで俺に付き合ってもらうからな。

終わり

wrote:2015-10-18