美味しそうなあなた

そいつは珍しく、愛おしそうにオレの体の隅々に唇を落とすと、最後に、唇に優しいキスをした。まるで恋人にするようだと、もどかしい感覚に身を捩りながら思う。いつもは、まるで獣か何かが交わるように、ただ体のそこかしこにむしゃぶりついているだけなのに。

「一体どうしちまったんだよ、相棒」

覆いかぶさって、オレを見つめる相棒の眼差しも、いつもより心なしか穏やかに見える。白い頬をそっと撫でて尋ねると、相棒は、本当に何を言っているのかわからない、と言った表情で聞き返した。

「何が?」

「いや……今日はやけにおとなしいと思ってよ」

「別に、そんなつもりは無いよ」

明らかに普段と違うのに、そう返されてしまっては、追求の仕様が無い。何か企んでいるのかも。そう思いながらも、とりあえず、相棒の好きにさせることにした。それならそれで面白くなりそうだし、普段と違う感覚も、それなりに楽しめそうだと思ったから。

相棒は、それ以上追求されないと見るや、オレの体を愛でる作業を再開した。先刻のは、あくまで前哨戦に過ぎなかったらしい。相棒は、ただ唇を落とすだけでは飽きたらず、心惹かれた部分を丁寧に舐め、音を立てて吸い付き、歯を立てるだけの甘噛みで、オレの体を愛撫した。

いつもは噛まれる度に戦々恐々として、いつ喰われるかと気を張っていなければならなかったのに、今日はもう、そんなことを考える気も失せてしまっていた。どこまでも優しい感覚に、こいつは今、オレを愛する為だけに、唇と舌と歯を這わせているのだと、信じこまずにはいられない。

もどかしかった感覚は、いつの間にかぞわぞわした快感にすり替えられて、肝心なところへ触れられている訳でもないのに、声が抑えられない。オレから漏れる上ずった吐息を聞いて、こいつも興奮しているらしい。時折触れるそれは、こちらから触れてもいないのに、硬く熱を持っていた。

「ああ、ギグ……凄い、美味しそうだよ」

オレの脚を持ち上げて膝立ちになり、足の指にしゃぶりつきながら、そいつは恍惚とした顔で、そう口にした。おい今なんつった? オレを見下ろす相棒は、いつも見るのと変わらない、獲物を見つけた野獣のような、ギラついた目つきに戻っている。

ちょっと待てよ、おい。こいつ、油断させて喰らうつもりだったのか。随分な演技力じゃねェかよ。脚に力を込め、蹴り飛ばそうとしたがもう遅い。喰い千切られてしまった足の親指が、ころころと相棒の口の中で転がっていた。

終わり

wrote:2015-11-22