ハッピーエンドのその後は

「……ギグはさ、俺がいないと寂しい?」

「ああ? んだよ、急に」

二人で草原に寝転がって、星がまたたく夜空を見上げていると、相棒が、そう、オレに訊ねた。なんで急に、そんな痒くなるようなことを言い出すのかと、オレは空を見上げたままの相棒を見た。視線を感じてか、相棒もオレの方を見つめる。

「前に言ったじゃない、ギグがいるから寂しくないよ、って」

「……随分懐かしい話だな」

それほど昔って訳でもないのに、融合してた時の話が、随分と懐かしく思えた。一度転生してから、緋涙晶のいたずらで融合したりもしたが、やっぱり、印象深いのはあの時のことだ。さっさと死んで、オレに肉体を寄こせだなんて、今思うと何考えてるんだ、って話だが、思い出すたびに笑ってしまう。お互いのことがわかってなさすぎて、色々と衝突もした。おおむね相棒は流してたがな。

「ギグがいなかったときは、本当に寂しくて、死んじゃうかと思ったよ」

「……死んでなかったじゃねーか」

転生するまでに半年くらいかかったが、結局相棒は死んでなかった。いの一番に会いに行ったら、相当やつれててビビったけど、暗い顔でホタポタの収穫をしていたので、なんというか、変わらねーな、と思ったことを覚えている。

「でも、生まれて初めて、あんなに泣いたよ。食事ものどを通らなくて、悲しくて眠れなくて、大変だった」

「……そうだな」

後から話を聞いた限り、オレがいなくなった後の相棒は、散々だったらしい。一人きりで隠れ里の部屋にこもり、一日中泣いては、泣くために水を飲み、また泣く。誰が何を話しかけても、何も言わない。食事も、涙を流すための塩分補給でしかないレベルで、本当にこのまま死んでしまうんじゃないかと、あのメスセプーやらベルババァは心配していた、って言ってたっけな。自分がいなくなった後のことを、オレは何も考えていなかったのだと、その時、少しだけ心が痛んだ。

再会してからは、相棒への詫びも兼ねて、二人で世界のいろんな場所を回った。融合してた時は、せわしない旅とは言え世界各地を巡ったはずなのに、黄金のホタポタを探すんだ、なんて名目で、ゆっくりとこの世界の街や遺跡を周ると、また違った楽しさがあった。二人で夜空を眺めながらいつの間にか眠りにつくのが、たまらなく安心した。

ただの人間に戻った相棒は、オレに比べたら体力もないし、力もない。だから自然と相棒に合わせて歩くことになる訳だが、それも別に苦じゃなかった。相棒と同じ目線で、同じ歩幅で、同じ速度で歩けることが、嬉しかった。

「ギグと一緒に、旅するの、楽しかったな」

「……今もしてんじゃねーか」

「はは、そうだね」

どうして、今そんな言い方をするんだ。まるで、まるで……終わりがくる、みたいに。

「……ギグも、俺がいなくなったら、同じように悲しんで、寂しがってくれるのかな、って。ちょっと思ってさ」

「何、言ってんだよ……縁起でもねえ」

「ごめん……だけど、そろそろ……時間切れな気がしてさ」

信じたくなかった。相棒は、相棒だけは大丈夫だと、そう信じたかった。あの時、ガジル界で聞いた、あの世界の連中は三十歳で死ぬという決まりなど、ハーフニィス界にいた相棒には適用されないものだと。だが、あの戦いが終わって、もう五、六年経つのに、相棒の姿は、あの時と変わらないまま。ガジル界の人間も、十七歳で成長が止まり、三十歳で死ぬまで、見かけは一切変わらない。ということは、相棒の体は、ガジル人のそれと、同じものだということ――。

「……ッ、なんで、なんでだよッ!」

それにしたって、早すぎるだろ。まだ年齢的には三十歳には届いていないはずなのに。いや、そうか、オレと融合させられ、世界を喰らう者としての力を与えられ、そして奪われ、体に負担をかけ過ぎたせいか。だけど、だけど――こんなのって、あるかよ!

地面に拳を叩きつけて、それで何かが変わる訳でもない。相棒の顔を見ていられなくて、視線を空に戻す。せっかく、相棒とずっと一緒にいたいと、絶対に離れたくないと、そう思って、前と同じ姿で転生したってのに。たったの数年で、離れ離れにならなきゃいけねえのかよ。オレが、あの時、相棒の世界を喰らう者としての力を全て吸収し尽くしたから。オレのせいで。相棒が、こんなに早く死ななきゃいけなくなったってのか。畜生。ふざけんな。

「ギグ、泣いてるの」

「……泣いてねェよ、馬鹿野郎」

「はは、嘘つき……」

視界がうっすらぼやけて見えるが、こんなの、クソッ、どうしたらいいんだよッ!

「てめぇ、どうして、なんでそんな、平気でいられんだよッ!」

思わず立ち上がり、相棒に叫ぶ。死ぬんだぞ、お前。オレのせいで。しかもお前、自分が早死にするってわかってて、どうしてそんな平気でいられるんだ。どうしていつも通り、オレとバカやって、楽しそうにできるんだ。悲しくねえのか、悔しくねえのかよ!

思ったことをまくしたてながら、いつの間にかぼろぼろ涙が頬を伝っていて、相棒がどんな顔をしてこちらを見ているのか、全くわからなかった。

「……ギグ、俺は、ギグのせいだなんて思ったことはないよ」

寝そべったままの相棒が最初に口にしたのは、オレを気づかう言葉。

「俺はギグのおかげで、あの時生き残れたと思ってるし、感謝してるよ」

「……本当に、相棒は馬鹿だぜ」

どんだけお人好しなんだよ、オレに感謝、って。なんでだよ。長生きできりゃあ、それだけたくさん楽しいことがあるはずだろ。それが全部、オレがあの時、考えなしに行動したせいで、おじゃんになっちまったってのに。ふざけんな。

「ギグだって……神様なのに、俺のこと、気にかけ過ぎじゃないの」

「うっせえ……」

神様だとか人間だとか、そんなのどうだっていい。お前は、オレの「相棒」だろうが。片われを残して逝くなんて、絶対に許さねえ。

「……相棒。本当は死にたくねえし、オレと一緒にいたいだろ?」

「……ギグ、やめてよ」

「せっかく諦めたのに、って言うつもりなら、ぶっ殺す!」

死んでほしくないと言っておきながら何言ってんだオレは。でも、そうやってこれ以上こいつに、自分の生き方を諦めて欲しくない。お前は今まで色々諦めすぎたから。そのおかげでオレとこうしていてくれてる訳だが、今はきっと、諦めからオレと一緒にいる訳じゃないはずだ。もう、諦める必要はなくなったはずだから、だから――こんな終わり方、オレは絶対に認めない。認めてなんかやるものか。ああクソ、どうしたらいいかわからねえが、こんな事態にした張本人、ハーフニィスのババァとベルババァに頼るしかねえ。

「わ、ちょっと、ギグ……!」

「いいから黙ってろ、オレが……オレが、どうにかしてやる」

オレは相棒を抱きかかえ、ハーフニィスがいるはずの、世界の狭間へ通じる門を開いた。死を統べる者としての力を取り戻したオレにとっては、この程度は造作もない。こんな結末になることがわかっていて、こいつを作り出したというのなら、オレを転生させたというのなら、オレはあいつらを許さない。あいつらを殺してでも、相棒だけは助ける。助けてやる。

こんな不憫な話があるか。世界の均衡を保つために作りだされ、用が済んだら後はどうなろうと知ったこっちゃない、だと? 本来ならもっと長く生きて、今まで辛かった分、自分のために生きるべきはずだっただろうに。そして、与えられた役割を全うした英雄には、その権利が与えられて当然のはずなのに。もっともっとたくさんの、幸せな思い出を作れるはずなのに。

たとえどんな手段であっても、かまわない。こいつがより幸せになれるなら、こいつと少しでも長く一緒にいられるなら、オレは、どんなことだってしてやる。

呼吸がどんどん浅くなって、目を開けているのさえ辛そうにしている相棒を抱きかかえ、オレは、ハーフニィスのいる、世界の狭間へ向かった。

世界の狭間の暗い空間には、すでにハーフニィスとベルビウスの二人が、オレと相棒を待っていた。こうなることを見越していたとしか思えない。やはり、こいつらは、こうなることをわかっていて、オレと相棒を利用していたって言うのか。あの戦いで世界の均衡を保ち、用が済んだら、たった五年ばかりのご褒美を与え、後はすべて、なかったことにするだと?ふざけるな。

「……ギグ、彼の魂はもう、肉体から離れかかっています」

「知ってるよ、んなことは」

今こうして相棒を抱きかかえているんだから、それくらいのことは、よくわかる。浅くなっていく呼吸と、抜けていく力と――もう、終わりが来てしまう人間、そのものの体。

「……貴方の手で、終わらせてあげなさい。ハーフニィス界に転生させるには、それしかありません」

「――ッ! てめえ、ふざけんじゃねえ!」

申し訳なさそうな顔をしていればまだマシだというのに、無表情でそう言ってのけるハーフニィスのババァを見て、オレは激昂した。どの面下げて、そんなことを言うつもりだ。お前らの、お前らのせいで、相棒がこんな目にあってるんだぞ。

「ギグ、仕方なかったのです。あの魂を定着させるには、その肉体しか適したものは……」

ベルビウスがオレを諌めるが、今そんな話を聞きたい訳じゃない。

「そんなん知るかよッ! お前らなら、どうにだってできたはずだろ!?」

ガジル人の器を使わなくたって、よく似たハーフニィス界の人間を器にすれば済む話だっただろうが。そんなの、いくらでも見つくろえるはずだ。なのに、どうしてそうしなかったんだ。悪意しか感じられねえ。

「聞きなさい、ギグ。その器でなければ……どうしてもできなかったのです。肉体が変化すれば、ガジル界に送りこめなくなる。だから十七で成長が止まるその体しか……!」

「……ふざけんじゃねーッ! そんな言い訳なんて聞きたくねえんだよ!」

そんなことを聞きたい訳じゃない。だって、そんなの今更どうしようもないだろ。相棒を助けるには、ずっと一緒にいるためには、オレはどうしたらいい? オレに思いつくのは、こいつをもう一度、世界を喰らう者にしてやるか、さっきこいつらが言っていたように、オレの手で相棒を殺し、ハーフニィス界に転生させるか、どちらかしかない。どっちにしろ、このままの相棒の姿のまま、相棒の人格のままでは、いられない可能性が高い。しかも後者は、また、相棒と別れなければいけなくなる。そんなの、救われないだろ。どうにかして、相棒をこのまま生き長らえさせる方法はねえのかよ。

「……どうしたらいい。どうしたら、相棒を助けられる」

「方法は、いくつかありますが……その前に、一つ聞かせてください」

ハーフニィスは、そう言って、こちらに近づくと、相棒に語りかけた。ぐったりした相棒の頬に触ろうとしていたが、それは俺が睨み付けることで拒絶した。お前らを相棒には、絶対に触れさせたくない。

「貴方は、どうしたいのですか。誤魔化さず、本当の気持ちを話してごらんなさい」

「……」

確かに、オレは相棒と離れたくないし、きっと相棒だって同じ気持ちで、こんな風に死にたくないと、そう思っているとばかり考えてここまできたが、本心を聞いてはいなかった。信じてはいるが、もし相棒が、おとなしく死んで、普通の人間と同じように転生したいと言ったなら、どうしたらいい? オレと一緒にいるよりも、人間らしい生き方を望んだとしたら? オレは、どうしたら――どうしたら、相棒がいなくなることを受け入れられるって言うんだ。神である以上、ただの人間と情を交し合っても仕方のないこと、いずれ終わりがきて、別れが待っていることはわかりきっている。それは当然のことで、そんなことに心が動かされるようなオレじゃない。もし、あの戦いで一緒だった連中が死んだところで、悲しくなんかはないし、転生したらまた遊んでやる、くらいの気持ちだ。だけど、相棒は違う。オレと一つの体を分け合って、心を通わせて、互いに影響し合った、いわばオレの半身ともいえるような、そんな相手なのだから。自分の半身がいなくなって、冷静でなどいられるものか。

「……ギグ、と……」

相棒は、ハーフニィスの言葉に、うっすらと目を開けて、どうにか言葉をつむぎ始めた。か細い声。こんな、弱弱しい声が最後に聞く相棒の声だなんて、思いたくない。「オレと」。オレは胸が押しつぶされそうになりながら、その後にどんな言葉が続くのかを待った。それは、オレが望んでやまない言葉なのか。それとも。

「……ギグと、離れたく……ない」

「相、棒」

やっぱり、オレと同じことを考えていてくれたのか。枯れたはずの涙がこぼれそうになるのと、相棒を今すぐ抱きしめてめちゃくちゃに撫でくりまわしたい気持ちを堪え、オレはようやく、そう口にした。

「……それは、貴方が人でなくなっても、かまわないと思える願いですか」

「……はい」

「相棒……」

オレが懸念していたことにも、相棒は、かまわないと、そう言った。人でなくなってしまうことを、きっと気にするだろうと思っていた。でも、それでも、相棒はオレを選んだのだ。嬉しいという一言だけで表現できることじゃない。

「ギグ。貴方は、今持っている力の半分を失っても、後悔しませんか」

「はあ? どういう意味だよ」

唐突に振られた疑問。力の半分を失うって、どういうことだ。オレに、死を統べる者をやめろとでも言うつもりか。

「……貴方の持つ死を統べる者としての力を、半分、彼に分け与えなさい」

「すると、どうなる」

「貴方達は、二人で一つの死を統べる者として存在することになります」

ハーフニィスは、諦めたような、なんとも言えない表情をしている。本意ではないが、仕方ない、といったような。こいつを普通の人間として死なせてやることが一番だと考えていたのだろう。それを当の本人から拒絶されてしまったのだから、無理もないのかもしれない。

「……そうすれば、相棒も、オレも、ずっと一緒にいられるのか」

「むしろ、そうしてもらわないと困ります。どちらかが欠けては、ハーフニィス界の死を統べる者がいなくなってしまいますから」

「……何、回りくどい言い方してんだよ。オレはかまわねーぜ。それで相棒が助かって、ずっと一緒にいられるんなら、なんてことねーよ」

何度も二人で一つになってたんだ。それがまた繰り返されるってだけだろ。それも、二つの体でありながら、一つの存在たれるなら、今までよりもずっと上等だ。

「ギグ、良いの……? それで」

相棒は、遠慮がちにオレを見る。少しだけ驚いたような、そんな顔。死にかけてんのに、オレを気遣うような顔してんじゃねーよ。力を振るうのが楽しくて仕方ない、そんなオレばかり見てきたからだろうが、相棒のためなら、そんな力なんていつだって捨ててやる。痒い話だがな。

「あの世界は嫌いじゃねーけど、相棒がいねー世界なんてつまんねーしな。それに、オレが弱くなった分、相棒が強くなりゃあいい話だしよ」

「……そっか、じゃあ、よろしく。ギグ」

「ああ」

照れくさくて、いつもどおりぶっきらぼうな言い方になってしまったが、相棒がどうにか笑顔を作ってくれたから、まあ、良いだろう。

「……では、私が力を貸しましょう。二人とも、目を閉じて」

「……」

「……」

目を閉じると、体が宙に浮くのがわかった。抱きかかえていた相棒が、ふっと離れていき、慌てて手をとった。宙に浮いてれば体の負担は少ないだろうが、こんなときに離れたくなどない。相棒も同じ気持ちらしく、繋いだ手に、少しだけ力がこもる。相棒も不安なんだろう。相棒と同じ力で握り返すと、目を閉じているはずなのに、相棒が微笑むのが見えた気がした。

「ギグ、痛むと思いますが、我慢してください」

「――ッ!」

ババァ、早く言えっつの! 言われた途端に体中に走る痛み。おそらく強制的に力をひきはがしているせいだ。痛みと、喪失感が体を満たす。思わず繋いだ手をきつく握ってしまった。相棒は痛がっていないだろうか。いや、オレの力を得るのだから、痛みなんて感じないかもしれない。どうだろうな。痛みの波が引いた頃、今度は強烈な眠気が頭をぼやけさせる。

――弱くなる、ってどういう感覚なんだろう。相棒と二人でいられるってことばかり考えて、あまりその点については考えていなかったが、どの程度弱くなるんだか、少しだけ心配だ。何かあったとき、相棒を守れるんだろうか。いや、相棒がその分カバーしてくれるくらい、強くなってくれるんだろうけどな。

そんなことをぼんやりと考えながら、オレ達は、二人そろって意識を失くした。

「……!」

「目が覚めましたか、ギグ」

床の上で寝こけているオレを、ベルビウスが覗き込んでいる。寝起きに見たい顔じゃねーな。そんなことより。

「相棒はどうなった!?」

急いで起き上がり、ババァに迫る。失敗したとか抜かしやがったらマジでぶっ殺す。

「……いきなりそれですか。ほら、後ろにいますよ」

呆れ顔のベルビウスが指さした先を見ると、そこには。

「あいぼ……う?」

「はは……おはよう、ギグ」

オレの後ろに立っていたのは、銀の髪をした、相棒。左肩には、オレの右肩にある装備と同じものが浮いている。というか、オレの左肩にあったものが、相棒のものになった、というのが正しいのか。そして何より、金の瞳は変わらないが、髪だけ、オレと同じ色に変わっていた。

「相棒……その、髪」

「変かな?」

自分の髪を掻き上げながら相棒が問う。力を注いだ影響ってことか。相棒の綺麗な、血のような赤い髪が失われてしまったのは勿体無いが、それでも。そんなのは些細なことだ。髪の色が変わっただけで、相棒は相棒で、何にも変わらない。その困ったような顔や、そのしぐさ。オレが知っている相棒そのもの。

「……いや、変じゃねーよ」

そう返すと、相棒はほっとしたように笑った。そして、オレの頭を指差し、とんでもないことを口にした。

「……ギグも似合ってるよ、それ」

「へっ?」

それ、ってなんだ。オレの頭に何かついてんのか? 髪に触る。いや、何かが付いている感じではない。

「気づいてないの? ギグの髪、赤くなってるよ」

「! ま、マジか!」

言われてみれば確かに視界に入ってくる自分の前髪が赤い。髪の色が交換されたってのか。意味わからん。

「ババァ! てめえ、適当なことしやがって!」

「……仕方ないでしょう。不可抗力です」

「は?」

嫌って訳じゃあねえが、こんな副作用は別に望んでた訳でもない。何が不可抗力だこのヘタクソ!

「私には、そうする力なんてありません。貴方たちがそうなりたいと望んだから、そうなっただけです」

「……それって、その」

「まあ、そういうことですね」

「……ふふっ」

楽しげに笑うハーフニィスとベルビウス。なんというか、コレ、ものすごく恥ずかしいぞ。相棒はしれっとしているが、これってつまり、なんというか……ああもう、こんな痒くなるようなこと、言えるか!

「あーもうッ! とりあえずもうてめーらに用はねえッ! 帰るぞ相棒」

「え……もう帰るの? っていうか、ちゃんとお礼言ってから……」

「あーあーうるせーッ! こんな連中に礼なんざいらねーよ! とっとと帰るぞ!」

「えっ、ちょっと、ギグ……!」

律儀な相棒の手を乱暴に引っ張り、オレはハーフニィスとベルビウスに背を向けて、さっさとこの空間を後にした。背中に二人のからかうような笑い声が聞こえて、オレはもう、耐えられなかった。

ずっと一緒にいたいと、そう願ってはいた。確かに願っていた。でも、こんな、互いの色に染まりたい、なんて、そんなの痒すぎて発狂するだろうが!

「もう、ギグってば」

「んーだよ、元はといえばあいつらがうまいことやらねーからだろーが」

ハーフニィス界に戻ってくると、そこは元々寝転んでいた大草原。何日過ぎたかはわからないが、太陽は高く上り、暑いくらいの日差しが降り注いでいる。起き上がるのも億劫で、オレと相棒は寝そべったまま、首だけ互いに向けて、ぽつぽつと話をした。というか、体がだるい。力が半分になるってことは、体を動かすことに関しても影響が出るってことらしい。逆に相棒は体が軽いという。まあ、そりゃそうだろな。

「……ギグはさ、そんなにその色、嫌なの」

「嫌ってことはねーよ」

「……じゃあなんで怒るのさ」

「怒ってる訳じゃねーよ」

「怒ってるじゃない」

怒ってる訳じゃない。照れくさいだけだ。互いの色を、互いに残しあうだなんて。

相棒は、困ったような顔をして手を伸ばし、オレの前髪にそっと触れた。

「……俺は、嬉しいけどね。この色」

「……」

なんでこう、オレをさらに照れさすかな、この相棒は。オレだって、嬉しくない訳はない。互いに同じくらい互いを思いあっていたことの証左なのだと思えば、これ以上ないくらい、喜ばしいことだ。だが、考えても見ろよ、こうなったオレたちを見るかつての戦友たちがどんな反応をするか。あの二人の反応はおとなしい方だと思うぞ。そう思うと、そうそう素直に受け入れがたいってもんだろーが。

「……まあ、すぐに慣れると思うよ。周りもさ」

オレが気にしていることをわかりきっているらしい相棒は、ぽんぽんとオレの頭を撫でた。なんだこれ。オレのほうが子供みてーじゃねーか。

クソ、よく考えなくてもオレの力と相棒の力はどっこいになってしまったのだから、今までみたいにオレのほうが強いし年上なんだという余裕を見せることもできなくなったって訳か。まあ、それでなくても元から相棒の態度はこんなもんだったが、少し釈然としないものがある。

「まあ、そうだろうけどよ……」

「……それよりもさ、俺はこっちのほうが慣れないかも」

「ん? ああ、それか」

オレの頭から手を離し、相棒が指差したのは、肩についた、黒い装備。

「とりあえず、隠す方法から練習しねーとな」

「だよねえ」

オレだって、空を飛ぶなり、最近はめったにないが、戦う時くらいにしか出していない。日常生活をする分には邪魔なのだ。相棒からしてみれば、使い方もわからないものが、仕舞えもせずについてきているようなものだろう。

「……あと、どれくらい強くなってるのかもわからないし、どんなことができるのかも……」

「オレは、どれくらい弱くなったんだか、何ができなくなったのかがわかんねーからな……」

「あはは、特訓しなきゃね」

互いに間逆の悩みを持っているのが笑えない。ああクソ、本当はこんなことでうだうだ悩みたくなんてないのに。相棒とこうしてずっと一緒にいられることを、もっともっと喜びたいのに。なんかもう、あのババァ二人のせいで台無しだぜ。

「……ギグ」

「ん?」

ころころと笑うのをやめた相棒が、オレの名を呼んだ。優しい目でオレを見る。ああ、目が変わらなくてよかった、と思う。相棒のこの金の瞳は、好きだ。月の光みたいで、穏やかで、落ち着く。オレの青い瞳では、ひっくり返っても真似出来ない色だ。

相棒は、少し照れくさそうな顔を浮かべながら、オレの手を握った。あたたかい。ああ、生きてるんだな、と、そう思う。

「……ありがと」

「……別に、礼を言われるようなことは何にもねーよ」

相棒の口から紡がれた言葉は、むしろこっちが相棒に言いたいことだった。オレのことを、オレと同じくらい思ってくれていて、ありがとうと、本当は伝えたい。絶対に言わねえけど。まあ、言わなくても伝わってるだろう。たぶん。

オレの返事に、相棒は嬉しそうに笑った。手を握り返したことに、相棒が気づいたらしかった。

「ずっと、一緒にいられるって、嬉しいね」

「そうだな」

相棒が空に視線を向ける。照れくさいのかもしれない。オレも相棒に習って、青空を見上げた。雲ひとつない、綺麗な空だ。夜になったら、きっと星がよく見えるだろうな。

「また旅をしたり、こうして一緒に眠ったり、笑ったり、たまには喧嘩したりしてさ」

「……そうだな」

相棒は、泣いたり、なんてことは言わなかった。オレが泣くことはないが、きっと相棒はこの先、たくさん、泣くことになるだろう。相棒は優しいから、きっと、たくさん泣くだろう。そんな姿は見たくないが、それはオレにも、相棒にも、どうしようもできないことだ。

「でもよ、お前、死なないんだぜ。色々、辛いことだって――きっとたくさん、あると思う」

「うん、わかってる」

明言したら相棒を傷つけてしまう気がして、あいまいな言い方をしてしまった自分が情けない。だが、あの幼馴染のセプーメスだの、影の薄いメイド野郎だの、水棲族の連中だの、あのお嬢様だの、へタレ竜人だの、みんな、いずれお前を置いて死んでいくんだ。きっと、寂しくて、悲しくて、たくさん、たくさん泣くだろう。そしてそれは、死を統べる者になったお前も、もちろんオレだって、どうしようもできないことだ。そして、こうなってしまった以上、受け入れるしかないことだ。

無意識のうちに、オレは相棒の手をきつく握り締めていたらしい。それに気づいたのは、相棒がきつく握り返したから。

「……でも、ギグがいるから、寂しくないよ」

「そ、うかよ」

あの時と同じ言葉で、オレを安心させようだなんて、本当に、お前ってヤツは。

「寂しい時も、悲しい時も、ギグは傍にいてくれるんでしょ」

「……ああ、約束だ」

「なら、大丈夫だよ」

「そっか」

「うん」

高い空を見上げながら、それからオレたちは夜まで、ぽつぽつと今までのことを話した。あのときの戦いのこと、オレが転生するまでのこと、オレが転生してから、また融合して大変だったこと、二人で旅をしたこと、そして、二人で一つの神様になったこと。

出会ってから今までのことを話していたら、いつの間にか夜になっていた。

相棒とオレが考えていたことが、過ごした時間と共にだんだん近づいていって、いつの間にか同じことを考えていることばかりになっていくのが、なんだかおかしくて、二人で笑った。

星が綺麗で、静かで、世界に二人きりになったような、そんな気分になる。それも良いな、なんて馬鹿なことを考えていると、相棒が、「世界で二人きりになったみたいだね」なんて言い出すから、オレはまた笑った。

もし本当にそうなったら、きっともう、相棒が悲しむこともなくなるのだろう。寂しいこともなくなる。でも、相棒ともっともっと、この世界で楽しいことや面白いことを探したい。きっと相棒も同じことを考えている。

だから夜が明けたら、またどこかへ出かけよう。さすがにうとうととし始めた相棒に、オレは一言、こう言った。

「おやすみ、相棒」

また明日、一緒に過ごそうな。

終わり

wrote:2014−11−03