汚された月明かり

オウビスカ城の気に入りの部屋で、今日も一人、酒を飲む。それ程広くは無いが、綺羅びやかに過ぎる派手な王族様の部屋が多い城の中では珍しく、豪奢過ぎない上品な調度品が揃えられて、落ち着く良い部屋だった。結局、底辺も底辺の生まれの自分には、華やかな貴族暮らしは似合わないってことだろう。似合いたくもないが。

深夜、月が明るい夜だ。ランプを点けなくても良いくらいに。でかい窓があって、見晴らしが良いのも、この部屋を気に入っている理由の一つだった。小洒落た趣味は持ち合わせていないが、月を見ながら静かに酒を飲むのは好きだ。あれこれくだらない感傷に浸ったり、仕事の事を――今となっては、地下に捕らえた女子供を売る算段を立てたり、世界を引っ掻き回す計画を立てたりという程度だが――考えたりしながら、それが酔いでどろどろに溶けて、訳がわからなくなっていくのが好きだ。

倉庫から持ってきた上等の煙草に火を点けて、深く吸う。癖のない、上品な香りと、ほんのりと残る甘い味。雑味だらけで、臭くて煙いだけの、屑煙草を吸っていた昔の頃を思い出して、思わず低い笑いが零れた。もう、あんな思いはしなくて良い。俺は力を手に入れた。

この世界の何処かにいるだろう、古い親友をふっと思い出す。もうあいつ、俺の事なんて忘れちまってるだろう。俺だって、忘れちまいたいくらいだ。あんな、正義感に溢れた、真っ直ぐな親友の事なんて。思い出すだけでも虫唾が走る。結局、あいつも嘘つきだった。迎えに来ると言っておいて、十年経っても来やしない。遠い街で成功したと聞いて、もしかしたらと思っても、それでも音沙汰なんて無かった。つまりはそういう事だ。俺のことは、ただの懐かしい、辛い思い出の一つとして、引き出しの奥に仕舞っちまったんだろう。そいつも、もう、そのうち死んじまうんだろうな。

この世界で一番の規模を誇ったこの国を牛耳ってしまえば、後は小さい芽を一つ一つ潰していけば良い。この調子で行けば、数年、いや、一年経たずに済むかも知れない。喰世王――いや、あいつは殆ど寝ているから、ギグか。ギグは、適当にそこら辺を飛び回って、好き放題壊しまくって、殺しまくっているから、もしかしたら、親友ももう死んじまってるかも。それはそれで、もうどうだって良かった。遅いか早いかの違いでしか無いし、世界を壊そうと画策し始めてから、そうなることは覚悟している。目の前に死体が転がされたりしない限り、俺はそれを無感動に受け入れるだろう。

「信じてる、ねェ……」

あいつが別れ際に言った言葉を、ぽつりと口にする。あいつ、俺がこんなことをしていると知っても、まだ同じことを言えるんだろうか。ヒトも怪しい商品も売り捌くし、殺しもするし、汚いことは何だってやった。挙句の果てに、喰世王を唆して、数えきれないくらいのヒトを無造作に殺させて、街を破壊させて、国を乗っ取って。この世界の悪人のうち、二番目に悪いのがきっと俺だろう。一番は喰世王だとしてもな。

はは、思わず笑いが漏れて、俺はグラスに注いだ酒を一息で飲み干した。こんな極悪人と親友だったなんて、あの清廉潔白な男にとって、人生の汚点にも程があるだろう。ざまあみろ。俺がどうなっちまったかを知って、絶望しちまえば良いんだ。

とんとん、ノックの音が部屋に響いた。誰だ。部下たちには、夜のうちは誰も入るなと言い含めてある。ジンバルトも同じだ。他の悪人連中も、好んで互いに関わろうとはしないから、ここにやって来るヒトは限られている。

誰かに一人の時間を邪魔される事ほど、苛つくことは無い。無視を決め込んで、空いたグラスに酒を注いだ。流石天下のオウビスカ城の酒蔵だ。いくら飲んでも飲み飽きない、良い酒ばかりを揃えている。一生かかっても飲みきれないくらいの量もあるし、この城だけ残ってりゃあ、もう何も要らねえな。いや……世界を滅茶苦茶にした後、喰世王がどう動くのかわからないから、長生き出来るとも限らないか。それでも良い。元々長生きしたいとも思っていない。どうせ、碌でも無い死に方をするだろうとはわかっているし、一瞬でも頂点を味わえたら、それで良い。

どんどん、次第に強くなっていくノックの音。いい加減にしろよ、うるせェな。これだけ無視してんだから、諦めたって良いものを。ドアを壊されても面倒だ。重い腰を上げて、ドアの方へと向かう。鍵を開けて、ドアを引くと、そこには――ああもう、やっぱり無視を決め込むんだった。

「こんばんは、ロド」

「……どうしたんだい、こんな夜中に」

「入れてくれる?」

聞いちゃいねえ。こいつは破壊活動には喜んで乗ってくる癖に、それ以外の事となると、途端に話が通じなくなるのだった。そして、逆らったら面倒というおまけつき。仕方なく、身を引いて部屋の中へと招き入れる。ったく、とっとと寝ちまえば良かった。

ドアを閉めて鍵を掛けると、喰世王はベッドの上へ腰掛けて、楽しげに俺を見つめていた。

「で、何の用だい。親友さんよ」

その視線を無視してベッドの前を通り過ぎ、窓の側の小さなテーブルセットの方へと、ゆっくり歩く。飲みかけの酒も残っているし、何より、こんな奴とは、出来る限り関わりたく無い。

「……ジンバルトからね、良い事を聞いたんだよ」

「あァ? あいつから?」

こいつの口からジンバルトの名前が出るとは思わなかった。椅子に腰掛けて、どうにか冷静さを保とうと煙草を取り出そうとした、その時。

「ロドの体って、とっても面白いらしいね」

「……どういう意味だ」

激高しそうになるのをどうにか堪え、煙草に火を点ける。マッチを擦る手が震えた。親友はくすくす笑う。親友はこちらを見ていない。震えている所を見られてはいないはずなのに、見透かされているようで不快だった。

「ふふ……わかってるでしょ、自分でさ」

あの野郎。余計な事を。どうせ脅されたに決まっているが、よりにもよって、あの事をバラさなくても良いだろうに。いや、こいつはどこまで聞かされたんだ? 焦るな。冷静になれ。こいつにはきっと、いつかバレる事だった。それに、場合によっては、大した話では無いかも知れない。まずもって、殺される訳でも無い。落ち着け。深く煙草の煙を吸って、ゆっくりと吐き出した。

「俺と遊んでよ、ね?」

こんな夜中に目が覚めて、暇なんだよ。親友はそう言って立ち上がり、俺の目の前に立った。

「……ギグは」

「寝てるよ。ギグはそういうの、興味が無いみたいだね」

神様だからかなあ、勿体無いよね。そいつはそう言って、俺の手から煙草を奪い取り、床に捨てて、踏み消した。臙脂色のカーペットが焦げる匂いが微かに漂う。

「付き合ってくれるだろ?」

「……好きにしな」

こいつには逆らえない。今までどうにかこうにか丸め込んで、思う通りに動かして来たけれど、こいつの関心がこちらに向くと、どうにもならないだろうとは思っていた。こいつは面倒な事に、興味を持った事については異常な程に執着する。反面、どうでも良い事にはとことん無関心で、他人に処遇を任せてしまうのだが。

親友は俺の手を取ると、ぐいと引っ張って、俺の体を床に転がした。すぐそこに立派なベッドがあるってのに、わざわざこんな床の上でするってのか。上等なカーペットのおかげで、そこらのベッドよりもずっと寝心地は良さそうではあるが、どういう趣味をしているんだ、こいつは。

「自分で脱いで見せてよ」

「……」

自分より十歳以上も下のガキの言いなりになって、自分から隠していたい部分を曝け出すことに、思うことが無いではなかったが、逆らう訳にはいかなかった。スカーフを解いて、ボタンを外す。ベルトを取って、腰巻きを脱いで。少しずつ露わになる体を、親友は満足気に見つめていた。金の瞳がやけにギラギラと光っていて、嫌な予感しかしない。

すっかり衣服を脱ぎさってやると、親友は後ろを向くように命じた。それに従って、尻を親友に向けて膝をつく。クソ、これを隠したくて、あの服を着てたってのに。

「初めて見たよ、尻尾のあるセプーなんてさ」

大半のセプーには無い尻尾が、俺には残っている。高い身体能力を活かす為には、こんなものは邪魔だ。だから、大半は退化してしまっているし、もし生えていても、ごく幼いうちに切ってしまう。だが、放任主義に過ぎる俺の母親は、それをしなかった。おかげでこの有様だ。

セプーの尻尾は成長するに従って切れなくなってしまう。根本の軟骨が形成されることと、太い血管が通るようになって、切除すると大出血を起こすからだ。場所的に止血することも難しいから、自然に止まるのを待つか、焼き潰すかしか無くなる。前者は失血死の危険があるし、後者は言わずもがな、酷い跡が残る。そしてどちらにしろ、激痛がしばらく続くのだ。それくらいなら残しておいた方がずっとマシだった。

それに、動きづらさとは反対に、尻尾が残ったまま成人したセプーは希少価値があるらしく、それなりに重んじられる傾向もある。当然、無能な奴に尻尾があれば馬鹿にされるが、俺はでかい組織の頭をやれている程度には能力もある訳で、そうなれば、それは隠すようなものでもなく、かえって箔がつくくらいのものなのだが……。それでも、俺からしたら、普通になれなかった原因の一つであって、気分の良いものでは無い。

どんな顔で親友が俺の体を見ているのか、この体勢ではわからない。が、尻尾をつう、と手で持ち上げて、くるくると弄ぶ指先は、なんとも落ち着かない。

「安心してよ、切ったりはしないから」

当たり前だ。俺はまだ死にたくもないし、痛いのも好きじゃない。そうなれば、テーブルの上に置いたナイフを引っ掴んで縊り殺してやる。

親友は尻尾を掴んだまま、尻を撫で始めた。厭らしい手つきに、思わず総毛立つ。

「っく、おい! 何を……」

「こんな格好しておいて、今更でしょ」

されるだろうとは思っていたが、こんな体を見てもその気になれるのか、こいつは。もう一つの隠し事を聞かされてきたのかはわからないが、それを考慮しても、こいつが男相手にその気になれるとは思わなかった。

「こっちも使ってるんでしょ。誰としてるんだか知らないけどさ」

嘘つけ。どうせジンバルトから何もかも聞かされて来たんだろうが。ジンバルトなり組織の連中なりと寝てる事を聞いて、自分も便乗しようって腹だろう。調子に乗ってんじゃねェぞ。

親友の指先は尻から、窄まりの方へと移動して――。

「ってえ! てめェ、何しやがる」

「指入れただけでしょ」

濡らしてもいない指を入れられて思わず抗議すると、親友はいつも通りの不遜な態度で返事をした。そんなことは言われなくてもわかっている。俺が聞きたいのはそういうことじゃない。

「ふざけんな、痛ェだろうが」

「……」

親友はいまいちわかっていない、すっとぼけた顔をしている。こいつ、男も女も変わらないと思ってるんじゃねェだろうな。このまま続けられて怪我をしたらたまらない。

尻を向けた体勢から逃げ出して、親友と向かい合わせになってあぐらをかいた。親友は相変わらず、何を考えているんだかわからない目で俺を見ている。

「おい、親友。男と寝た事は」

「無いよ」

やっぱりか。それで何であんなに自信満々で調子に乗った事が出来るんだ、こいつは。俺はため息を一つついて立ち上がった。兎にも角にも、床でするのは好きじゃない。

「だったら、大人しく俺の言うこと聞いときな。教えてやるからよ」

「……面倒臭い」

とっとと好きにやらせて欲しいと顔に書いてあるが、そうさせる訳にはいかない。辱めを受けるのは構わないが――。

「俺が痛ェ思いをしたくねェんだよ、こっちに来て脱げ」

この部屋にジンバルトなり部下なりを連れ込んで寝るのは良くある事だから、ベッドの近くにはあれこれそのための物を置いてある。こいつが自分で動かないなら、こっちがなんとかするしかない。

不機嫌そうな顔をする親友を置いて、一人ベッドの方へ移動する。催淫剤を混ぜてある薬の缶を手に取って中身を指で掬った。面倒なのはこっちの台詞だ。その気にもなってねェのに、こんなガキに尻を貸すだなんて。

親友は渋々、服を脱ぎながらベッドの上へやって来た。下も脱ぐように言うと、黙って言うとおりになった。素直にしてりゃあ、可愛いもんなんだがな。

こいつに解してくれと言った所で、乱雑にやられて痛いだけだ。自分でやった方が話が早い。俺は四つん這いになって親友の股間へと顔を埋め、勃ち上がりかけた陰茎を咥えた。右手で支えながら、とりあえず完全に勃たせてやろうと唾液を絡めながらしゃぶってやる。それと並行して、薬で濡らした左手の指を自分の尻穴に突き入れた。この城を乗っ取ってから、夜にすることなんてたかが知れている。酒を飲むか、誰かと寝るかしか無い。昨晩だってジンバルトと楽しんでいたくらいだ。我ながらこうも簡単に入るものかと感心しつつ、二本入れた指で中を拡げる。にちゃりと粘っこい水音が聞こえて、自分でそうしているのが情けなくもなった。これで相手がこいつじゃ無かったら、もっと真っ当に興奮出来たってのに。

「いつもこんなことしてるの」

こんなこと、が指すのがどんなことなのか、聞き返す気にもならない。好きなように解釈しろ。俺は返事もせずに、すっかり固くなったものを吸い上げた。親友から微かに鼻にかかった喘ぎが漏れる。口でするのはそんなに得意では無いが、禄に経験も無い十七のガキからしたら、余程気持ち良いのだろう。口だけで終わらせられたら楽で良いのだが、自分で後ろを準備させられておいて、何もしないというのも損した気分だ。そんなに期待していないが、こっちも楽しませてもらわないと割に合わない。指を三本突っ込んで中をぐちゃぐちゃに掻き回していると、薬の効果もあってか、それなりにこいつが欲しくなってきた。指を引き抜くと、その欲求は余計に募って、物足りない部分を埋めて欲しくてたまらなくなってくる。最後に唾液をたっぷり塗り込んでから、口から親友の陰茎を引き抜いた。

「ん……もう良いぞ、入れても」

「ロドって、変態なんだね」

体を起こすと、親友は馬鹿にしたように笑った。いちいち癇に障る顔しやがって。その変態にしゃぶられておっ勃ててるお前は何なんだ。結局、同類だろうに。

「うるせェ、入れるのか、入れねェのか、とっとと決めな」

「入れるに決まってるでしょ」

「うあッ」

親友は俺をベッドに乱暴に転がすと、うつ伏せにして尻たぶを広げた。さっきまで弄っていたおかげで、外気に晒されたそこは勝手にひくついている。後ろを見やると、親友は尻尾を掴んで、俺のそこをじろじろと舐め回すように見つめていた。

「あは、すごいね。とろとろになってて、いやらしい」

「くっ……あんまり見てんじゃねェよ」

見られて気分の良いものでもない。入れるならとっとと入れて終わらせてしまいたいってのに。お子様らしい好奇心で、親友はそこに指を入れた。乱雑さには変わりないが、薬のせいもあって、今度は痛みも無い。それどころか、その無遠慮な指の動きが快感でさえあった。

「ふっ……う、あっ、あ……」

「責められるだけってのも面白くないでしょ」

わざとなのかどうなのか、くちゅくちゅと音を立てて弄くられる。良い所を探られる訳でも無く、ただ中の感触を味わうだけの動き。品定めをされているようで、気持ち悪い。気持ち悪いのに、それが返って焦れったい。

「すごいね、ぬるぬるして女みたい……でも、女よりずっときついし、入れたら気持ち良さそう」

「良いから……入れるなら、早く、しろよ……ッ」

「そんなに欲しいの?」

「……んな訳あるか、てめェが入れたいっつったんだろ」

「あれだけ美味しそうに咥えておいて、そんな態度とっちゃうんだ」

別にそんなつもりは無い。ちょっと咥えただけでいきそうになるような堪え性のない一物、美味そうに咥えるはずが――

「ぐあッ、う……」

「あー……、すごいね、男の方が気持ち良いって本当なんだ」

「うぐ、てめェ、いきなり……ッ」

奥まで一気にこじ開けられ、圧迫感に声が漏れた。抗議しても、こっちの好きにしろって言ったのはそっちでしょ、親友はそう言って、聞く耳を持ってはくれなかった。

「あッ、がっ、ぐッ……ううッ……」

「はは、色気のない声」

しゃぶった時はそんなに大きく無かった癖に、動きが乱暴に過ぎて痛みさえ感じるくらいだ。いや、それは尻尾を引っ張られているせいなのか。快感なんて感じるはずもない。内臓に感じる衝撃が辛いだけだ。自分のそこがどうなっているのか良くわからないし、感覚はぐしゃぐしゃになっている。自分のものが萎えているのはわかっている。思った以上に感じないのが辛い。こういう扱いをされるのなんて久しぶりだったからか、勝手に涙が滲んでくる。糞、死ね、いや、殺したい。呻き声を上げるのも癪で、シーツに顔を埋めて堪えてみても限界がある。どうにか楽になろうと快感らしいものを辿っても、容赦無く腰をぶつけられて、そんな暇なんてありはしない。正直、子供相手だ、どうせすぐ終わるだろうと高をくくっていたのだが、この様子ではそうもいかないらしかった。いや、苦痛に耐えているから時間が長く感じるだけなのか。一体いつになったら終わるのかと、苦々しい気持ちでシーツを掴んだ。

それが終わる頃には、俺はすっかり疲れきってしまっていた。萎えたものを引き抜かれて、掴まれていた尻尾を開放されて、ずるりと体をぐったりとベッドの上に横たえる。繋がっていた場所はずきずきと痛んで、閉じているのか開いているのかもわからない。途中から苦痛のせいで脂汗をかいて、体は妙に冷えていた。ついでに食いしばっていた歯が痛い。ぜえぜえと荒い息を吐き、朦朧とする頭で、後始末の事をぼんやり考える。もう動きたくないが、中に出されたなら掻き出さなければならない。風呂にだって入りたい。そのどちらも、親友は手伝ってはくれないだろう。

「……気持ち良かったよ、ロド」

親友はやはり、こちらの事なんて気遣う様子も無い。俺がどんな顔をしているのかは気になるらしく、俺の隣に横になって、憔悴しきっているだろう顔を見て、薄く笑った。笑ってんじゃねェよ。こっちは笑えねェってのに。ふざけやがって。

「ヘタクソが」

出来る限り殺意を込めて吐き捨てると、親友は目を丸くして、次いでころころと笑い出した。だから、笑い事じゃねェって言ってるだろうが。

「てっきりロドは虐められるのが好きなのかと思ってたよ」

ごめんごめん、と謝罪の気持ちが一切感じられない調子で言いながら、親友は俺の体を仰向けにして上に覆い被さった。おい待て。まさか。

「お詫びにもう一回、やらせてよ。今度はロドの事も気持ち良くしてあげるからさ」

「ふざけんなよ……退け。俺はもう」

「良いから良いから。それに――」

「っく、やめろッ!」

拒絶の言葉を遮って胸へと伸ばされる手。何をしようとしているのか予想がついて、その手をはたき落とす。そこに触られるのなんて絶対に御免だ。抵抗する俺を見て、親友は一瞬だけ冷たい目で俺を見て、また笑顔を作った。これはこれで楽しいと、顔に書いてある。親友は、ぞっとして固まった俺の様子を見逃さなかった。両腕を一纏めに掴まれて、頭の上に拘束される。ぎりぎりと骨が軋んだ。抵抗したって無駄なのだと思わされる。ギグが寝ているとは言え、こいつが本気になれば、不具にされたっておかしくないのだ。流石にそれは御免だが、それでも、されるがままに体を弄られるのは我慢がならない。尻の方はまだ我慢出来る。でも、胸だけは嫌だ。やめろ、殺す、離せ、そう叫ぶ俺を無視して、親友は俺の乳首を摘み上げた。

「あっは、すごい、本当に出るんだ」

「……」

無邪気に喜ぶ顔を見たくなくて、目を背ける。情けない。情けない。こんなガキに。俺の思う通りに動く駒のままでいりゃあ良いものを。だらだらと乳を零す胸。滴った雫が垂れて胸を汚す。漂う乳臭さ。こんなのより、精液の匂いの方がずっとマシだ。糞。

「雌でもないのに不思議だね、面白いな」

「……気が済んだら、もう退けよ」

「ふふ、怖い怖い……言ったでしょ、今度はロドも気持ち良くしてあげるって」

「いらねェって言ってんだろ、退け!」

「嫌だね。起きたばっかりなんだから、もっと楽しませてよ」

腕を拘束したまま、親友は胸へと唇を寄せた。そこを吸われるのかと身構えた俺を待っていたのは、噛み千切られるかと思う程の痛み。

「ぎっ……ぐあ……ッ」

目の前に火花が飛んだ気がした。痛い。親友はそこに噛み付いたのだ。噛み千切る寸前くらいに力を込めて。ふざけるな。誰だよ、気持ち良くするって言ったのは。痛い、痛い。頼む、やめてくれ、許してくれ、と必死に懇願して、それでもこいつはそこに噛み付いたまま離れなかった。体をばたつかせ、捕らわれた腕にも力を込めているのに微動だにしない。

数分にも及ぶ苦痛の末にようやくそこを開放した親友は、実に満足げな笑顔を浮かべていた。唇が乳と僅かな血で汚れている。千切れてはいないが、傷ついてしまったらしい。あれだけ痛んだにしては大したことが無くて良かったが、それでも痛いものは痛い。それは唇を離した今でも変わらなかった。むしろ外気にさらされているだけ、余計に痛む。親友は、きつく自分を睨みつける視線を無視して、頑張ったね、と言わんばかりの優しげな表情を浮かべて俺にキスをした。柔らかい唇の感触。ほんのりと香る乳と血の臭い。侵入してくる舌。そして流れ込んできたのは――。

「――ッ!」

ようやく苦痛から開放されたばかりで油断した。そうだ、こいつが何の考えもなしに、この俺に生易しいキスをするはずがない。唇を割り入って流し込まれたのは、自身の乳と血。こんなもの見るのも嫌だってのに、飲まされるなんて冗談じゃない。どうにか吐き出そうと藻掻くと、親友は拘束していた手を開放して、両手で俺の頬を掴んだ。口を開かせない気らしい。意地でも飲んでやるものか。とっとと諦めろ。頼むから諦めてくれ。

そんな願いを叶えてくれるような相手じゃないということはわかっていた。抵抗すればするほど、喜んでねじ伏せようとしてくるということも。

僅かに空いた口の端から流し込まれる液体が溢れ、シーツを汚している。それでも送り込まれる量からしたら焼け石に水だった。飲み込めないだけで、口内はすでに互いの唾液と乳と血が混ざった何かで満たされている。何度えづきそうになったかわからない。飲む飲まないの問題ではなく、もう、吐いてしまいそうだった。血生臭さには耐えられても、乳臭さだけは駄目だ。大半のセプーが好む匂いではあるのだが、本当に、無理だ。耐えられない。自由になった腕で、目一杯の力を込めて、俺は親友の体を押し退けた。ベッドの上を汚す訳にはいかない。どうにかベッドの端から頭を出して、胃から上ってくるものと口の中に溜まったものを吐き出した。

「うっ、ぐえっ……かはっ……あ、はあ……ッ」

漂う吐瀉物の臭い。吐くまで飲むことはあっても、こんな場所で戻すことになるなんて。糞。何もかもこいつのせいだ。口元を拭って、突き飛ばした親友へ向き直る。親友は、悔しさを滲ませた歪んだ笑みを貼り付けて、俺を見ていた。

「……意地っ張り」

「どっちがだ」

そっちがとっとと諦めてりゃあ、こうならずに済んだってのに。むしろあのまま吐いてやったら、こいつも俺も、ついでにベッドもゲロ塗れになって、多少なりとも不快にさせてやれたかも知れない。自分も酷い目に合うが、痛み分けにはなっただろう。突き飛ばさなきゃ良かったか。

「酷い臭いだね」

「誰のせいだよ」

そりゃあ、ロドのせいでしょ。親友は本気でそう思っているらしく、しれっと返した。ふざけるな。俺から睨みつけられる視線などどこ吹く風で、親友はベッドから降りた。ぺたぺたと二、三歩歩いて、床に脱ぎ捨てた衣服を拾い上げて、いそいそと着だす。元々そんなに枚数も無い服は、俺が呆けている間に、元通り親友の体に纏われた。かと思えば、そのまま、こちらを振り向きもせずにドアへと向かって歩き出す。

「おい、何処行くんだ」

声をかけてようやくこちらを振り向いた親友は、こちらにはまるで興味を失ったらしい、色のない顔をしていた。なんだってんだよ、ついていけねえ。

「ちょっと外で遊んでくるね。なんか萎えちゃった」

おやすみ。それだけ言って、親友は内鍵を開け、出て行った。何なんだ、本当に。後始末も何も考えないまま、俺を置いてけぼりにしやがったのか。

「……ったく、クソガキが」

足音はたちまち小さくなり、扉の前の気配も無くなった。俺の呟きなんて聞こえなかっただろう。聞かれても困るが。

「く……あちこち痛ェ……」

おかしい体勢で甚振られたせいで、体中があちこち軋む。しかし、いつまでもこんな汚れた部屋になんていられない。直ぐ側で異臭を放つ物がぶちまかれたベッドでなんて寝たくも無かった。どうにかしてベッドから降りて立ち上がる。じくじくと痛む右の乳首は腫れ上がって、左と比べて酷い見た目になっていた。赤黒く変色したそこには血が滲んでいる。ここにつける薬を寄越せとジンバルトに言うのも阿呆くさい。しかし、元はと言えばあいつが俺の体の事をあいつにバラしたせいだしな。文句は言わせない。

そろそろと、脱ぎ捨てた服の所まで歩こうとした途端、中に出されたものが溢れ出して、大腿を汚した。ああ、そうだった……痛みのせいで忘れていたが、掻き出すのをすっかり忘れていたんだった。なんだかもう、あれこれ動くのが苦痛だった。もうこれだけ汚れてしまったのだ、多少汚れが増えたところで関係無い。皺まみれのシーツを引っ掴んで、乱雑に両足を拭った。きっと、もうこの部屋を使う事も無いだろう。ケチの付いた部屋をいつまでも使い続ける程、俺の神経は図太くない。

ぐちゃぐちゃになったシーツをそのままに、俺はどうにか窓際までやってきた。脱ぎ散らかした服をよろよろと着て、椅子にどかりと腰を下ろす。ああもう、この部屋から見る景色は気に入ってたってのに。

最低な日だったが、今日はやけに月が綺麗だ。雲が少しだけかかって、少しずつ流れていく。この部屋から見る月もこれが見納めかよ。くだらねェ幕切れだ。いつもこうだ。うまく行ってるかと思えば、誰かがそれを壊す。

グラスに残った酒をぐい、と煽った。吐いたせいで酷い臭いがしていた口の中が幾分マシになった、気がする。続けて煙草に火を点けた。ここで吸う最後の煙草。目を閉じて、深く吸い込む。そしてゆっくりと、細く細く吐き出した。煙草の煙が窓の向こうの景色を灰色に汚して、そしてゆらりと溶けていく。

きっと俺の結末も、今日みたいに突然訪れるんだろう。あいつの気まぐれで、全部おじゃんになるんだ。今日は叶わなかったが、出来ることなら、あいつにも一杯食わせて終わりにしてやれたら良い。舐められてばかりじゃあ、苛ついて仕方ねェ。

短くなった煙草を灰皿に押し付けて立ち上がる。飲みかけのままの酒瓶はそのまま、煙草が入った小箱とマッチを手に、月に背を向けて部屋のドアへと向かった。乱れたベッドを追い越して、ドアの前に立つ。こうして顧みなくなった場所がいくつあるだろう。思い出すことはあっても、戻りたいとは思わない場所が。

やけに重く感じるドアを開けて、部屋の外に出た。ジンバルトを探さなければ。いつもの地下の調合室にいれば良いが。

深夜のせいか、城の中は静まり返っている。人通りも無い。豪華なのを除けば、元いたアジトに雰囲気が似ている気もした。地下室へ続く廊下を歩きながら、捨ててきたあの古城の事を思い出す。ここに比べれば、ぼろっちい場所だったな。悪くは無かったが、今の暮らしを考えれば、よくもまあ、あんな場所で何年も過ごしていたものだと思う。そこにもまた、戻りたいとは思わないが。

不意に口寂しくなって、煙草に火を点けた。ジンバルトに会ったら、事の顛末を愚痴ってあれこれ文句をつけて、抱いてもらおう。まさか断りはしないだろう。あんな一方的な行為で、こちらが満足出来る訳が無い。あんなヤツじゃなくて、いつもの相手が良いに決まっている。ああそうだ、ついでに、ジンバルトがあいつに何を言ったのか吐かせてやらなければ――。

そこまで考えて、ふっと口元が緩んでいるのに気付き、煙草を吸って誤魔化した。誰が見ている訳でも無いけれど、ジンバルトに執着しているようで癪だったのだ。

今が何時だか見てくるのは忘れたが、どうせまだまだ夜は長い。月の光も届かない地下室なら尚更、時間を気にする必要なんて無い。さて、どうやってジンバルトを虐めてやろうか。

あれこれ考えながら、俺は地下室へ続く階段を降りた。随分と煙草が短くなっても、調合室に入るまで、それを口から離す事は出来ないままだった。

終わり

wrote:2016/12/25