あなたの手で殺してね

あの戦いからかなりの時が過ぎ、老人となってしまったソーンダイクは、いつの間にか自分で腹を割いて死んでいた。深夜、誰もいない食堂。死に顔は、滅茶苦茶嬉しそうに笑っていた。

オレと相棒は、ソーンダイクの亡骸が民衆の手で甚振られているのを城のバルコニーから見下ろしながら、珍しく仲間たちの話をした。思えば、シェマも老けたし、ジンバルトも禿げた。変わらないのはクルテッグくらい。一緒に悪事を働いた連中は、一部を除き、それぞれ年を取っている。そんな話をしていると、相棒がぽつりとオレに尋ねた。

「ねえ、世界を喰らう者にも、寿命なんてあるの」

「ああ? ……無いんじゃねェの」

確かめた事はないが、フィーヌもヌトラも、ラスキュランも、あのレナとか言う女だって、二百年経っても生きていたらしいし、とりあえず二百年以上は確定している。恐らく、オレと同じく、時の流れからは逸脱した存在のはずだ。

――そう説明してやると、相棒は嬉しそうに笑った。

「だったら、俺はギグに殺されないと、死ねないんだね」

「……そうだな」

そんなことをしてやるつもりなんて、これっぽっちもないがな。

「ギグに殺されて、世界からさよなら出来るなんて、素敵だね」

「……アホか、お前」

相棒は、城下で行われている凄惨な光景とは正反対の、蒼く澄み渡った空を見上げながら、恍惚とした表情で、オレに殺される妄想をし始めた。

一思いに斬り殺されても良いし、少しずつ四肢をもがれてじわじわ死ぬのも良い。ねえ、ギグはどっちが良いと思う?

まるで、どっちの服が似合うと思う? と恋人に尋ねる女のように、相棒はそう言った。こいつはやっぱり、いかれてやがる。もしオレが、相棒を殺す気なんて無いと返事をしたら、きっとがっかりするだろう。怒り狂って斬りかかってくるかも知れない。相棒の静かな癇癪に付き合うと碌な事がないのは、ここ二十年ほどで嫌というほど味わっている。

どうやって流そうかと考えていると、相棒は、思い出したように素っ頓狂な声を上げ、照れたように頭を掻いた。

「ごめんごめん、忘れてたよ。俺がギグに殺されたら、ギグを喰えなくなっちゃうね」

「……お、おう。そうだな」

相棒に喰われる気も、相棒を殺す気も無いってのに。相棒の思考回路はぶっ飛びすぎていて正直ついていけない。いや……寿命が無いことを、なんとなく受け入れられずにいるせいなんだろうか。

いつか終わりが来るという頭があるから、ただ死ぬよりは、オレを喰らって死にたいとか、オレに殺されてみたいとか、そういう事を思うのかも。それを言われたら、オレだって同じだ。何処の誰とも知れないヤツや、ベルビウスのババァに殺されて封印されるよりは、相棒に喰われた方がずっとマシだと思う。

でも、お互いさよならするにはまだ早いよなあ。

城下を見下ろすと、無駄にテンションが上がってしまったらしい民衆が、ミンチになったソーンダイクの死体を取り囲んで口々に騒ぎ立てていた。喰世王を殺せ、死神を殺せ、もうこんな生活には耐えられない、玉砕してでもあいつらに一矢報いるんだ――。

「お呼びみたいだぜ、相棒」

「そうみたいだね。久しぶりに遊ぼうか、ギグ」

民衆たちはオレたちを見上げて指差して、首を洗って待っていろだのなんだのと叫んでいる。城を汚されちゃあ困るっつーの。

オレと相棒はバルコニーの手すりに手をかけて、城下町へと飛び降りた。地上に着くと、たちまちみすぼらしい武器を手にした民衆に取り囲まれる。

オレと相棒は、互いに顔を見合わせて獲物を取った。

さて、こいつらはどれくらい楽しませてくれるんだろうな? まかり間違っても、オレ以外の奴に殺されたりするんじゃあねェぜ、相棒。

終わり

wrote:2016-04-29